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仕組みが変われば、眼差しは変わる -発達障害がある人との協働経験を通じて-

2026年03月24日 中村幸代


 皆さんは、発達障害がある人と同じ職場で働いた経験があるだろうか。
 日本総研では、発達障害やその傾向がある人の雇用機会を創出するために、「ニューロダイバーシティマネジメント研究会」の活動を進めている(※1)。私はこの活動に携わっているものの、これまでに「発達障害がある」と周りに伝えている人と一緒に働いた経験がない。共に遊んだり、学んだりしたという明確な記憶もない。そこで、この活動に関わるにあたり、知識だけではなく実際の声を聞き、発達障害がある人のことを実感を伴って理解することから始めたいと思い、就労移行支援事業所(※2)を見学させてもらった。訪れたのは発達障害がある人が先端ITスキルを身につけて、IT業務での就職を目指す事業所だ。
 そこで出会った一人の男性は、自作した保育園検索サービスを見せてくれた。自治体のオープンデータをもとに各園の必要な情報がすっきりと整えられており、迷いなく操作できる。画面の配置や動きの細部にまで工夫が施され、使う人への細やかな気遣いが感じられた。何より、彼が工夫した点を生き生きと説明してくれた姿から、「ITエンジニアとして働きたい」という思いが真っ直ぐに伝わってきた。しかし支援員は「即戦力としての技術力はあるが、なかなか就職が決まらない」と言う。私は、その事実が不思議でならなかった。彼の活躍の機会が十分に開かれていない、あるいは見落とされてしまっているかもしれないこの社会の現状に、やるせなさを覚えた。

 発達障害がある人も対象としたインクルーシブな採用や、特性を踏まえた選考・受け入れ体制などの仕組みは、多くの企業でまだ十分に整っていない。発達障害がある学生の就職率は約76%で、学生全体とは20ポイント以上の差がある(※3)。企業の担当者からよく聞かれるのは「どう接したらよいかわからない」「コミュニケーションが取れるのか不安」といった声だ。
 こうした不安は、どこから生まれるのだろうか。接点がなければ、メディアや断片的な情報から発達障害がある人についての“像”を無意識に描いてしまうことがあるだろう。関わった経験があっても、限られた印象が先行する場合もある。そもそも発達障害がある人も、いわゆる定型発達である人と同様に一人ひとり特性が異なり、多様であるにもかかわらずだ。つまり、不安の根底には、発達障害がある人に対する「無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)」や「先入観」があるのではないか。限られた見方によって、活躍可能性よりも「一緒に働けるのだろうか」という漠然とした不安が先立ち、採用まで考えが至らない状況にあると考えられる。一方で、海外では発達障害がある人が高度IT人材として積極的に採用されている例も多い。論理的思考力や分析力といった強みがある場合もあり、そうした力を活かして活躍する人もいるのだ。

 では、発達障害がある人への「無意識に決めつけてしまう眼差し」は、どうすれば変えられるのか。私は、この見方は個人の内面によるものではなく、社会の仕組みや構造が生み出していると考える。だからこそ、仕組みそのものを見直す必要がある。
 このことは、女性雇用の歴史を振り返るとわかりやすい。かつては“お茶くみ”や“寿退社”が当然視され、「女性は事務作業向き」「結婚したら働き続けない」という思い込みが、社会通念として広がっていた。しかし今では、こうした見方は確実に減っている。女性の能力が変わったからではない。女性が働ける職務の幅、働き続けられる制度や環境を、社会の側が設計し直してきたからだ。
 発達障害がある人への眼差しも、同じ構造にあると考える。社会の仕組みと環境を整えれば、眼差しは変わる。中でも重要なのが、面接という形式での採用手法の見直しである。面接では、抽象度の高い質問に臨機応変に答えられる力や、表情・目線などの非言語的ふるまいも評価の対象になりうる。発達障害がある人の特性として、抽象的な質問の意図を読むのが難しかったり、考えを言語化することに時間を要したり、考えが発散して話し過ぎたりしてしまう場合がある。その結果、面接による形式では、彼らの活躍可能性を正確に測りにくいことがある。冒頭に紹介した男性も面接が「壁」になっていたようだ。面接以外の評価手法を取り入れ、彼らの強みが発揮されやすい環境で出会う「仕組み」をつくることが求められる。
  
 この仕組みづくりの重要性を、強く実感した出来事がある。「ニューロダイバーシティマネジメント研究会」が企画した、発達障害がある人と企業が5日間共に働く体験プログラムだ。終了後、ある企業の担当者はこう語った。
「身構えていたが、杞憂だった」。
その「身構え」は、どうして解けたのだろうか。
 2025年8月、本研究会では、学生・既卒者20名を対象に、発達特性の強みが活きやすいとされるサイバーセキュリティやデータ分析などの「IT業務体験プログラム」を実施した(※4)。6社が業務を準備し、脆弱性検査や、Power BIによる分析など、実務に近い課題を提供した。
 そして実施前には、各社に対して、参加者が力を発揮しやすい環境のポイントを共有した。
「指示は曖昧ではなく、明確に」
「口頭より文字ベースの会話が円滑な場合がある」
「音に敏感な人の場合は、静かな環境を確保する」
といった内容である。これを受け、各社はリモート環境や集中スペース、常時チャット相談など、参加者が取り組みやすい環境づくりに工夫を重ねた。

 プログラム終了後。企業の現場担当者たちの「身構え」は、見事に解けていた。
「一定の工夫次第で、十分に活躍できることがわかった」
「チャットベースでは、問題なくコミュニケーションが取れて、心配は不要だった」
という声が次々と寄せられ、中には「採用したいと思う人材がいた」と話す担当者も複数いたのだ。面接では測れなかった「実際に業務に向き合う姿」や「成果物」を確認したことで、眼差しは確実に変わった。この変化は、ただ共に働いたから起きたのではない。強みが発揮されやすい環境を整え、その環境で出会ったからこそ起きた変化だ。
 眼差しは、仕組みや環境の設計次第で変えられる——。企業担当者一人ひとりに、その感覚が経験として刻まれていくことが、発達障害がある人の活躍機会の拡大に繋がると、私は信じている。本研究会ではそのことが実感できる場や仕掛けを、今後も創っていきたい。

 就労移行支援事業所の見学から3か月後。冒頭の男性について、支援員から朗報が届いた。
「彼、ようやく就職先が決まりました。技術力が高く評価され、希望の職種に就くことができ、本人もとても喜んでいます。」
 嬉しくて、胸がいっぱいになった。私にとって、彼との出会いはこのテーマに向き合う出発点だった。障害の有無に関わらず、私たちは一人ひとり、「違う」強みと弱みがある。だが、自分の強みを発揮して働けることに喜びを感じるのは、私も彼も「同じ」だ。このことを実感させてくれた彼と就労移行支援事業所に、心から感謝したい。


(※1) 本研究会の取り組みやニューロダイバーシティの考え方に関する詳細は、こちらの特集ページもご参照いただきたい。ニューロダイバーシティ|日本総研
(※2) 65歳未満の障害がある人の一般企業等への移行を目指して、就職に必要な知識や能力向上、就職活動、定着までを支援する、障害者総合支援法に基づく障害福祉サービス。
(※3) 学生には、大学、短期大学、高等専門学校を含む。
・文部科学省 「令和6年度大学等卒業者の就職状況調査(令和7年4月1日現在)について」
・日本学生支援機構 令和6年度(2024年度)大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」
(※4) IT業務体験プログラムの狙いについては、こちらもご参照いただきたい。
発達特性のある人に向けたIT業務体験プログラムの取り組みへの期待|日本総研


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※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


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