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DXに求められる“変革”のガバナンス
~ 変化に適応する組織能力としてのDX統治の確立に向けて~

2026年03月13日 叶内朋則


1.今、日本企業のDXで何が起こっているのか
 「弥縫策(びほうさく)」という言葉がある。糸で縫い繕って、うわべだけの取り繕いをするという意味だ。日本のDXの現場において、まさにそのようなことが起きているのではないだろうか。
 経営者はいつまでも是正されない社内の非効率な状態にしびれを切らし、あるいは株式市場との対話を意識して、DXという改革の号令を出しDXプロジェクトが始まることが多い。組成されたDXプロジェクトチームには、IT部門だけでなく、事業部門や本社部門などが集められ、プロジェクトが進められることだろう。ところがその中核を担うであろうIT部門は、既存のシステムの御守に人手を取られ、他の部門も自身の事業や業務に絡められて余裕はない。プロジェクトチームとしては、DXを一からの改革として構想する手間も時間もかけられない。現実解としてこれまでの頓挫した取り組みの置き土産である業務改善要望やシステム化要望対応を焼き直すことや、基幹システム刷新などのシステム化プロジェクトをDXプロジェクトの看板に付け替える、クラウドサービスを契約して利用するインスタントなデジタル化で対応する、という取り組みを進めることとなる。結果として、期待された成果は得られず。「DXはコストがかかる、儲からない」、「DXは現場の負担が増える、混乱するだけ」、「わが社にはDX人材が不足しているから推進できない」といった声が聞かれるようになる。
 なぜ、このようなことになるのか。
 たしかにIT人材、特にDXの推進を担える人材は、社内のみならずIT関連の業界内でも不足状態にある。しかし、本質的な課題は「DX人材の不足」や「技術力・スキルの不足」ではなく、「ガバナンス不全」にある。なぜなら、上記の問題はITや実行力の問題ではなく、変革を実現できなかったところにあるのだから。

2.DXの前から続くIT投資にまつわる課題
 そもそもDXとは(Digital Transformation)の略であり、デジタル技術により、業務を変え、ビジネスモデルや企業のあり方まで変革していく考えである。各々のDXプロジェクトにおいても“変革”を意識して取り組んでいるところはあるものの、それを実現できている例は少ない。
 これは企業のこれまでのITへの姿勢に起因している。
 企業経営においてITや情報システムが強く意識され始めたのが二十数年前のERP導入ブームの頃であるが、日本企業はその頃から今日まで情報システムを電算機という道具の延長として見てきた。そのため、ERPをはじめとしたITを前提にした経営の新しい概念やシステムに触れても、業務効率化の道具として、これまでの業務のやり方の延長上、もしくは現状そのままの業務を前提としてシステムを導入していくことが多かった。
 これは現場の立場が強く、事業側の意見が重視される傾向が強い日本企業の特徴も背景の一つにある。業務を変えるにしてもボトムアップの声(現場レベルの改善)が起点になることや事業部門での合意に向けた丁寧なコミュニケーションが必要なことが多い。現場から「今のシステムが使いにくい」という不満が上がれば、その部分を改修する。システムに合わせた標準業務で大きな変更を伴う(すなわち大きな効果が期待できる)システム導入を提示しても、現状変更を嫌う事業部門からの抵抗に合い、改革はマイルドに終わり、結果として期待成果は縮小しカスタマイズでコストの膨れたシステム投資に変わる。
 さらに、経営者がITを経営課題として統治する対象と捉えてこなかった点も大きい。経営の主な関心事は長らく売上と利益・コストであり、その裏側にある売上利益を生み出す仕組みやメカニズムにまで強く関心を持つことは少なかったのではなかろうか。また、プログラムやコンピュータ、デジタルガジェットから受ける機械や電子といった理系的印象がITへの苦手意識を醸成させて、近寄りにくくさせていたのかもしれない。かくて経営者は、IT投資を現場である事業部門と専門家としてのIT部門に任せることとなり、IT投資のガバナンスが弱体化する。
 結果、IT投資は事業部門とIT部門とで検討されることとなり、部門要望への個別対応、老朽化対応、法改正対応といった「案件」として扱われる。事業部門は自らの収益責任のもとでコスト抑制的にIT投資を判断し、IT部門は事業部門のご意見伺いや組織間の調整役(板挟み)を担うこととなる。全体最適に責任を持つ主体が不在で、大局的に業務やビジネス、経営を変えていこうとする力が働かないことで、「部分最適」が積み重ねられていく。これは環境に変化がない状況(例えば、短期、低成長、安定的)であれば大きな問題は生じないが、内部にはシステムの乱立と複雑化、データの分断、重複投資などの問題を抱えていくことなる。

3.DX推進を阻害するレガシー
 このようにして出来上がったIT環境はDX推進の大きな障害となっている。
 第一の障害は、膨れ上がった「システム負債」である。 場当たり的な改修を繰り返したシステムは、スパゲッティのように複雑に絡み合い、誰もその全貌を把握できない「魔窟」と化す。新しい事業を始めようとしても、システムの変更に膨大な時間とコストがかかり、ビジネスのスピードにITが追いつかない。経営者が「攻めのDX」を叫んでも、足元のぬかるみがそれを許さないのである。
 第二の障害は、「データの分断」による意思決定の鈍化である。 弥縫策によって構築されたシステム群は、それぞれが独自のデータ構造を持ち、互換性を持たない。最悪の場合、システムの内部でデータがサイロ化して取り出すのが困難なこともある。各システムのデータを集計し加工するのに時間と人手をかけているようでは、鮮度の高い情報は得られないし、組み合わせたデータによる新しい洞察も得られない。
 第三の、そして最大の障害は、「変革を進めるための土壌」が育たないことにある。「とりあえず今の不便を解消できればいい」という現場の要望をそのままシステム化することは、『デジタル化された非効率さ』をそのシステム内部に固定化することになる。これが将来の変革を阻害することになる。現場の声を重視する姿勢は、根本的なプロセス改革(BPR)を遠ざける。結果として、社内には変革の経験が乏しく、そのノウハウも体制も培われない。このような状況では、DXプロジェクトであっても「古いやり方をデジタルで延命させる」方向に向かいがちとなる。
 これらの障害は、財務諸表に載ってこないが、長期的に企業の競争力を削ぎ、将来の収益獲得能力を奪い続ける「隠れた負債」となっているのである。

4.DXのガバナンスを取り戻す
 隠れた負債となるレガシーを生み出したのは、IT部門の問題でも現場の問題でもない。経営そのものにある。IT投資は企業の将来の競争力の鍵を握る戦略投資であるにもかかわらず、その統治機構が整備されずに、意思決定のプロセスや機能が十分でなかったところに要因がある。背景にあるのは、経営者がITを忌避していたからでも、理解が不足していたからでもない。むしろ、経営とITが相互に作用し、事業構造や競争優位性を変えていくほどの影響の重大さを十分に認識できていなかった点にあると考えている。
 DXの実行力を担保するために統治の不完全さを是正する必要がある。ITの専門的知見を持つ責任者が経営陣の一角として、事業戦略とテクノロジーを接続する役割と権限を担うことが求められる。CIOやCDOを形式的に置くだけでは足りない。CIOやCDOが実質的には部長級の位置づけにとどまっていては、経営目線での思考も他部門に対する影響力を持ちえず、部分最適の圧力に埋没する。
 企業を“変革”していく強力な権限と役割もDXを推進していくためには不可欠となる。DXを現状の延長や個別レベルの変革ではなく、新たな条件・視点からの全体最適な変革と考え、推進する企業変革を統括する責任者(Chief Transformation Officer:CTO)を置くべきであろう。CTOを経営の中枢に位置づけ、経営レベルで変革の議論を交わすことや、経営の立場から各部門の個別最適や現状に拘る抵抗を抑えることも期待される。CTOの役割は、CIOやCDOあるいはCEOが担うケースも考えられる。CTOは会社全体の戦略と方向性、デジタル技術動向などを踏まえ、将来の業務モデル、ビジネスモデルの変革の絵を描く役割を担う。全体最適とあるべき姿に向けて、各部門およびIT部門とともに企業変革をリードして推進していくことが想定される。全体最適化のためにCTOは統制の役割、すなわち全体改革に整合しない個別最適のシステム投資を差し止める『拒否権』も持つことになる。
 CTOを機能させるためにはDX投資を統治していく仕組みの整備も欠かせない。IT投資も基幹システム刷新となれば、数億円、時には数十億円規模といった非常に大きな投資となる。その中身がブラックボックス化して良いわけがない。形式的なROI(投資対効果)の数字と、横文字の専門用語が並んだ報告書とともに「事後承認」に近い形で通過していくか、膨大な投資規模に意思決定できず立ちすくむのか。そうならないためにも段階的な投資判断プロセスを制度化する必要がある。DXの企画を構想し要件定義し、設計・導入・展開していくそれぞれの段階で、どのような項目を明示し何を判断していくか、基準を具体的に制度化していく。CIO/CDO/CTOはその段階的な投資判断プロセスを通じて、経営陣と対話を行いDX投資の内容や意義についての共通認識を醸成し、その投資の真のリスクや将来の事業へのインパクトの価値の理解を促進し、本質的な議論と円滑な意思決定につなげる。
 こうしたDX統治機構の整備は、非公式なDXや個別最適DXを抑制することにつながり、全体最適化による生産性向上やDXコストの抑制といった効果を高めるだけでなく、管理下にないDXを排除することで情報セキュリティリスクの低減にもつながるというメリットがある。

5.次世代の変革につながるDXへ
 DXは、単にデジタル技術を導入して業務を効率化させることではない。本来は、既存の延長線上にはない「企業の抜本的変革」につながるはずの極めて戦略的な取り組みである。特に「失われた30年」で相対的な生産性が低下し、人口減少社会において人的資源が極めて貴重なものとなっている日本企業にとって、全社最適な視点でのDXは、業務モデルを根底から再構築し、新たな競争力の源泉とすることができるチャンスである。
 今や、DXはAI活用が前提となるフェーズに突入している。デジタルの加速度的な進化は今後も止まることなく、ビジネスの前提を書き換え続けるだろう。こうした潮流を「一時的なバズワード」として静観してやり過ごすのか、あるいは流れを乗りこなすべく「優秀な船頭」を任命し、「オールと舵」を今すぐ整備して進み出すのか。将来の企業価値はDXの統治能力の差で決まることになるだろう。
 DXの統治機構を整備することで、本稿で述べた弊害を反転させ、柔軟で機動的な「システム資産」、タイムリーで解像度の高い意思決定につながる「データ統合」、不透明な状況下でも迅速に環境変化を取り入れることができる「変革できる組織」を手に入れていただければと思う。
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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