オピニオン
地方中堅上場企業の企業価値向上(後編)
2026年03月04日 高原祥、山口真弥
1.前編の振り返りと地方中堅企業における東証の要請への対応の必要性
前編では、近畿・中部・中四国地方の上場企業を対象に、東京証券取引所による「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」要請(※1)への対応状況を調査した。その結果、特に地方のスタンダード市場、中堅企業において対応が遅れていることを示し、その要因についても考察を加えた。
一方、直近では経済産業省が「中堅企業成長ビジョン」(※2)を策定し、地域経済の維持・発展における中堅企業の重要性を明確化したことに加え、東証が「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」(※3)を通じて、スタンダード市場の対応促進に向けた方針を打ち出したことで、スタンダード市場や中堅企業への注目度・期待度、そして東証の要請への対応圧力は一層高まる状況となっている。
そのような状況の中で、東証要請未対応企業は本要請を短期的な株価対策、形式的な開示義務などと捉えるべきではなく、むしろ、中長期の成長期待と納得感のある実行施策を市場に示し、それを実現するための経営構造の転換契機と捉えるべきである。
当社は、大阪に経営コンサルティング拠点を構え、中堅企業や全国各地の地方企業の支援を行う中で、大企業と中堅企業のビジネスモデルや組織構造の違いや地方の特性・実態についての知見を蓄積してきた。本稿では、地方中堅企業が東証の要請を契機に企業価値向上に向けた経営計画の策定に取り組む上で、留意すべき点について整理する。
2.地方中堅企業が描くべき成長戦略の要件
経営計画における成長戦略は、「野心的な目標」「納得感」「一貫性」「実行力」の4つの要件を満たすことが重要である。特に地方中堅企業においては、市場の期待水準を超える目標を掲げるとともに、地域特性を生かした独自の成長要因を戦略に組み込む必要がある。さらに、計画が絵空事とならないよう、自社の経営規模を踏まえた現実的かつ実行可能なプランであることを示すことが不可欠である。
要件1)野心的な目標
従来、多くの中堅企業は経営計画を「各事業部のP/L目標の積み上げ」によって策定してきた。市場・競合環境を分析した上で、対前年比の売上・利益目標を設定し、施策を積み上げるこのアプローチは、現場主導のため、実行性が高い反面、現状維持的な改善にとどまりやすく、「全社横断的な中長期の成長戦略(戦略投資)の欠如」や、「本社機能の弱体化」、「市場視点の不足」といった問題を抱えることも少なくない。その結果、株主やマーケットが求める「資本コストを上回る成長ストーリー」にはつながらない場合が多い。
こうしたことから、市場の期待水準を可視化した上で長期的な「ありたい姿」を起点とし、全社最適の中で選択と集中を行いながら期待水準を超える野心的な目標設定をトップダウンで明確に示すことが求められる。この野心的な目標と積み上げ型の数値とのギャップをうめる施策こそが、中計の本質となる。
要件2)納得感
投資家が理解しやすい成長に向けたロジックを描くことが求められる。資本コストを踏まえたROE改善の筋道や、それを支える戦略投資の整合性が重要なポイントとなる。
特に地方企業の場合、地方であることの独自の強み(例えば、原材料へのアクセスなどのサプライチェーン上の優位性、地域との長年にわたる信頼関係や歴史的条件など)をどのように外部環境から予見される機会の活用やリスク軽減につなげるのか、を整理する必要がある。地方固有の強みは、確立に至る難易度が高いかわりに、希少性・模倣コストの面で優位になり得るため、それらを論理的に組み立てることができれば、より高い納得感を醸成することができる。
要件3)一貫性
成長戦略と長期ビジョン、中期目標、財務計画に一貫性があり、自社の競争優位性を一過性のものではなく持続的なものとするために何をするのか、を具体的に示すことが重要である。地方中堅企業の場合、安易な事業多角化や投資目標を果たすためのM&A、自社株買いなどの流行を意識した株主還元施策は、持続的な競争優位(企業価値の源泉)との整合が取れず、むしろこれまで培ってきた差別化要素を損ないかねない。特にM&Aなどのインオーガニック投資は、自社に欠ける強みを補完する有力な手段だが、好条件の案件はまれでありタイミングや運の要素も大きいため、投資要件を明確化すると同時に、好条件案件がなかった場合に残余資金をどのように活用するかまで想定しておく必要がある。
要件4)実行力
戦略や計画を宣言に終わらせず、実行を支える組織・人材・ガバナンス体制とPDCAが回る経営管理体制を構築することが不可欠である。地方中堅企業では、創業者や特定事業部に経営が依存しがちで、本社機能が脆弱な傾向がある。また、従来の経営管理体制を踏襲し続け、計画が十分に活用されないケースも多い。加えて、人手不足は今後さらに深刻化する可能性が高く、特に地方においてその傾向は顕著であることから、経営戦略と連動した要員計画とその確保に向けた人材採用・育成戦略(経営・事業戦略と人的資本戦略の連動)は、一層重要度が増す。
3.おわりに
地方中堅企業は、特定の業界や取引先、国際情勢、為替変動など、外部環境の変化から大きな影響を受けやすい。このため、経営計画の策定に際し、「先のことはわからない」「見込み通りにいかないから意味がない」といった消極的な見解がしばしば聞かれる。しかしながら、見込み通りに進まないからこそ、見込みと実績の乖離にいち早く気づき、戦略やオペレーション、計画を柔軟に修正できるかどうかが、企業の持続的成長に直結する。つまり、経営計画の本質的価値は、未来を正確に予測することではなく、変化に迅速かつ的確に対応し続けるための道しるべとなる点にある。
また、経営計画を明文化することは、市場に対する説明責任を果たすばかりでなく、経営層の意思を可視化し、従業員の巻き込みや現場のアクションにつなげる力をもつ。構想を明文化し、従業員と共有し、具体的な行動に落とし込むプロセスこそが、企業を動かす原動力となる。
東証の要請を契機に、企業経営は新たな局面に入っている。地方中堅企業においては、現状この流れにやや遅れが見られるものの、要請への対応を単なる業務や事務負担と捉えて受け身になるのではなく、むしろ株主視点と自社の持続的経営という二つの軸を両立させ、市場との新たな関係性を築くトップランナーとなる好機と捉えるべきである。
(※1) 株式会社東京証券取引所(2023年3月31日):資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について

(※2) 経済産業省「中堅企業成長ビジョン」
(令和7年2月)(※3) 株式会社東京証券取引所「市場区分の見直しに関するフォローアップ」

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
地方中堅上場企業の企業価値向上
・(前編)
・(後編)

