2024年6月時点で、世界107ヵ国がカーボンニュートラル目標を宣言している。脱炭素社会の実現に向けて、産業や経済のあり方を根本から見直すことが求められ、各国において多様な取り組みが進められている。しかし、その移行過程においては様々な課題が顕在化している。
主要な課題の一つとして、脱炭素経済への移行には新たな経済的負担が不可避であるという側面が挙げられる。この背景には、脱炭素製品の価格が一般的に割高であることや、既存製品に対してカーボンプライシングが上乗せされることが主な要因である。
我が国においても、脱炭素経済への移行に際して、一般消費者の理解と合意形成が大きな課題となっている。そのためには、国民の関心を喚起する取り組みが不可欠である。環境省や経済産業省などの関係省庁において消費者の脱炭素の取り組みの支援に関する関連制度策定が進められている。しかしながら、現状では環境教育や情報提供、CO₂排出量の「見える化」にとどまっており、十分とは言い難い状況である。
本稿では、諸外国で検討・実証されている消費者向けのインセンティブの制度や事例を紹介し、我が国における消費者の脱炭素化を支援する制度設計の参考としたい。
1.消費者の脱炭素化に関する問題意識
近年、製造業分野におけるグリーン商品・サービスの開発・製造は加速しているものの、消費者の需要喚起が十分に行われておらず、市場の立ち上がりが遅れるとともに、バリューチェーン全体の価値が十分に評価されないという課題が顕在化しつつある。
環境省が2025年7月に公表した「グリーン製品の需要創出等によるバリューチェーン全体の脱炭素化に向けた検討会」中間報告書によれば、過去の環境ブームが持続しなかった要因として、「消費者の行動変容に過度な期待を寄せる一方で、価格転嫁の仕組みが整備されず、企業の努力が十分に報われなかったことが挙げられている。そのため、取り組みの評価や価格転嫁の制度整備が重要である」と指摘されている。
また、グリーン商品やサービスに関しては、生産者と消費者の対話が十分に行われず、購買行動につながらないとの調査研究もあった。一例として、2024年7月に消費者庁が実施した消費者意識基本調査(※1)によれば、環境配慮商品を購入しなかった理由として、環境問題に積極的な消費者であっても「情報不足」が半数以上を占め、「価格に満足できない」が42%強にのぼった。これらの結果から、CO₂排出量の見える化を含む情報提供や、割高なグリーン製品の購買を促進するための施策の必要性が示唆される。

資料:「令和6年消費者意識基本調査の結果概要」消費者庁
グリーン商品・サービスの市場を創出するためには、供給側および需要側の双方に対する施策が不可欠である。特に需要側の脱炭素化を推進するにあたっては、環境教育や情報提供を通じた消費者の行動変容にのみ依拠するのではなく、グリーン商品やサービスに対する消費者の購入意欲の低下という課題に対し、消費者の購入意欲を喚起するための実効性のある施策を検討する必要がある。
2.持続的インセンティブ仕組みの構築
フィンランドにおいて「エコシティの父」と称されるEero Paloheimo教授は、消費側の排出削減は、単なる私的な財ではなく、公共財でもあると指摘している(※2)。すなわち、個人のグリーン行動が社会や環境全体の公共的価値に繋がることから、個人の選択を支援するインセンティブ設計の重要性が示唆される。
我が国においては、これまでエコポイント等の施策が実施されてきたが、その多くは政府資金による補助が中心となっており、財源確保やインセンティブの持続性に課題があると指摘されている。
これらの課題を解決するためには、持続可能なインセンティブ仕組みの構築が有効と考えられる。具体的には、図2に示す通り、消費者の脱炭素活動によって削減されたCO₂の価値を明確にし、その価値を原資として消費者に還元することで、消費者にメリットを実感してもらい、グリーン商品・サービスの購入意欲を高める好循環を創出することである。ここでは最も重要なのは、ポイントの交換、寄付や取引を通じて脱炭素行動の価値の可視化を実現することである。

資料:株式会社日本総合研究所作成
この仕組みを効果的に機能させるためには、消費者ごとのCO2排出量を記録する個人カーボンアカウントと、これを運営するプラットフォームの構築が必要となる。個人カーボンアカウントは、消費者の決済データに基づいて各消費におけるCO₂排出量を定量的に算定し、CO₂削減量を登録、蓄積、交換、さらには取引することが可能な性格を有する。プラットフォームは、個人ごとの削減量を一括して蓄積・管理するとともに、取引を通じてCO₂削減量の価値化を行い、消費者へインセンティブとして還元する機能を果たす。加えて、環境価値の理解促進や、供給側と消費者の意思疎通促進、データ利活用を通じた政策や金融政策の策定への貢献などの役割も期待される。
主な機能は以下の通りである。
①ICTとスマートフォンなどの連携による消費ごとのCO₂定量化とポイント付与
②ポイントの交換、取引、自主オフセット、寄付、排出権取引市場との連携
③自主オフセットなど関連プロジェクトのアレンジや他社との連携
④供給側の環境配慮商品などの情報提供・啓発、供給側と需要側の理解促進支援
また、政府と金融機関による支援が欠かせない。政府には、プラットフォーム構築の支援、脱炭素行動の実践者への支援策の検討、並びにCO2排出定量化と取引を含む基準の策定などが期待される。金融機関には、プラットフォーム事業者とのデータ連携や、グリーン活動を実践する消費者や生産者むけの優遇制度の構築など、重要な役割が求められる。
3.海外における持続的インセンティブの事例
現段階においては、世界的に見ても消費者持続可能なインセンティブ制度が十分に成熟している事例は存在しない。海外諸国ではさまざまな手法が検討・実証されており、主に以下の三つの方式が挙げられる。
第1に、ポイント交換方式である。これは、個人の脱炭素行動によって獲得したCO₂削減量に応じてポイントを付与し、ポイントで乗車券や割引券等の特典などのインセンティブと交換するものである。
第2に、CO₂排出量オフセット方式である。これは、個人が温室効果ガス削減のプロジェクトや事業に寄付することで、日常生活で削減しきれなかったCO2排出量を相殺することで、個人のネット・ゼロ・エミッションを実現する方法である。
第3に、個人型PCA(Personal Carbon Trade:個人排出量取引)方式である。これは、欧州等において企業向けに導入されているキャップ・アンド・トレード型排出規制の個人版であり、個人ごとにCO₂排出枠を設定し、排出枠に余剰が生じた場合には市場で販売することができる一方、排出枠を超過した場合には市場から排出枠を購入する方式である。
上述3つの手法の具体的な事例について、以下に示す。
(1)ポイント交換方式
本手法は、消費者にとって分かりやすい金銭的価値を提供する点で、最も簡便な方法の一つである。
中国においては、公共交通機関の利用や電子決済、シェアバイクの利用、EV車充電など、グリーン消費を対象に、消費ごとのCO₂削減量に応じてポイントを付与する方式が主流となっている(※3)。消費者は、獲得したポイントをモバイク乗車券や地下鉄・バスの乗車券、デジタル商品との交換などの形で利用することが可能である。
米国においても同様の事例がある。例えば、Future社はVisaと提携し、消費者の脱炭素行動を支援するカードを発行している。同社のモバイルアプリではCO₂排出量が可視化されており、電気自動車の充電や地下鉄利用、低炭素商品・サービスの購入等、グリーンな活動に対して5~6%のキャッシュバックを提供する仕組みである。会員は現在、世界30カ国に拡大しており、キャッシュバックを通じた脱炭素貢献が評価されている(※4)。
我が国においては、「ポイ活」が広く浸透しており、グリーンな商品やサービスを対象としたポイント交換の仕組みは、社会的に受容されやすい環境にあると考えられる。一方で、この手法にはポイントの金銭価値の設定や、交換可能なサービス・商品の魅力に関する課題が存在する。例えば、北京交通局主導の北京MaaSの事例では、平均して1kgのCO₂削減につき約2円相当のポイントが付与され、その交換対象も地下鉄乗車券に限定される。そのため、付与されるポイントの金額が高くないこと、交換商品が限定的であることで参加者の意欲を十分に喚起できないとの指摘があった。
(2)CO2排出量カーボンオフセット方式
この手法は、特に環境意識の高い個人が積極的に参加することが期待される。
事例として、米国のベンチャー企業であるCommons社が運営する個人カーボンアカウントが挙げられる(※5)。2018年にリリースされており、自宅の広さや同居人数、食事内容、移動手段、衣類の素材等を登録することで、個人カーボンアカウントを作成することができる。利用者は、自身のネット・ゼロ・エミッション目標を設定し、毎月のCO₂排出量に基づき自主的なオフセットを行う。オフセット料金は、月ごとにクレジットカードやデビットカードから引き落とされ、平均支払い額はトン当たり約25ドルである。Commons社は約20%を運営費用に充当し、残り約80%をオフセット・プロジェクトへの投資に充てている。具体的な投資実績としては、ブラジル・ナッツ・グローブスやオアハカの林業プロジェクトやギャレットおよびハーバービュー・ファームの土壌補償プロジェクト、チャーム・インダストリーズのバイオオイル・プロジェクトなどが挙げられる。
この手法の課題としては、オフセット金額の設定に工夫が必要であることが挙げられる。また、適切な自主オフセットの対象とする事業やプロジェクトの開発と選択も参加者の参加意識を高める重要な要素の一つである。我が国においては、従来より金融機関や気候変動対応関連機関を中心に、温室効果ガス排出をオフセットする目的とした削減活動に対する投資実績が豊富で、プラットフォーム運営事業者はこれらの機関との連携が考えられる。
(3)個人型PCT方式
本方式は、CO₂削減量を価値化するには最も合理性のある手法である。2000年代初期から、欧州や米国カリフォルニア州を中心に検討がされてきた。
自治体主導によるPCTの実証事例として、フィンランドのラハティ市が挙げられる(※6)。同市では、2018年より自治体主導で実証が実施され、EU都市開発プログラム「URBAN Innovative Actions」の資金支援を受けている。実証の手順は以下の通りである。
・GPSを通じて利用者の移動手段をリアルタイムで観測し、CO2排出量(A)を算出する
・毎週、市民に排出割当量(B)を付与する
・排出量が割当量より少ない(A<B)場合、奨励として仮想コインが付与される
・逆の場合(A>B)は、取引市場からクレジットを購入しなければならない
・仮想コインは、路線バスの乗車券、スポーツジムのパス、コーヒー、公共プールの利用に交換可能
2020年3月から10月までの実証期間中、アプリは約3000回ダウンロードされ、アンケート調査では約半数の参加者が低炭素な交通手段の選択に効果があったと評価した。コロナの影響のため短期間で終了したが、今後もEUでこのPCT方式が検討され続けるという。
同様の実証は中国でも行われている。中国には9つの地方排出権取引所があり、すでに数件の取引が成立している。例えば、上述した北京MaaSは2020年9月から2023年5月までの累計削減量は51トンに達し、2021年には北京市道路橋建材集団有限公司に1.5万トンの削減量を販売した。また、2021年10月には北京排出量取引市場では2.45万トンが取引され、単価は50元/トンだった。
この手法の課題は、取引市場の整備、割当量の公平性、消費者の受け入れ度合いなどが挙げられる。こちらの手法では、政府主導による制度設計が求められる。しかしながら、これまで政府は検討される実績がなかったため、諸外国の事例や経験を踏まえて、我が国の実情に即した最適な制度を策定するのが重要である。
その他、金銭以外のアワードを付与する方法、蓄積したポイントによるランキングの実施、さらに罰則を設ける方法などが存在する。例えば、2019年にはマスターカード社とスウェーデンのフィンテック企業Doconomy社が共同で、世界初となるCO₂排出制限付きクレジットカード「DOBLACK」を発行した事例が挙げられる(※7)。このカードは、個人ごとに年間CO₂排出量の上限を設定し、買い物ごとに排出量を集計し、上限を超えるとカードの利用が停止される仕組みである。このような取り組みは、消費者の環境負荷を直接的に抑制するユニークな手法として、参考となるものである。
4.我が国への示唆
我が国では、インセンティブ制度の検討にあたっては、実施の難易度や制度上の制約を踏まえると、段階的な導入が円滑に進められると考えられる。PCTについては、制度設計には時間がかかり、短期間での実現は困難である。一方、ポイント交換方式は、これまで他分野で同様の取り組みが存在して、グリーンな要素を付加することで、消費者の受容度の観点から導入が比較的に容易であると考えられる。また、CO2排出量カーボンオフセット方式に関しては、これまで機関を中心に推進された経緯があり、実行しやすい。この場合、ポイントの金銭価値の設定や、交換可能なサービス・商品の選定方法への工夫、さらにCO₂オフセットの対象となる事例の開発方法についても工夫が求められる。加えて、グリーンウォッシュを回避するためには、対象とするグリーン商品やサービスの明確化、CO₂排出量算定基準の統一、ならびにポイント交換・寄付に関するルールの策定が極めて重要である。
さらに、消費者の脱炭素支援を契機として、消費者の購買行動データを収集・分析することで、グリーン製品に対するニーズや嗜好がより明確化される。その結果、供給側は消費者目線に立ったグリーン製品の開発を一層推進することが可能となり、さらなる脱炭素化と事業成長の両立が期待される。
(※1) 「令和6年消費者意識基本調査の結果概要」消費者庁
(※2) Incentives for personal carbon account: An evolutionary game analysis on public-private-partnership reconstruction Xin Zhao; Yu Bei Journal of Cleaner ProductionVolume 282, 1 February 2021

(※3) 「消費者の行動変容を促す個人カーボンアカウント制度構築の試み」J R Iレビュー 2024 Vol.5, No.116
(※4) 「米国における脱炭素化に向けた消費ビジネス事例調査」2023年3月 JETRO公式サイト
(※5) TECHCRUNCH社公式サイト

(※6) UIA URBAN INITIATIVE 社公式サイト

(※7) マスターカード公式サイト

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

