オピニオン
広がるアニメ制作会社のIP戦略最前線― 産業構造、ビジネスモデル、政策支援を読み解く
2026年02月24日 磯田賜
1.はじめに
政府は2024年6月に「新たなクールジャパン戦略」(※1)を公表し、コンテンツ産業を基幹産業として位置づけると共に、日本発のコンテンツの海外市場規模を、2033 年までに 20 兆円とすることを目標値として設定した。日本のコンテンツ産業は自動車産業や鉄鋼、半導体等の産業と比較され、市場規模15兆円、海外売上6兆円(2024年)(※2)を超える大きさに拡張している。コンテンツ産業の一つであるアニメ産業は、世界的な動画配信サービスの普及によってグローバルIP(Intellectual Property:知的財産)としての存在感を持つようになった。
その一方で、アニメ制作会社は長らく「制作費を受け取って制作(※3)を担う立場」が中心的であり、作品がヒットしてもクリエイターに利益が還元されにくい構造が続いてきた。しかし近年、アニメ制作会社が積極的にIP運用に関与する動きが広がりつつある。
本稿では、このような変化の背景やいくつかのモデルの利点やリスク、さらに支援施策の最新動向を整理し、コンテンツ事業等の検討に資する視点を提示したい。
2.アニメ産業の収益構造:制作収益とIP収益
アニメは個々の作品に応じて企画から制作までさまざまな形があるが、日本では現在、複数企業が出資・権利を分担する製作委員会方式が主流となっている。この方式ではテレビ局・映画会社・出版社・広告代理店などが共同で企画・出資し、アニメ制作会社は製作委員会と制作業務委託契約を結び、制作費を受け取って作品を制作する役割を担う構造が一般的である。こうした仕組みは、リスク分散や多チャネル展開の実現に寄与する一方、アニメ制作会社が権利保有や二次利用による収益参加の機会を得にくいという構造的な限界をはらむ(※4)。

こうした構造の中で、一部のアニメ制作会社は受託制作から脱却し、長期収益を確保するビジネスモデルへの転換を志向している。その理由を以下に整理する。
(1) 受託制作の限界:人件費の高騰に見合わない委託費
近年のアニメ制作現場では、人件費の高騰に対して、製作委員会からアニメ制作会社が受け取る委託費が追いついていない。人件費の高騰は、労働集約的な制作プロセスと人材不足、作画クオリティの向上などが背景にあると言われているが(※5)、それに見合った委託費を得ることが難しく、結果的に粗利率が低くなっている。このように、受託制作を主軸とするビジネスモデルでは、制作量を増やしても収益性の改善につながりにくい構造が顕在化している。こうした背景から、アニメ制作会社の間では受託制作に依存しない収益源として、IPの形成・運用可能性を模索する動きが広がりつつある。
(2)IP長期運用の可能性の拡大:ブランド化と長期収益の必要性
アニメ作品には放送・上映といった一次収益だけでなく、関連商品・海外ライセンス・イベントといった二次収益の機会がある。特に二次収益は作品のブランド化により価値が増幅し、安定的な長期収益の基盤となる点が特徴である。こうした二次収益を得ることは、アニメ制作会社にとってはビジネスモデルの転換という意味を持つと同時に、クリエイターが生み出したキャラクターや物語を「どのように世の中へ届けたいか」を主体的に選ぶ余地を広げることでもある。関連商品やイベント、その他メディアミックスのあり方にまでクリエイターの思いを反映できることは、結果としてIPそのものを育てるための土台となりえる。
一方で、IP運用には二つの課題が存在する。一つ目は産業構造に起因する制約である。製作委員会方式では、委員会の構成企業が出資比率に応じて主要な権利を保有するため、アニメ制作会社は制作費を受け取る立場にとどまりやすい。作品のブランド価値が向上しても、その成果が制作会社に還元されにくく、IP運用に踏み出すインセンティブを持ちにくい構造になっている。二つ目は、IP運用を担う人材・組織の不足である。仮に権利を保有できたとしても、それを中長期で運用する体制が整っていないケースは少なくない。日本のアニメ産業市場は、海外におけるアニメ関連消費が過半を占めており(※6)、海外市場を戦略的に狙うことが非常に重要となっているにもかかわらず、日本には海外のアニメグッズ市場を取るための人材が足りないことから、収益を取りこぼしているという指摘もある(※7)。
3.アニメ制作会社によるIP運用の広がり
上記の理由や制約がありつつも、アニメ制作会社がIP運用に関与しようとする試みも徐々に現れ始めている。3つ事例を取り上げる。
(1) アニメ化権獲得によるIP運用参与モデル
株式会社プロダクション・アイジーは、アニメの受託制作を中心としていたが、作品の権利許諾・活用の主体になるための取り組みを行ってきた。
具体的な事例は「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」における権利関係のあり方である。同作品では、原作権を持つ出版社(講談社)と直接アニメ化権の契約を締結し、製作委員会の組成時に、委員会へ参加した他社に対して利用許諾を出せる立場を確立(※8)した。従来の下請け的な立場から脱却して作品の権利運用に関与することで、収益機会を広げ、自社の活動の幅を広げる契機にしている。
(2) 自社レーベル展開によるIP育成モデル
株式会社京都アニメーションは、アニメ制作だけでなく、グッズ企画・製作・販売・卸、出版、公式ショップ運営などを自社で展開し、自社作品IPを育成する事業を行っている(※9)。例えば同社の人気シリーズ「Free!」は第2回京都アニメーション大賞の小説部門で奨励賞を取ったおおじこうじの「ハイ☆スピード!」が原作であり、暁佳奈の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は第5回の京都アニメーション大賞の小説部門で大賞を受賞し同社でアニメ化されている(※10)。自社制作作品のグッズ展開や書籍化などで、作品IPの収益を一次利用にとどめない仕組みづくりが進んでいる点も特徴である。
(3)ライツビジネス体制構築によるIP育成・運用モデル
株式会社MAPPA は、「ライツビジネス局(Rights & Licensing Division)」という部門を設置し、作品の製作委員会への出資、作品プロデュース、商品化、イベント開催、海外配信などの長期的なライツ活用を意図した事業活動を行う体制を明確にしている(※11)。これは、単なる制作受託機能を超えて、権利価値を生かしたビジネスを体系的に企画・運営する部署設置の取り組みであり、アニメ制作会社がIP運用を促進する一形態と言える。2022年にテレビ放送された「チェンソーマン」は、同社の単独出資(※12)であり、製作委員会を組成していないという点も、制作会社の取り組みとして先進的である。
4.アニメ制作会社がIP運用に踏み出すメリット・デメリット
アニメ制作会社が制作受託にとどまらず、IPの保有・運用に踏み出すことには明確なメリットがある。第一に、前述のとおり長期的な収益化が可能となる点である。テレビ放送や劇場公開といった一次利用に依存せず、商品化、配信ライセンス、海外展開などを通じて、作品のライフサイクル全体から継続的な収益を得ることができる。これは人件費高騰や制作受託単価の伸び悩みに直面するアニメ制作会社にとって、経営の安定化につながる。第二に、作品価値を総合的に最大化するための体制を構築できる点である。従来の制作受託モデルでは、アニメ制作会社の役割は「良いアニメ作品を作ること」に限定されがちであり、その後の展開は製作委員会や他の権利者の判断にゆだねられることが多かった。これに対して、IP運用に主体的に関与することで、アニメ制作会社は企画段階から、アニメ本編に加えて、イベント、舞台化、関連商品、海外展開といった、周辺展開やファン体験の設計にも一貫して関与することが可能になる。
一方デメリットは、初期投資の大きさとリスクの高さである。IPを保有・運用するには、出資に加え、商品化・宣伝・海外展開などへの継続的な投資が必要となり、作品が想定通りにヒットしなければ損失を被る可能性がある。また、マーチャンダイジングや海外対応、権利管理といった専門性の高い業務を、制作現場と両立させる体制構築も容易ではない。加えて近年では、製作委員会において原作付き作品でなければ出資を得にくい傾向が強まり、オリジナル作品を軸にIPを育成するハードルはむしろ高まっている。IP運用は有力な選択肢である一方、すべてのアニメ制作会社にとって有効な解ではなく、経営資源や戦略に応じた慎重な判断が求められる。

5.支援策という選択肢:JLOX+等の活用
アニメ制作会社がIP運用・海外市場への展開をするには、公的な支援策を活用するという選択肢が考えられる。日本国内では、映像産業振興機構(VIPO)が実施する「クリエイター・事業者支援事業費補助金(通称 JLOX+)」(※13)などが、アニメ制作会社の海外展開・海外向けローカライゼーションやプロモーション等を促進している。直近令和6年度補正では、海外向けのローカライゼーション&プロモーション支援に1事業者あたり最大4,000万円、国内映像企画開発を行う事業(プリプロダクション支援)に一事業者あたり最大2,000万円の補助といった、高品質な映像制作やIP戦略強化に資する経費の一部を補助することを示している。これは海外市場でのIP活用を狙うアニメ制作会社の負担軽減や資金調達支援につながる。
また、これまでJLOX+のようなクリエイター向け支援制度や施策が省庁ごとに分散しており探すのに手間がかかるという課題があった。この解決策として2025年10月31日に「Japan Creative Portal」(※14)が公開された。内閣府主導で、創作活動に必要な「資金、教育、環境、情報」といったあらゆる支援情報を一元的に集約し、クリエイターが抱える情報探索の課題解消を目指す。このウェブサイトは2025年12月24日に公正取引委員会が公開した「映画・アニメの制作現場におけるクリエイターの取引環境に係る実態調査」(※15)についても取り上げている。
2025年9月19日に開催された第4回デジタル関連産業のグローバル化促進のための関係閣僚会議でも、政府は日本のコンテンツ産業全体の国際競争力向上を目指し、知財、人材、デジタル技術の大胆な国内投資を進めると共に、国際的な流通網やファンダム育成への投資を推進するなど支援拡充に向けた姿勢を示している(※16)。最新の支援制度や施策についてはこのJapan Creative Portalを参照されたい。
国外に目を向けると、フランスではフランス国立映画センター(CNC)により、国際共同製作協定を介した国際共同製作作品に対する支援が提供されている(※17)。このような支援はアニメ制作会社が欧州市場での共同製作やコスト削減を行う際の資金的・組織的な負担を軽減しつつ、IPの国際的展開を強化し、ブランド価値の持続的な拡大につなげることを可能にする。
日本のアニメ制作会社がIP運用に踏み出す動きを後押しする公的支援や官民連携の取り組みがさらに活性化し、制作現場やクリエイターへ還元されることで、より多様な表現や作品が増えることを期待する。
(※1) 知的財産戦略本部「新たなクールジャパン戦略」
(2024年6月4日)(※2) 株式会社ヒューマンメディア「2024年の日本と世界のコンテンツ市場の規模と日本のコンテツの海外売上の調査結果発表」
(2025年11月28日)(※3) 「作品を作って、商品に変えるという工程」を指し、「企画開発・資金集め」といったビジネスの工程全体を示す製作とは分けて記載する。
(※4) 制作会社も契約条件によっては成功報酬を得るケースもある。
(※5) Gigazine「アニメ業界は本当にブラックなのか? 20年以上アニメ業界を走り続けるTRIGGER取締役・舛本和也さんがマチ★アソビ Vol.27でたっぷり語った「アニメ業界の今!」レポート」
(2023年10月29日)(※6) 一般社団法人日本動画協会「アニメ産業レポート2025」8ページ
(※7) 日本経済新聞「ルフィの麦わら帽子売るNetflix 日本が取り損ねるグッズ2兆円市場」
(2025年11月19日)(※8) アニメ!アニメ!「「こんな低予算では食っていけない」挑戦し続けるProduction I.G・石川光久社長の原点と理念【インタビュー】」
(2019年7月22日)(※9) 株式会社京都アニメーション「事業内容」

(※10) 株式会社京都アニメーション「京都アニメーション大賞 過去の受賞作」

(※11) MAPPA「STUDIO&DEPARTMENT」

(※12) クールジャパン機構「木村誠さんの社内レクチャー「アニメ業界が抱える問題と解決策」をレポート!」
(2024年4月25日)(※13) 特定非営利活動法人映像産業振興機構「令和6年度補正 クリエイター・事業者支援事業費補助金(クリエイター・事業者海外展開促進)」

(※14) 内閣府「Japan Creative Portal」

(※15) 公正取引委員会「(令和7年12月24日)映画・アニメの制作現場におけるクリエイターの取引環境に係る実態調査について」

(※16) 首相官邸「デジタル関連産業のグローバル化促進のための関係閣僚会議」

(※17) 国際共同製作ポータルサイト「共同製作相手国の支援Key countries and regions’ support for Co-productions」

以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

