令和6年能登半島地震の発生から約2年が経過したが、令和6年9月能登半島豪雨の影響も相まって、復旧が当初想定よりも遅れている。さらに、奥能登地域の地方自治体では、自己都合による退職者が地震発生以降2025年12月までに101人にのぼったという報道もあり(※1)、復興を支える地方自治体職員の不足が課題となっている。
これは決して被災地に限定された問題ではない。地方自治体の総職員数は全国で1994年の約328万人から2025年4月時点で約280万人に減少しており(※2)、今後巨大地震の発生が想定されるエリアの地方自治体のうち、2割超に防災専従の職員がいないという報告もある(※3)。もはや行政機関のみによる防災は成立し難くなっており、民間企業の知見や資産、資金をどのように有効利用するかがこれまで以上に重要となっている。しかし、防災という人命・財産に関わるセンシティブなテーマに向き合う上では、行政機関・民間企業のそれぞれの責任に関する考え方を明確に整理する必要がある。
災害対策基本法では防災に関する国や地方自治体の責務が定められており、避難指示や立ち入り規制などの人命に直結する判断を下すことについてはこれらの行政機関が責任を負う。民間企業には従業員への安全配慮義務があることに加え、国や地方自治体が実施する防災施策に協力する努力義務など一定の社会的責任があるが、それは民間企業がその枠を超えて不用意に防災に関わるべきではないということを意味するのではない。むしろ“責任を取れない”がゆえに一歩踏み込んだ役割を担うことができることを意味しているのではないか。
その役割には、例えばスマホのGPS機能や居住建物の被災リスク情報とリアルタイムの災害情報を連動させた精緻な避難情報の提供など、個々の住民に対してカスタマイズされた防災情報を提供するといったことが考えられる。行政機関は、法律や条例に基づく統一的な基準に従い、対象地域の住民に対して公平な判断を下す必要があり、仮にそのような情報を提供するための技術や運用能力があったとしても、発出する情報はある程度広域的・画一的なものにならざるを得ない。一方で、民間企業は最終的な避難指示などの判断を下す立場にないからこそ、”判断材料を提供する”ことができる。例えば、避難指示を受けた人々が次に知りたいのは「自分はどうするべきか(どこに避難するか、どのルートで避難するか、何を持っていくか等)」であり、この時に民間企業から受け取った判断材料も踏まえてよりよい意思決定を行えれば、それは社会全体としての被害を最小化する一つの形になり得る。
このように、行政機関が防災における責任を担いながら、民間企業が行政機関の権限や責任を侵さない範囲において地域住民との間に入り“空白地帯”を埋める、というのがあるべき連携の姿ではないだろうか。この考え方は防災に限ったものではなく、例えば気象庁が警報を発して、民間の気象会社がユーザーの居住地等に応じてカスタマイズされた詳細な気象予測情報を提供したり、警察が交通規制を行い、民間企業のカーナビやナビアプリに関連する渋滞情報や迂回路が示されたりするのと構造はよく似ている。
民間企業の防災における役割として特に筆者が注目しているのは、普段は防災用途で活用されていない民間企業の設備やデータを、災害時にどのように防災に役立てるのかという点である。民間企業では業種を問わず施設・設備管理のためIoTの導入が急速に進み、BCPの観点からも広範な種類の膨大なデータが経時的にモニタリングされている。普段はその企業のみで活用されているデータを、災害の発生が予測されたタイミングで地方自治体に提供できる仕組みが整備されれば、例えば自動車のGPSデータから道路の寸断・冠水区間を特定したり、通信量、防犯カメラのデータ、SNSの情報等から帰宅困難者が集中発生しているエリアを特定したりすることが可能となり、災害発生時の初動等に役立てられる。特にインフラ事業者や通信事業者は高度なBCP施策を進めており、その活用余地は大きいと考えられる。災害協定などの枠組みも活用しながら、このような形で行政機関・民間企業が連携している事例は、すでにいくつかの地域でみられ(※4)、さらに地域ごとに特性に応じた体制が広がることが期待できよう。ただ、行政機関が民間企業の自発的な活動を期待するにしても、それを体制として持続させるためには企業経営上のメリットも意識すべきである。
行政機関は防災上の「最後の砦」であり、災害発生時に人命に責任を負う存在である。しかし、職員が不足し、現場の負担が増加している多くの地方自治体においては、“責任が取れない”民間企業の立場を逆手にとって、真に適切な防災の連携体制を構築する必要がある。防災に関する意思決定を支える周辺情報を、民間企業が行政機関や被災者に速やかに提供し、“空白地帯”を埋めていくことがこれからの防災に必要ではないだろうか。
引用
(※1) 石川 奥能登4自治体 能登半島地震後の自己都合退職者 101人に | NHKニュース

(※2) 総務省|地方公共団体の行政改革等|地方公務員数の状況

(※3) 防災専従職員、「配置ゼロ」2割 巨大地震の危険地域234市町村 - 日本経済新聞

(※4) 例えば、三浦半島4市1町とNTT東日本が災害に強い地域づくりに関する協定を締結 | お知らせ・報道発表 | 企業情報 | NTT東日本
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