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「情報」の感度を磨き、未来を紡ぐ経営へ~重要性を増すコーポレートインテリジェンス~ (後編)
2026年01月08日
社会や市場の変化が複雑に交錯し、経営判断に必要な情報が氾濫する現代。そのなかで、経営者には「錯綜する情報をどう解釈し、未来の構想へつなげるか」が求められている。そのカギは、社内外の情報を統合し、意思決定を支える「コーポレートインテリジェンス」にある。AIが存在感を増すなかで、合理の先にある洞察をいかに組織に根づかせるか。その実践と戦略的意義を深めるべく、慶應義塾大学教授の琴坂将広氏と日本総研理事の山田英司が語り合った。
※前編はこちら
線形の時代を超え、「思い」を起点に事業を描く大切さ
山田:話は少し変わりますが、いろいろな経営誌のタイトルを見比べてみると、1980年代から90年代にかけて掲げられていた日本企業の経営課題は、現在とほとんど変わっていないことがわかります。
日本の企業は、高度経済成長期に「戦後の復興のために、一致団結して経済成長を目指そう」という仕組みをつくり成功したため、その構造が今もなお生き続けていると思います。これを新しいものに置き換えようという動きもありますが、実際には古い構造の上に部分的な修正を重ねる「線形のパッチワーク」を続けてきました。
しかもその間にバブル崩壊が起きて、大企業は効率化を進めざるをえなくなり、さらなる同質化が進むとともに、「遊び」の部分もまた削りとられてしまいました。その結果として、新しい価値やビジネスの体系をつくったりしようとしてもその余力がない。また、新たな試みが起こっても、同質化が進んだ組織に起こりがちなかつての成功モデルが少し足かせとなる状況に陥っているのではないかと思います。
琴坂:それはあると思います。現在、もう一度すべてをつくり直す大きな契機になっていると感じています。
グローバリゼーションが1970年代の中盤から一気に進展した過程では、その波に乗って、サプライチェーンやディストリビューション・チャネルを再設計した企業が、新たな成長を掴みました。
インターネットという大きな技術革新の時代にも、ネットワークの仕組みを活用した企業が一気に変革を起こしていきました。今の生成AIは、もしかするとそれ以上にインパクトのある技術革新だと思っています。
だからこそ、私は諦めなくていいと思います。これまでのやり方では実現できなかったものとは別物の、まったく新しいゲームが始まっている。その新しいルールのなかでは、日本企業も短期間で再び勝てる可能性があると思います。
山田:
本来、日本企業にはまだ大きなポテンシャルがあるはずです。だからこそ、もう一度いろいろな勝ち筋をたどってみようではないか、という話なのですよね。一方で、勝ち筋をたどる手段として、日本企業はベンチマークを好む傾向にあります。ベンチマーク自体を否定するわけではないのですが、そこに1つ課題があるとすれば、安直に他社の成長ストーリーや、過去に一番良かったときの自社をベンチマークとして採用してしまうことです。これらは結局、どちらも線形の延長でしかないので、非線形の未来の設計にはたどり着けない。日本企業の戦略も制度も、これまでずっと線形の発想で積み重ねられてきました。だからこそ、そこをどう大胆に変えていくか。それが極めて重要であり、同時に最もハードルの高い部分なのかなと思います。
琴坂:「何が勝ち筋」なのかという問いに関しては、当然ではありますが、それぞれの企業に個別の解があると思います。ただ、1つあえて申し上げるとすれば、「つくりたいものを創りませんか」ということなのです。
企業に属する社員一人ひとり、そして各組織は、社会に価値を提供しているという自負を持っているはずです。そこには確かな技術も、自信もある。その前提に立ったうえで、未来の社会を見据えたときに「自分たちは何をつくりたいのか?」、それこそがすべての出発点になるのだと思います。大きなスケールのテーマであっても、「これをつくりたい」というパッションが明確にあるかどうかが重要です。
しかし、そうした気概を失っている日本企業が多いのかもしれません。だからこそ、もう一度「自分たちはなぜこの会社に入ったのか」「何を誇りにして働いているのか」を原点に据えて、自分たちが心から誇れるビジネスや商品、サービスをつくり直してほしい。たとえそれが失敗したとしても、きっと楽しいはずです。その楽しさこそが、次の挑戦を生む原動力になるのだと思います。
山田:いわゆるGAFAのビジネスモデルにしても、今は当たり前のように感じますが、当時はまったく存在しないところから、「こういうことができたら楽しいね」という発想から始まっていると思います。日本で言えば、楽天やメルカリも同じでしょうか。「こういう市場があったら、もっと便利で楽になるのではないか」という思いから出発して、従来の市場体系とはまったく異なる新しい仕組みを自分たちでつくり上げ、それを成立させてきました。
琴坂:確実に、そうだと思います。そうした企業が「なぜこれをやっているのか」と問われたときに出てくる答えは、「ユーザーの理想像を実現したいから」、あるいは「ユーザーが感じている困難を何とかしたいから」です。結局は、そこに尽きるのかもしれませんし、「思い」があるかどうかではないでしょうか。
「思い」のない経営や事業運営というのは、人間的ではありません。まず「思い」からスタートして、そこに向かってどう進めば良いのかを考える。そして「それを数千億、あるいは数兆円規模のビジネスにするにはどうすればいいのか」といった問いに発展させる。その際には、必要に応じてAIと対話するということもあるでしょう。
また、「思い」からスタートすると同時に、誰が顧客なのか、市場がどう動いているかを解像度高く把握することも必要だと思います。近年は、激動の時代ですので、その前提条件の変化が抜け落ちているケースが多いようにも感じます。
なお、数兆円規模の企業が経営計画を立てようとすると、非常に多くの複雑性が生じます。その調整作業の多くはAIが担えるようになるでしょう。しかし、最終的な意思決定を下すのは、わずか数名の経営陣です。その人たちは本当に現実を見ているのか。時間をきちんと取り、独自性や夢、「遊び」を持って思考する。そうしたプロセスを踏まえることが必要だと思います。
山田:その観点でいうと、日本企業のトップは自分だけの時間を持てる余地が減っています。スケジュールを細かく管理され、セレモニーやプロセスが優先されます。それらに経営者が拘束されると、自分のビジネスをじっくり考える時間がなくなっていくわけです。一方で海外の経営者は、あえて仕事の場を離れ、自分の考えを深めたり、新しい発想を得たりする時間を確保しています。
トップが考えたり学んだりする時間を失ってしまうと、感度も下がっていくので、何らかの形で悪循環を断ち切る必要があります。そのためにはAIを活用して業務を効率化することも重要です。高額な報酬を得ている人たちがわざわざ自分でやらなくてもいい仕事が、まだまだ多く残っていますからね。
権限を手放し、信頼で組織を動かす。対立を恐れないリーダーの必要性
琴坂:本当にそうですね。全体の方向性を示すトップが、どこまで日々の業務に口を出すべきなのか。何のために権限委譲を行うのかという話でもあります。
日常的な意思決定・実務レベルの管理は管理職に任せるべきですし、大きな塊(大規模プロジェクト・新規事業など、中長期的かつ戦略的なテーマ)は担当役員に任せるべき。そして社長は、中長期での企業価値向上に資するような全体の設計に時間を割くべきです。経営チーム内で正しい役割分担を行い、適切に権限委譲していくことが重要です。
それは人材育成にも、モチベーションにもつながり、最終的にはトップが「自分にしかできない仕事」に集中できる環境をつくることになります。
最近、誰もが知る米国のトップ経営者のスタイルを紹介する動画を見たのですが、彼は週に1つだけ解決すべき課題を決めるそうです。そして、1週間でその課題を解決する。週に1つでも解決できれば、年間で50以上の課題を前進させられるわけです。それが正しいトップの時間の使い方だと思います。
山田:似たような話かもしれませんが、ある国内大企業のトップが、CEOの役割は、企業価値の創造に向けて、あえて「コンフリクト(議論における対立)」をつくり出すことだというのです。意見の衝突を引き起こし、そのなかで自分が最終判断を下す。それを繰り返すことが経営であると語っていました。
意思決定というのは、マネジメントメンバーが異なる価値観や方向性をぶつけ合うなかで、最適解を選び取り、周囲を腹落ちさせていくプロセスです。自らコンフリクトを起こし、それを収束させる力。そこはAIには決して代替できない領域だと思います。
琴坂:まさにそのとおりです。AIが仮にできたとしても、それは「大味な意思決定」なので、誰も腹落ちしないでしょうね。
経営というのは、個人の経歴や信頼、人的な関係性の上に成り立っているものです。「彼が言うなら」「このリーダーがそう判断するなら」と納得できる関係性があってこそ、組織は動くわけです。
グローバルで活躍する大企業の経営者の場合、意思決定に上がってくる段階では、すでに議論は徹底的に煮詰められています。最終的にどう仕上げるかを自分で決め切る構造を、きちんと作っています。一方で、現業は完全に任せ、経営者として自分がフォーカスすべき領域を明確にしている。これは非常に素晴らしいなと思います。
山田:海外のCxO体制は、ほとんどがそうですよね。現場の運営をCOOに、ファイナンスをCFOに、リーガルをCLOに、人事をCHROに任せる。そうして組織を動かしていくなかでは、必ずどこかで対立や摩擦が起きるので、CEOの役割は、それらをどう扱うかにあります。
あえて組織を揺さぶって活性化させるのか、それとも秩序を整えて安定を保つのか。その判断こそが、経営トップに求められる重要な意思決定だと思います。
琴坂:グローバルで高い成果を上げているCxO体制の企業でリーダーシップチームにいる人たちは仲が良いですよね。実際にはそんなに仲良くないのかもしれませんが、少なくともお互いにプロフェッショナルとしての強い信頼関係が築かれていて、オフサイトで一緒に旅行へ行ったり、気軽に交流したりと、人間的なつながりを大切にしています。
自分たちの間にシンパシーや信頼を生むための行動を、きちんと意識的に行っているという印象があります。一方で日本企業の場合、近年ではそうした関係構築を悪いことのように捉えてしまう傾向があります。「会食に行く=ハラスメントの温床、派閥をつくっているのではないか」といった誤解ですね。
しかし、今のように変化が激しく不確実な時代だからこそ、経営を担う者同士が人間としての信頼関係を築き直すことが極めて重要だと思います。

「自分たちは何者か」を問い、資本市場と対話する経営を目指す
山田:では、そろそろまとめに入ろうと思います。日本企業には潜在的な強みがまだ多く残っていると思いますが、これから自分たちの立ち位置をどう捉え、どう動くべきでしょうか。
琴坂:この20〜30年ほどの間、日本企業は厳しい環境下で、否応なしに謙虚にならざるをえなかった時期を過ごしてきたと思います。日本経済そのものが停滞し、新興国が成長し、さらに資本市場に新しい仕組みや考え方が導入されるなかで、企業は外部の変化に合わせて姿勢を低くしなければなりませんでした。
しかし今は、そうした状況を踏まえつつ、もう一度「自分たちは何者なのか」を問い直すべき時期に来ていると感じています。新しい価値観を謙虚に受け止めながらも、自社としてのポジションを明確にする。「自分たちは何をするのか」「何を提供したいのか」をはっきりと見定めることが重要です。
特に、資本市場からは「こうしてほしい」という要請やリクエストがくるような時代です。しかし、会社という公器は、単に資本市場に応えるためだけの存在ではありません。従業員やステークホルダーの思いを実現し、さらに中長期的に社会・経済へ貢献していく使命もあります。だからこそ、要請に従うのではなく、企業としての立場や考えを明確に持ったうえでの対話を市場と行うことが求められます。
同時に、自分たちがつくりたいものを見つめ直すことも大切です。お客様の要望に応えることはもちろんですが、「自分たちの技術を使えば、どんな未来を生み出せるのか」という視点に立ち返り、そこから再び「ものづくり」や「事業づくり」を始める。それを出発点に据え、今の技術環境を前提として、組織構造や予算策定、経営戦略のあり方をもう一度つくり直していくことができれば、日本企業は十分な自力がありますし、先に進めると思います。
山田:金融面で言えば、日本はもともとそれほど先進的ではなかったと思います。かつては大企業の経営者であっても「株価は水物」という認識を持っており、企業価値の指標としての意識も薄かった。それが今では、PBRやROEといった指標が重視されるようになり、評価軸が大きく変わってきています。
PBRに関して言えば、米国企業の平均が3倍程度である一方、日本企業の多くは1倍を切っています。一方、ROEは資本効率を示す指標ですが、2015年の伊藤レポートで8%が一定のターゲットとして示されています。しかしながら、これらの指標も、そもそも企業が将来に向けてどのような価値創造を行い、そのためにどのような資本構成にしたいのかを明確にしなければ、数字だけが独り歩きしてしまいます。
「将来、何を実現するために、どの領域へ再投資するのか」を決めずに株主還元ばかりを重視すると、結果的に数字だけの経営になりかねません。結局のところ、企業の適正規模というのは、自分たちが実現したい未来を叶えるために必要な規模であるべきです。そのために、どんなリソースを持ち、どんなものが足りないのか、どんな外部ネットワークを築くべきなのかを整理する必要があります。
そして、内部に蓄積してきた資本をどう使うのかを考える。そこを怠ると、いくらマルチステークホルダー経営と言っても、最終的には資本家にすべて吸い取られてしまいます。
琴坂:
重要なのは、資本市場からの要請に「単純に応える」のではなく、「対話する」ことです。もちろん、資本市場の参加者はエキスパートですから、さまざまな要請があるでしょうし、それに応える責任もあります。ただ一方で、企業として彼らに「伝えるべきこと」も数多くあると思います。資本市場からの要請を一方的に受け入れるのではなく、企業としての考えを丁寧に伝え、そのうえで対話を通じて理解を得ていく。そのプロセスのなかで、自社にとって最適な事業ポートフォリオを再構築し、未来に向けた投資の方向性を合意形成していく。この「対話を通じた合意形成」こそが、持続的な経営を実現するうえで欠かせない視点だと思います。
山田:そういった意味で言うと、非常に難しいのが変革の過程をどう乗り越えるかです。新しい挑戦をすれば、既存の秩序や規律を壊す局面が出てきます。その際には、一時的に財務的な価値が下がることもあるでしょう。しかし、それを乗り越えた先には、より大きな成長が見込めるはずです。
ところが、資本市場の圧力が強いと、「今、利益を出している仕組みをなぜ壊すのか」という反発が生じます。いわゆる「創造的破壊」や「一度分解して再構築する」という発想を企業が持っていても、資本市場がそれを許容しないという現実があります。特に大企業ほど、外部からの見る目や圧力が強く、そこをどう説明し、理解を得るかが大きな課題になります。
そのためには、経営者が自ら情報を正しく捉え、客観的に整理し、社内外のステークホルダーと対話できるような仕組みを整えることが重要です。経営者が安心して「壁打ち」できる環境、つまり自分の考えを検証し、異なる視点からの意見を受け取れる構造をどう設計するか。それが、これからの5年間くらいで日本企業が取り組むべき最優先課題の1つになると感じています。
琴坂:おっしゃるとおりです。自分たちの戦略を明確に掲げて継続的に発信していくと、株主も入れ替わっていきます。短期ではなく中長期で伴走する投資家が増えていく傾向にあります。逆に、目先の要求にその都度応えるだけでは、本当に望ましい経営にはつながらないと思います。
山田:非線形の時代においては、どのように情報を収集し、それを経営者が腹落ちできるようにどのように整理するか、さらに外部とどう対話していくか、そのプロセス自体が大きく変化していくはずです。
そうしたなかで、情報をどう届け、どのように経営の意思決定につなげていくかは、まさに実業とアカデミアの両側から高い関心を持たれているテーマです。この領域は、琴坂先生にとってのライフワークでもあると思いますし、私たちシンクタンクにとっても重要な使命であると認識しています。実業の最前線で奮闘されている方々に対し敬意を表しつつも、思考を促す問いを投げかけ続ける役割を果たしていきたいと思っています。
琴坂:シンクタンクの役割も、研究者の役割も、根底は同じだと思います。特定の環境下で日々戦っている方々に対して、その環境のなかでは見えない視点を提示すること。それによって、考えの幅を広げ、次の一歩を踏み出すきっかけをつくることが、われわれの本質的な役割です。
私も山田さんも、これからも継続的に発信を続けることで、「日本企業には、まだまだ可能性がある」「一人ひとりの力と情熱を生かせば、社会は必ず良くなっていくし、その結果として企業の業績にもつながっていく」ということをお示しできればと思います。
琴坂 将広(ことさか・まさひろ)
慶應義塾大学総合政策学部教授。経営学博士(オックスフォード大学)。マッキンゼー、立命館大学経営学部などを経て、現職。数社の社外役員・顧問、およびオックスフォード大学サイードビジネススクールのアソシエイトフェローを兼務。著書に『経営戦略原論』(東洋経済新報社)ほか。
山田 英司(やまだ・えいじ)
民間企業勤務を経て、2001 年日本総合研究所に入社。17 年より理事。25 年より経営研究センター長。官民双方の戦略・組織・経営管理・人事分野のコンサルティングに従事する傍ら、政府や自治体の外部委員、大学教員、民間企業の社外取締役も務める。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
「情報」の感度を磨き、未来を紡ぐ経営へ~重要性を増すコーポレートインテリジェンス~
・前編
・後編
*この座談会をまとめた内容は、広報誌『Think & Do』WINTER 2026 No.4に収録しています。

