オピニオン
【対談】教育産業の主要企業と教育産業の未来を語る(後編)
2025年12月22日 石塚渉、青木梓、小幡京加、杉原絵美
当社では2025年5月に、教育産業の動向について解説した書籍「図解即戦力 教育産業のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書」(技術評論社)を出版しました。そこで、来年創業80周年を迎える教育産業の老舗企業、学研ホールディングス(以下、学研HD)で取締役上席執行役員を務める細谷仁詩氏と、教育産業の今後の展望や同社の目指す教育サービスについて対談を行いました。後編にあたる本稿では、大人を対象としたリスキリングや、教育サービスにおけるデジタル技術の活用、海外展開など今後発展が見込まれる領域について展望します。
※前編はこちら
■リスキリング市場の盛り上がりと教育サービスにおけるデジタルツールの活用
石塚:ここまでは子どもを対象とした教育サービスについて話してきましたが、教育産業のターゲットを広げるという観点では、大人を対象としたリスキリング市場の盛り上がりも見逃せません。今後の日本の生産年齢人口の減少、人手不足への対策として、労働生産性の向上や、そのためのリスキリングは企業と個人双方が考えなくてはいけない課題であると思います。一方で、世界的にみても、日本の大人は諸外国と比較して教育・訓練への参加が少ないという調査結果(※1)がある中で、政府も企業や個人に対する支援制度や事業を立ち上げ、リスキリングを後押ししようとしています。学研HDでも大人向けサービスは注目している領域かと思いますが、企業にとってのリスキリングの位置づけは今後どのように変わっていくと考えていますでしょうか。
細谷:リスキリング市場を考える際に、今後10年間の人材のトレンドとして、今よりも流動性が大きく加速していくと考えています。例えば、学研HDは介護事業を運営していますが、介護業界は離職率が高く、当社も同じような状況であり、人材確保が重要なテーマです。現状はリスキリングをすることで他の産業に転職するのではなく、同じ産業内で転職する、または同じ会社に戻ることが一般的でしょう。しかし今後は、業界の垣根を越えた人材の流動性がさらに高まるとみています。こういった新しいキャリアの考え方に対応するための新しいサービスが導入されることで、リスキリング市場は伸びていくと考えています。
石塚:「個別最適化された教育」というのは近年の教育におけるキーワードの一つですが、子どもに限らず、大人向けの教育サービスにおいても、習熟度の異なる個人に対してさまざまな分野の学びをどう提供するのかは大きなテーマだと思います。コロナ禍を機に学校現場ではデジタルツールの活用が大きく進みましたが、大人を対象としたリスキリングの領域こそ、多忙な大人でも学び続けられる仕組みや高い利便性が求められていると感じます。
細谷:よい大学に進学することが教育の目的だった頃は画一的なプログラムでも受け入れられていましたが、ニーズが多様化する現在、子ども向けであっても、大人向けあっても、例えばe-ラーニングの活用など、事業者にはサービスの多角化が求められています。ただし、教育にはアタッチメント(愛着)が必要ということも忘れてなりません。つまり、e-ラーニングだけで教育事業を成立させることは難しく、学ぶ場があり、教えてくれる人がいるということが不可欠なのです。
デジタルツールの活用自体を目的としたサービスでは事業は発展しません。例えば、「すきま時間」を活用して学習ができることはデジタルツールの利点ですが、そのツールがあるだけで人が継続的に学習に取り組める訳ではないと考えています。デジタルツールの利点を生かしつつ、個々の目的に応じた教育サービスを開発していくことが大切です。
当社では成長している事業が2つあります。一つは、当社グループ会社のGlatsが運営するオンライン英会話事業「kimini」です。フィリピンのセブ島にいる先生とオンラインで英会話を行うものです。オンライン英会話事業ですので、リアルでの学ぶ場はありませんが、講師の採用時には「親しみやすさ」を大切にしています。受講者と講師が同じ空間で学んでいるようなよい関係が築けるように意識して、サービスを提供しています。
もう一つは学研メディカルサポートが看護師向けに提供する「学研ナーシングサポート」です。看護師は資格取得後も、働きながらさまざまな研修を受ける必要があります。このプログラムは現在全国の3,200以上の病院に導入されているのですが、病院での業務を止めることなく、看護師が個人単位で研修を受講することが可能です。また、看護部や院内全体での活用方法についての情報提供などのきめ細かいサポートができるサポートチームも整備しており、オンライン上であっても学習者が相談できる場があるように工夫しています。このように、目的に応じて、教育コンテンツとデジタルツール、そしてアタッチメントを育む仕組みを組み合わせていくことが重要です。
■教育産業の海外展開と今後の教育産業の発展に向けて
石塚:教育サービスの対象者の拡大やデジタルツールの効果的な活用など、国内だけでもさまざまな発展の可能性を感じますが、世界に目を向けると途上国の人口増加や先進国でのリスキリング需要を背景に、今後大きな成長が見込まれています。また、海外ではコロナ渦でオンライン学習が普及する中で教育系スタートアップ企業への投資が進み、多くのユニコーン企業も誕生しています。日本の中では不動の地位を確立している学研HDにとって、海外市場はどのような位置づけなのでしょうか。
細谷:5年前の中期経営計画からグローバルという言葉を出しています。2024-2025年の中期経営計画では「グローバルへの飛躍」を目指し、直近5年間で100億円を超える海外教育事業への投資をしてきました。国内ではさまざまなニーズに合わせたサービスを展開することで売り上げを伸ばしていき、海外では利益を伸ばしつつ、他国の企業からも学んでいきたいと考えています。今後、海外事業の重要性は増していくでしょう。
石塚:日本では官民が連携して日本型教育の輸出を目指す動きも進んでいます。一方で、教育はそれぞれ国や地域の文化的背景とも深く結びつき、「輸出」にはローカライズしたサービスを提供するためのさまざまな工夫が必要になるかと思います。学研HDではどのような方針で海外展開を進めているのでしょうか。
細谷: 海外展開するうえでローカライズは非常に重要です。当社ではスピード感をもって事業を展開するために、例えばベトナムでは、現地のパートナー企業と資本提携し、学研のコンテンツを顧客に提供してもらっています。教員向けの指導書や絵本など、日本のコンテンツが一部使えるものもありますが、それでもローカライズが必要になりますし、海外から輸入したコンテンツも活用しています。ベトナムでの英語の教科書事業が実り始めており、今後もさらに推進していきます。
日本式教育の輸出という観点では、トルコやイラクでの学研教室の開催は現地で感謝されています。一方で、東南アジア各国はかなり発展しており、日本式教育の受け止め方は国の発展段階によっても異なると感じています。
石塚:海外でも積極的に事業を展開され、今後のさらなる発展が期待されます。また、今後も教育産業を盛り上げていくためには、教育産業に魅力を感じ、教育産業で働きたいと思ってくれる人を増やしていくことも大切かと思います。今後はデジタル分野との融合などさまざまな業界の変化も起こると予想されますが、教育産業にどのような人材を求めていますか。
細谷:当社のような教育系のコングロマリット企業はグローバルでみても、あまり例がありません。教育サービスを提供する場(教室)とコンテンツを持ち、さらに国境を越えて事業を展開している企業はなかなかユニークであると自負しています。教育産業では、公共財としての側面をもつ教育を、資本市場の仕組みの中で成り立たせる必要があるため、その両方の常識を知っている人が必要となります。私自身は資本市場側の出身であり、異なるバックグラウンドを持つ人であっても、熱意があればそのバックグラウンドを生かせる仕事は提供できると考えています。私自身はそれぞれのメンバーの専門性と熱意をどう束ねていくかを考えながら仕事をしていますし、それが面白さでもあります。
石塚:教育産業の発展のためには、教育産業に詳しい人材だけでなく、異業種での経験が豊富な人材など、さまざまな専門性を持ったメンバーをチームに招き入れ、教育産業の新しい領域を切り開いていくことが大切だと感じました。実際、幼児教育でのサービス拡充や大人向けなどの新しい対象へのサービス提供、デジタル技術を取り込んだサービス開発、海外展開など、多様なバックグラウンドを持った人材が活躍できる業界であると思います。細谷さん、本日は貴重なご意見をどうもありがとうございました。

(※1)OECD「国際成人力調査(Programme for the International Assessment of Adult Competencies : PIAAC)
」(2025年版)(成人の教育・訓練への参加状況)(参照日2025年12月8日)※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

