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日本の国会に未来委員会を ~フィンランドの未来志向な対話システムに学ぶ~

2025年12月16日 橘田尚明


<未来志向な対話システムを持つ国フィンランド>
 フィンランドと言えば幸福度ランキングで世界1位であり、先進的な教育システムを持つ国としてご存じの方も多いのではないだろうか。実はフィンランドは未来志向な対話システムを持つ国としても有名である。筆者は未来デザイン・ラボの一員として、未来洞察(フォーサイト)や未来学の知見を背景に組織内で未来志向な対話を巻き起こす業務を行っており、2024年および2025年の2度にわたって、フィンランド国内の未来志向な対話システムに携わる人物に面会して話を聞く機会を得てきた。これらの内容について、文献も関連付けながら未来洞察コラムで紹介することとしたい。本コラムではフィンランドにおける「未来委員会」ついてご紹介する。

<「未来」を専門的に扱う委員会「未来委員会」>
 フィンランドの未来委員会とは、フィンランド国会内に設置された17の常任委員会の1つで、その名の通り「未来」を専門的に扱うことに特化した委員会である。フィンランドも日本と同様に国会での本会議と別に専門的な審議を行うための委員会が設置されており、教育、経済、環境といった特定の分野に特化している。フィンランドの未来委員会は未来に特化する委員会として「将来の主要な問題や機会について政府と対話を促すこと」(※1)(筆者訳)をミッションとしている。委員会のメンバーはフィンランド国内の各政党から選ばれた国会議員が担い、現在は17名が在籍している。なお、立法府である国会の委員会であるものの、他の委員会と異なり未来委員会は立法に関与することはない。代わりに未来に関する問題についての声明、報告書や出版物の発行を行い、政府に未来志向な検討を促している。

<政府の未来観に対する国会の意見形成をリードする未来委員会>
 未来委員会の重要な役割の1つは、4年の選挙期間ごとに政府が提出する「政府未来報告書」に対して返答報告書 を作成することである。「政府未来報告書」とは、首相官邸がフィンランドの将来のために特に注意すべき課題とその解決の手がかりを記述し、国会に提出する未来についての政府報告書である(※2)。一方、「国会未来報告書」は、政府の未来報告書の提出を受けた国会が、国会の意見を集約した未来についての返答報告書である。未来委員会は専門家の公聴会および他の常任委員会の声明に基づいて、国会未来報告書の作成をリードし、この国会未来報告書が本会議で議論され、受け入れられると、その最後の決議は政府に対する国会の正式な回答となる。つまり、未来委員会は、未来に対する国会の意見形成者としての役割を果たしていると言える。

<未来委員会のパワー>
 未来委員会は他の委員会と異なり、立法には関与しないため、法律によって政府を拘束する力を持たない。しかしながら、未来委員会には、長期的な未来に向けた方向性について、政府を拘束する仕組みがある。それが決議である。決議は国会未来報告書の最後に要求提案として掲載されている。決議が出されると、それは政府を拘束し、政府はその決議について進捗を毎年報告する義務が生じる。また、この報告義務は決議で決まった要求が満たされるか、必要がなくなったと判断されるまで続ける必要がある。この決議の効果は、政権交代後も次期政権に継承されるため、選挙期間を超えて政府が長期の問題に一貫して取り組むことを可能にしている。

<未来報告書を通じた未来志向な対話>
 この決議の効果について、未来委員会のシニアアドバイザーを務めるMaria Höyssä氏に面会し、お話を伺うことができた。Höyssä氏によれば、未来報告書を2段階で発行することを要求する決議が大きな影響を持ったという。未来報告書は1部と2部の2段構成となっており、第1部は不確実性や変化の要因、起こりうる複数の未来(いわゆるシナリオと呼ばれるもの)を含む長期未来の環境変化を探った未来の共通認識の報告書である。続く第2部では、第1部で触れられた未来観に言及しながら、最も重要と考える将来の課題をさらに検討し、政府の政治的な方向性を決定する。未来委員会は、第1部の未来報告書が作成される過程で、「これを考慮に入れてほしい」等、政府の未来観に対して決議によるフィードバックを行うことができる。フィードバックを受けた政府は、第2部の報告書を作る際に政府内で対話を行い、それらを考慮しながら2部に含むべき政策的ガイダンスを検討する。さらに未来委員会は第2部においても、決議によるさらなる要求を行うことができる。この2段階のやり取りを通じて、未来委員会は政府や国会内に未来志向な対話を巻き起こし、国会の意見を反映させる役割を果たしていると言える(図表1参照)。

図表1. 未来報告書を通じた2段階の対話プロセス(例:仕事の未来(※3)


<未来委員会が国会に巻き起こす未来志向な対話>
 未来委員会は、国会未来報告書を作成するプロセス以外にも、国会内に未来志向な対話を巻き起こすことに成功している。1つ目の事例は委員会をまたぐ議員の対話である。通常、国会議員は2つの以上の委員会に所属することが求められており、これが委員会をまたぐ議員同士のコミュニケーションを促進している。例えばEU問題が国会内で審議されていた場合、EU立法案を審議する委員会の議員が、「未来委員会に意見を聞いてみよう」と聞きに来るのである。2つ目の事例は、首相と国会議員との対話である。未来委員会は時折(通常は選挙サイクルごとに一度)、委員全員で首相と夕食を共にし、その際にメンバーは未来について重要だと思うことを述べる機会を得る。このように、未来委員会は他の委員会とのつながりを通じて、国会内での未来志向な対話を巻き起こす、国会における未来のシンクタンクとしての役割を果たしていると言える。

<アウトカムとしてのフィンランド社会への影響>
 ここまで未来委員会の役割やその対話システムについて説明してきたが、最も気になるポイントは「このシステムがあることで、フィンランド社会にどのような結果が生まれたか?」であろう。先に述べた通り、未来委員会は立法案の作成には直接的に関与しないため、法律によって結果を確認することは難しい。一方で、フィンランド政府の政策に影響を与える決議で何が決まったかは、フィンランド社会への影響を測る間接的な証拠として参考になるだろう。この点に関し、Höyssä氏が紹介してくれた興味深い決議の例として、フィンランドにおける資源の過剰消費が他国の自然資源の浪費を起こしていることを真剣に捉え、それを減らすという決議があったという。消費の削減は経済成長を抑制するリスクを冒すため、これは非常に大胆な姿勢だと挙げていた。このような決議は、政策の急速な変更を引き起こす可能性は低いものの、政治的注意を必要とするものとして過剰消費のトピックを正当化することになると彼女は言っていた。

<日本の国会に未来委員会を作るには?>
 私たちはこのフィンランドの未来志向な対話システムから何を学べるだろうか?長期課題を引き継ぐ決議のシステムや未来報告書を通じた未来志向な対話システムはフィンランド社会が発展させてきた未来志向な対話文化のたまものである。形だけの模倣ではうまくいかないだろう。そもそもの起源に立ち返ると、未来委員会の起源は、1986年に議員のイニシアチブにより未来研究のユニットが設立され、1990年代初頭に国会が政府に未来報告書の提出を要請したことにある。政府未来報告書が国会に提出されたことで初めて、その返答報告書として国会の声を形成するために未来委員会が設立されたという。日本でも、未来委員会のような未来のシンクタンクが必要だとすれば、その必要性を作ること、すなわち政府に未来報告書を国会に提出することを要求するのが良いだろう。そこから、国会の中に未来を扱う専門組織を作って未来志向な対話を発展させていくのが良いと思われる。

図表2. 未来委員会発足までの主な経緯
1986年議員のイニシアチブにより国会内に未来研究ユニット設立
1992年国会が政府に未来報告書を提出するように要請
1993年国会の返答報告書を作成するために、臨時委員会として未来委員会が設立
2000年未来委員会が常任委員会になる
出所:Oras Tynkkynen, Committee for the Future in the Parliament of Finland, Parliament of Portugal, 7 September 2011(※4)を基に筆者作成

<未来志向な対話は私たちのコミュニティーから始められる>
 なお、本コラムは国会に向けたメッセージが主題であるが、日本社会に未来志向な対話を起こしていくことは、国レベルに限った話でなく、このコラムを読むあなたの家族や所属している企業、自治体、コミュニティーにも通底する話であることを補足しておく。むしろ小さな組織やコミュニティーの中からこそ未来志向な対話は始めやすいと言える。事実、そのようなさまざまな兆しは日本にも存在しており、ボトムアップな発展を遂げている。例えば、バイオベンチャーであるユーグレナは2019年に18歳以下の人材をChief Future Officerにする仕組みを導入した民間企業として知られ、現在は未来世代アドバイザリーボードの設置へと発展を遂げている(※5)。また、岩手県の矢巾町は、将来世代になりきって未来志向な対話を行うフューチャー・デザインを活用した政策形成を2015年から行い、現在はその制度化に取り組み始めている(※6)。まずは私たちの目の届く組織やコミュニティーの中から、未来志向な対話を始めてみてはどうだろうか?

(※1) Parliament of Finland. Committee for the Future. (参照年月日2025/11/25)
(※2) Prime Minister’s Office. (n.d.). Government Report on the Future. Finnish Government. (参照年月日2025/11/25)
(※3)・政府未来報告書パート1:Prime Minister’s Office. (2017).「Government report on the future, part 1: A shared understanding of the transformation of work
・政府未来報告書パート2:Prime Minister’s Office. (2018).「Government report on the future, part 2: Solutions to the transformation of work
・国会未来報告書パート1及び2:Parliament of Finland, Committee for the Future. (2018). 「Committee reports 2015–2018
(※4)Assembleia da República. Committee for the Future in the Parliament of Finland(参照年月日2025/11/25)
(※5)株式会社ユーグレナ(2024年2月1日). ユーグレナ社「未来世代アドバイザリーボード」を設置 新たな挑戦として、未来世代と「共創」へ 18歳以下のCFO(Chief Future Officer:最高未来責任者)からアップデート(参照年月日2025/11/25)
(※6) Ministry of Finance, Japan. はじめてのフューチャー・デザイン (参照年月日2025/11/25)
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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