コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

伝統工芸品の材料不足と「自然共生サイト」の活かし方

2025年12月09日 高保純樹


 全国各地の職人が手仕事で作る「伝統工芸品」は、自然の恵みを生かす地域ならではの営みを現代に伝える貴重な文化であり、住民にとっても愛すべき地域文化となっていることが少なくない。近年は特に海外からその価値に注目が集まっており、国内では伝統工芸品の需要開拓や高付加価値化等が期待されている。

 一方で、伝統工芸品の存続そのものに関わる課題もある。担い手不足を想起しやすいが、筆者が現場で喫緊の課題としてよく耳にするのは、むしろ材料不足の問題である。

 近年不足している国産材料としては、漆器に欠かせないウルシや、かんざしや楽器等様々なものに使われる鯨ひげなどがある。しかし実際に職人から話を聞いてみると、一見ありふれた材料でも実は不足に直面していることがある。以前、宮城県刈田郡で伝統こけしを作る職人と話していたところ、最近は主原料である木材が調達しにくくなっているという。というのも、こけしは削った木材に直接描彩するため、ミズキやイタヤカエデなど木肌が白い特定の広葉樹が好まれるが、針葉樹が主体の人工林の割合が増え、さらに林業の衰退により木材のサプライチェーンが弱った地域では、目当ての木材がなかなか手に入らないのである。

 もっとも一部の伝統工芸品では、同種の材料を地域外から輸入したり、別の材料で代替したりしている例はあるが、どの材料でも可能であるわけではない。例えば前述のこけしに使われる樹種は全国に自生しているが、需要の量的な規模の小ささゆえ、遠隔地からでは輸送コストが見合わないことが多い。また、木材でない他の素材に変更してしまうと、製作技法を根本的に変えなければならず、職人の技能にマッチしなくなるどころか、経済産業省や都道府県が定める「伝統的工芸品」の指定基準から逸脱するリスクすら生まれうる。なお、調達しやすい針葉樹など、他の樹種の利用であれば普段から行われることがあるが、材質の違いゆえ意匠が変わるため、出来上がった品物は言わば「変わり種」として扱われるにとどまっている。あくまで理想は、今までと同等の原材料を、ローカルに調達できることと言えるだろう。

 一方、民間企業からは近年、事業を通じた社会的価値の創出や、地域に対する表面的でない貢献をしようという機運の高まりを感じる。それなら伝統工芸品が抱える原材料の問題の解決に、企業が力を貸すことはできないだろうか。

 例えば、令和5年から環境省が運用を開始した「自然共生サイト」は、企業を含む民間の取組等により生物多様性保全が図られている区域を認定する制度であり、全国の企業が社有林などを申請し認定を受けている。令和6年度までに認定された328件のサイトのうち、申請者に企業が含まれるのは半分以上の176件にのぼる。令和7年9月の追加認定により全体で累計448件となり、その勢いは健在だ。その認定基準によれば、「伝統工芸や伝統行事といった地域の伝統文化のために活用されている自然資源の供給の場としての価値」を有する区域も対象となっている。実際、そのような価値を持つと認定されている例は少ないながらも存在し、例えば茶道用木炭を生産しているサイトが実在する(※1)

 申請時点では伝統工芸品への貢献を想定していなかったサイトにおいても、伝統工芸品側でのニーズの変化を受け、原料となる林産物を育成して提供することができないだろうか(※2)。そうすれば、地域の伝統文化に関わるサプライチェーンに自らが組み込まれるという形で、地域文化・環境への貢献が可能である。もちろん、原材料となる植物等を育てる技術のみならず、その栽培や一次加工の技術・人材も必要となるが、そこに自社や連携先企業が有する技術を活用することができるなら、地域における存在意義はより高まるだろう。そうして生まれた工芸品には、林産物を育てて活かすという環境面の価値に加え、地域の文化に貢献するという効果もあるはずだから、企業としても取り組む意義や、より強いPR効果が望めるのではなかろうか。企業の自然共生サイトは、元々環境・社会への価値を志向して設定されてきたものであるはずだ。その既存のフィールドを活用することで、無理なく意義のある地域文化への貢献が可能だろう。

(※1) https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/nintei/R4Late19_oak_forest.pdf
(※2) 既に認定を受けた(連携)増進活動実施計画を変更する際には、法令に基づく変更認定申請が必要。


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ