オピニオン
経営アジェンダ2026(前編)
2026年01月08日
政治体制の変化に伴う経済安全保障への配慮や、地政学リスクへの配慮、一方でAIを中心とした先端技術への対応─。経営環境は複雑に変化するなかで、日本企業は次の一手を考える必要がある。グローバル競争での勝機を見いだすための、2026 年の経営アジェンダとは何か、コンサルティングを通してビジネスの現場を熟知している経営研究センターの浅川秀之、斉藤岳が語り合った。
【参加者】
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
ストラテジー&インダストリーユニット長 プリンシパル 経営研究センター 副センター長
浅川 秀之
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
ストラテジー&オペレーションユニット長 プリンシパル 経営研究センター 副センター長
斉藤 岳
(聞き手)
株式会社日本総合研究所 理事 リサーチ・コンサルティング部門 経営研究センター長
山田 英司
2025年の企業経営を振り返る
山田
:本対談では、コンサルティングの現場で感じている、企業が抱える具体的な課題やそれを克服する方法について「経営アジェンダ」という形で議論していきたいと思います。日本総研は、2025年10月に経営研究センターを設立しましたが、その背景には、経営環境の大きな変化が挙げられます。企業の経営者はこれまで以上に、「何を知り」「どう行動するか」が問われる時代になりました。
しかもこれらの変化によって、ゲームチェンジのような大きな転換が頻繁に引き起こされることが想定されます。このような難しい状況のなか、未来を見据えるうえで、経営に関する情報をどう収集・編集し、どう解釈して経営に生かすか、「インテリジェンス」のあり方が問われています。
数年で何かが劇的に変わるわけではない一方で、これからの時代を生き抜くためには2025年の動きや変化を踏まえた上で、どのような兆しが見えているのかを整理することには大きな意味があります。政治的には、米国において1月にトランプ大統領が再選されたことによるさまざまな政策の変化、日本でも10月に高市政権が発足するなど、今後に大きな転換が予想されています。
さらに、AIをはじめとした技術革新、サステナビリティをめぐる動向の変化などもさまざまな要因が複雑に絡み合いながら経営に変化をもたらし続けると予想されます。こうした多層的な動きを、戦略の立案と実行の両面からどう捉えるか、そのあたりについて、まずお二人のご意見を聴かせてください。
浅川:私はテクノロジー分野の経営戦略、事業戦略の立案の支援を中心に活動していますが、ここ数年でコンサルティングの内容が明らかに変わってきました。
以前は「新しいテクノロジーをどう売るか」「グローバル市場でどう競争優位性を保つか」といった、技術そのものの優位性を考える市場戦略の話が中心でした。ところが最近は、それだけでは済まなくなってきています。
例えば、半導体分野はその傾向が顕著な産業です。戦略の立案に際しては、単に半導体スペックにとどまらず、産業に応じてどのように実装するかが重要になります。さらに、トランプ政権によるハイテク分野への規制や投資制限といった形で、米国の政策動向や米中関係など、経済安全保障の動向が大きく影響します。また、サプライチェーンについては地政学的要素を考慮する必要があります。単純に「技術が良ければ競争に勝てる」のではなく、産業の全体像を俯瞰し、市場の形成に積極的に参加することが必要になるという変化を現場で強く感じています。
山田:これまでの経営戦略は、「外部環境」と「内部構造」という2つの視点によって構成されてきました。しかし、浅川さんが指摘したとおり、最近は経済安全保障や規制緩和など自社単独で解決できない要素が複雑に絡み合っているといえます。
そこで、現在求められているのは、外部環境を読む力や内部構造を改革する力だけではなく、外部と内部をつなぐ「中間」的な仕組みを構築する力です。行政や他社と連携して新たな産業の枠組みやルールを形成することや、サプライチェーンを再構築する取り組みなどが該当します。
とはいえ、大企業といえども、これらの取り組み自体が非常に複雑であるため、戦略を立てても、それをどう実践・実装していくのかが難しい。しかも、構造自体が時間の経過とともに刻々と変化していくため、戦略と実際の整合を取ることが今後大きな課題になるでしょう。斉藤さんはいかがでしょうか。
斉藤:企業戦略を立案し、実践する際の目標とは何か。その問いに対し、企業が「企業価値」の向上というテーマに正面から向き合う動きが、近年の大きなトレンドとして一段と強まっていると感じます。
典型的な動きとして挙げられるのがPBRをめぐる動きです。以前はそこまで大きな話題にならなかったのですが、2023年に東証から株価や資本コストを意識した経営に関する要請が出て以降、特に2025年は「PBRをどう高めるか」という意識が浸透し、実際に多くの企業からご相談をいただきました。
さらに「企業価値」の向上については、もちろん投資家など金融市場からの要請が中心になりますが、同時に社会からの要請も無視できません。いわゆるサステナビリティの取り組みに該当しますが、近年では、「企業価値」とは財務的価値だけではなく社会的価値が両立しているとの考えが一般的になっています。この流れを受けて、自社が創出する社会的価値について正面から考えようとする企業が明らかに増えています。
具体的には、「ソーシャルインパクトを可視化したい」「そのインパクトが自社の企業価値にどう影響するのかを把握したい」といったご相談の増加です。こうした動きが、企業経営全体の方向性に影響を与え始めていると感じています。
山田:確かに、社会的価値が「企業価値」に含まれるというのは、サステナビリティ経営を考えるなかでは一般的になりつつあると思いますが、2025年の事象だけを考えるとトランプ政権の復活によって、サステナビリティそのものが逆風にさらされた印象もあります。
代表例としては、エネルギー政策が挙げられます。これまでは民主党政権のもとで再生可能エネルギーへのシフトが進んでいましたが、米国内での産業振興の観点から政策の転換がなされました。その結果、ESG投資やトランジション・ファイナンスそのものを否定するような動きが出るなど金融面にまで影響が顕在化しました。
こうした潮流の変化は、当然経営戦略にも大きな影響を及ぼします。これまでサステナビリティを重視して、企業の仕組みを変えてきた企業も多く、まさに岐路に立たされているように感じます。
企業の年次報告書を見ると、2025年は米国企業のサステナビリティやESGに関する記述量が3割程度減少していると感じています。欧州でも統合報告書のCSRD対応がオムニバス条項化し、開示を抑制する方向に向かうなど、潮目が変わりつつあります。
こうした外的要因、つまり政策や国際的な規制の変化が、企業の戦略やトランスフォーメーションにどのような影響を及ぼしていると思われますか。
浅川:
トランプ政権が復活して以降、直近では脱炭素をめぐるモメンタムに明確な変化が訪れたと感じています。ただ、その兆しは第二次トランプ政権以前の2023年頃からすでに見られました。というのもグローバル全体で、GX関連の投資額が減少傾向にあったのです。それが第二次トランプ政権の誕生をきっかけに、一気に加速した印象です。直近でも、過度なGX推進を抑制する趣旨の大統領令が出されました。こうした流れは、これまで「グリーン一辺倒」でGX投資を推進してきた企業にとって、大きな見直しの契機になると思います。
とはいえ、GXやCO₂削減の重要性そのものが否定されたわけではありません。トランプ政権の考え方も、どちらかといえば「経済成長を維持しつつ環境対応も行う」という発想です。そのため、環境への配慮と企業活動の持続性の両立が、これからの経営にとってより重要になるはずです。
このような流れを受けて2026年は、企業としても利益と社会課題解決の両立をどう設計するかが、これからの戦略の核心になっていくと思います。
斉藤:経営の舵取りが非常に難しい時代ですから、CEOを中心にしたリーダーシップチームの役割がこれまで以上に重要です。さまざまな情報があるなかで中長期の成長を実現するために企業として何を重視し、どのような立ち位置を取るのか、そして数多くの代替案のなかで企業価値を最大限に向上させる手立ては何か。そうした方針を定め、具体的な方向性を示していくのが本来のリーダーシップチームの役割だと思います。2026年にはコーポレートガバナンス・コードの改訂がありますが、監督機能は整備されつつあり、「企業価値」を創出する主役である執行体制のあり方がより問われることになるでしょう。
テクノロジーは「国家インフラ」へ
山田:地政学や経済安全保障といったテーマに加えて、2025年はテクノロジー領域でも重要なテーマがクローズアップされました。特に、AIの活用、サイバーセキュリティなどを抜きに経営戦略を考えることはできません。
米国では、大統領令をはじめ、AIなどのテクノロジーに関する具体的な指令や制度設計が次々に打ち出されています。それに比べると、日本はまだ整備や対応が遅れているのではという印象を受けます。お二人は、この点をどのように見ていますか。
浅川:確かに、日本企業は対応が遅れていると感じます。これまで日本は、「いかに優れた生成AIを開発するか」「いかに高性能な半導体をつくるか」といった技術的な側面に注力してきました。けれども、米国や中国の動きを見てもわかるように、性能の良さだけでは通用しない時代です。企業単独の戦略では完結せず、セキュリティやレジリエンス、さらには安全保障など国家的な視点から考えなければ、グローバルな政治経済の力学のなかで技術が埋没してしまいます。
特に、安全保障の観点に立つと、AIや半導体、量子技術といった基盤的なテクノロジーを「国家インフラ」としてどう育てていくかが問われる時代になりました。最近では「戦略的不可欠性(strategic indispensability)」という言葉も使われますが、まさにそうした観点で、国内で開発すべき他に模倣されない技術要素は何か、市場を拡大するためには、どの国と連携してどこまで技術を共有するのかを練らなければいけません。単にハイスペックな技術を開発するだけでなく、その出口戦略までを含めて考えなければならない局面に来ていると感じます。
山田:おっしゃるとおり、AIや半導体、量子技術などの分野では、これまで「優れた技術を開発しグローバルに展開する」という発想が主流でした。しかし今は、同盟関係に近い国や信頼できるパートナーに限定して、一定のルールのもとに技術を共有するなど、広める相手を慎重に選ばなければならない時代です。調達面でも、サプライチェーンのなかで、リバースエンジニアリングによってパートナーシップの外側に技術が解析され、流用されてしまうリスクを踏まえ、情報的に堅牢なサプライチェーンをどう再構築するかが2026年の大きなテーマになるでしょう。
浅川:特にAIは膨大なデータと密接に関係しています。現在の流れを見ると、各国が自国圏内でデータを囲い込む傾向が強まっています。EUでは、セキュリティを厳格に保つように規制をかけており、データの越境利用には慎重です。
もちろん、データはより広く結びついていた方が高度な学習が可能になります。しかし現実には、国家間での安全保障や信頼関係の問題が大きく関わってきます。どの国とデータを共有し、どの国とは距離を置くのかを慎重に検討しなければなりません。
AIの進展がもたらす企業構造の変革
斉藤
:AIの利用者という立場からは、企業の現場でAIの利用は確実に広がってきています。2025年は、特に個人レベルでの活用は飛躍的に拡大したといえるでしょう。経営者レベルではAIを経営戦略立案の壁打ち相手として利用する、また担当者が日々の業務でAIを活用し効率化を進めるなど、さまざまな階層で利用が進んでいるといえるでしょう。そして、2026年は、AIがビジネスの現場に個別に入り込んでいるだけでなく、企業の構造変革に踏み入れる分水嶺に差しかかる1年になると思います。「AIを前提とした経営戦略」「AIを組み込んだ組織設計」「AI時代の人材像」という、より上位の設計について、経営者が意図的に考えていかなければならない段階に入るでしょう。
なかでも、「人材」に関わる部分に及ぼす影響は非常に大きいのではないでしょうか。なぜなら、AIの利用範囲が広がるにつれて、最終的に、「人間が担うべき仕事とは何か」という問いに行き着くはずです。その問いに向き合うためにも、企業としての戦略を実行するための組織・機能・人材を、改めて再定義していく必要がありますが、再定義を進めるなかで、「現在在籍している人材をどう活用するのか、どう変わってもらうのか」という課題が、構造改革を進めるうえでの大きなボトルネックになっていくのではないかと感じています。
山田:これは従来議論されていた単純なリスキリングの話では済まないように感じます。例えば、これまでは「コードを書ける人材を育てよう」といったスキルベースの議論が中心でしたが、議論されているスキルについて、その多くがAIに置き換えられていくでしょう。その意味でAIの進展を視野に入れつつ、本質的な次元の話になっていると思います。
具体的には人間とAIの役割をどう線引きするか、ここに、これからのAIガバナンスの核心があるように思います。それに加えて、米国ではすでに企業活動におけるAIの利用そのものを監査対象にする仕組みが出てきています。面白いのは、AIを活用してAIの活動を監査するというアプローチが実際に議論されている点です。
こうしたAIガバナンスの設計は、企業戦略やトランスフォーメーションの基盤そのものに関わるテーマです。そのあたりの、日本企業の意識の高まりについてはどのように感じられるでしょうか。
浅川:企業によって温度差はありますが、AI分野に強みを持つ大企業は比較的感度が高いと思います。ただ、見方によっては、自社に導入して構造改革を進めるという観点では慎重すぎるかもしれません。その結果として、グローバルでの動きに劣後してしまい、攻め入る力が弱くなっているのではないかとも思います。AIの特性である「攻め」と「守り(セキュリティ)」の両方の要素の融合に苦戦している印象があります。
AIガバナンスを意識しすぎるあまり、挑戦的な動きにブレーキがかかってしまう。逆にリスクを取れば、信頼や安全性の面で揺らぐ可能性もある。そのバランスをどう取るかが、日本企業の今の大きな課題だと思います。
斉藤:ガバナンスや監査の観点からすると、AIは人間よりもその特性を発揮しやすい存在かもしれません。2025年に顕在化したのは、AIのリスクや弊害を適切に指摘できる人材の不足でした。これは先行する欧米だけではなく、おそらく日本でも同様な状況でしょう。特に日本ではようやく企業がAIを経営に取り込み始めた段階ということもあり、経営の意思決定レベル、さらには執行の監督を担う取締役会レベルでAIを監督・監査できる人材はまだ限られています。
そうしたなかで、企業ごとではなく複数の企業が共通で使える「監査用AIプラットフォーム」を構築し、ベストプラクティスを蓄積していく動きが進みつつあります。
山田:AIによる評価については、活用余地がさらに拡大するでしょう。そもそも評価というのは非常に難しい領域です。特に、人が人を評価することには主観やバイアスが入りやすく、2026年は人事評価の分野にもAIが進出すると思われます。また、ガバナンス改革において取締役の質的向上を図るための評価が必要になってきていますが、取締役のような「評価され慣れていない人」をどう評価するかという問題があります。そうした背景から、「AIに評価を任せるべきではないか」という議論も広がっており、評価AIなどの導入が期待されています。さらに公正な評価を多人数に対して実施するということから、取締役だけではなく、従業員の人事評価などにAIを活用する動きも、並行して進むのではないかと感じています。
※後編はこちら
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
経営アジェンダ2026
・前編
・後編
*この座談会をまとめた内容は、広報誌『Think & Do』WINTER 2026 No.4に収録しています。

