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「情報」の感度を磨き、未来を紡ぐ経営へ~重要性を増すコーポレートインテリジェンス~ (前編)

2026年01月08日  


 社会や市場の変化が複雑に交錯し、経営判断に必要な情報が氾濫する現代。そのなかで、経営者には「錯綜する情報をどう解釈し、未来の構想へつなげるか」が求められている。そのカギは、社内外の情報を統合し、意思決定を支える「コーポレートインテリジェンス」にある。AIが存在感を増すなかで、合理の先にある洞察をいかに組織に根づかせるか。その実践と戦略的意義を深めるべく、慶應義塾大学教授の琴坂将広氏と日本総研理事の山田英司が語り合った。

【参加者】

慶應義塾大学総合政策学部 教授
琴坂 将広

株式会社日本総合研究所 理事
山田 英司




経営の不確実性を超える新たな視座の探索

山田:今回、琴坂先生とコーポレートインテリジェンスについてお話ししたいと思ったのは、今経営の不確実性が一段と高まっているなかで、経営戦略の立案と実践そのものが大きく変化をしていると感じたからです。環境変化のスピードや影響の大きさが増し、多くの企業が対応策を講じていますが、従来のアプローチだけでは対処しきれない。「成功」の型が変わりつつあるなかで、経営戦略のあり方を新しい目で捉え直す必要があると感じています。
 日本総研には、シンクタンクとコンサルティングという2つの機能があります。シンクタンク機能はマクロ経済を中心に外部環境を客観的に把握して将来を見据えた提言を行い、コンサルティング機能は企業の内部構造の改革を支援してきましたが、それだけでは十分に企業の経営改革に伴走できない。新たなアプローチの必要性を痛感していました。
 そこで、日本総研は2025年10月1日に、これらの問いに解を見出すための「先端的経営プラクティス」を探索・提供し、経営を支援する「経営研究センター」を立ち上げました。
 経営研究センターのテーマは、琴坂先生の研究領域とも深く響き合うものであり、今回の対話を、その探求の第1歩とさせていただきたいと考えています。

琴坂:ありがとうございます。私は、従来の「狭い」経営戦略を探求するよりも、国内外のさまざまな事例をもとに、新たな経営戦略のあり方を探求しています。
 現在、アドバイスを提供している企業も、大企業からスタートアップ、また海外企業まで多岐にわたります。私は、こうした異業種・異文化間の知見を統合し、そこから新たな経営戦略論の構築を追求しています。
 そのなかで感じるのは、まさに山田さんの考察と重なりますが、外部環境の急速な変容や、またそれによって必要な内部の経営資源も変わっていくなかで、企業が持続的な競争優位を実現することが困難になっていることです。
 例えば、重要な経営資源である人材の流動性が高くなるなど、企業の継続的な独自性を担保できない環境になりつつあります。このような状況のもとで、どのように企業が生き残り、さらなる成長を実現していくのか、そこにどのような付加価値を提供し続けていくのか。これが非常に大きな課題だと捉えています。

山田:これまでの経営戦略は、いわゆる「外部」と「内部」という2つの観点から策定され、モニタリングも含めた実行がなされてきました。しかし近年は、その分類だけでは、経営戦略を十分に語ることができなくなってきています。そうした状況でこれからの経営戦略を実践するうえでは、どのような視点が重要になるのでしょうか。

琴坂おっしゃるとおり、これまでの経営戦略は、外部の市場構造から自社のポジショニングを定める、あるいは立ち位置を探るという考え方と、自社の内部で競争優位をもたらす資源を構築する、つまりコアコンピタンスを育てるという考え方の2つの柱で語られてきました。今でも、この枠組みが経営戦略の基本として教えられています。しかしながら近年では、それだけでは企業の強みや勝ち方をうまく捉えられなくなってきたように思います。
 例えば、内部でも外部でもない中間構造をどのように定義し、経営戦略プロセスにおいて位置づけるかということが重要となりつつあります。私はこの経営戦略の中核たるべき外部と内部の中間構造を3つの視点から整理しています。
 まずは、ビジネスにおいて他者との連携により価値を創出する「エコシステム」をいかに形成するかという視点であり、次に、価値の創出のために多数の当事者が各種の経営資源を共有できる「プラットフォーム」をどのように構築するかという視点、さらに、これら「エコシステム」と「プラットフォーム」の形成を行う過程で、関係者の共感や支持をとりつけて「コミュニティ」を形成するかという視点。これら3つの視点に基づいて、他者との協働により継続的な価値を創出することが、現代の経営戦略において非常に重要な論点だと考えています。
 さらに、動的に経営戦略を実践することが重要になっています。経営戦略においても、「アジャイル」という言葉が使われるようになりましたが、目の前の環境変化に柔軟に対応しつつ、中長期的な方向性を見失わない仕組みをどうつくるか。これが「行動戦略(Behavioral Strategy)」や「実践としての経営戦略(Strategy as Practice)」と呼ばれる領域にも関連してきます。経営戦略を単なる紙の資料で終わらせず、日々の行動や実践にどう結びつけるかという議論が、近年では活発になってきています。
さらに、市場そのものをデザインすることも重要です。最近のスタートアップを見ていると、既存市場の定められたルールのなかで競うのではなく、そもそもの市場構造を大きくつくり替える動きが非常に重要になってきています。
 この点については、主に2つの視点があると思います。1つは、新興国のように市場が未整備な環境下で、市場のルール形成そのものに関与することで優位を築くというもの。もう1つは、AirbnbやUberのように、既存産業の枠組みに新しいルールや仕組みを持ち込み、産業構造自体を変えていくアプローチです。こうした「競争が始まる以前の段階」をどう構築するかという議論も、近年大きく進展してきました。私はこれらを総称して、非市場・制度の戦略と呼んでいます。
 さらには、アルゴリズムとロボティクスの融合という新しい潮流に着目するべきでしょう。生成AIをはじめとするアルゴリズムの急速な進展により、「フィジカルAI」という言葉も登場しています。デジタル上だけでなく、現実の経済・社会の仕組みにまでAIが入り込み、新たな産業構造を形づくろうとしている。こうした変化のなかで、経営戦略そのものを再定義する動きが求められているのだと思います。


ルールを創る企業が、次の競争優位を築く

山田:これらの変化に応じて、戦略的に社会の仕組みと具体的なルールをどのようにしてつくり込んでいくかというテーマは、まさに昨今の経営で重視されるESGの発想に通じています。例えば、サステナビリティという思想が浸透するなかで、カーボンプライシングのように「炭素に価格をつける」という市場が新たに形成される、あるいは人権の観点からビジネス構造そのものが見直されるといった動きがその典型です。
 また、企業のインパクトを、経済的な指標だけでなく社会的な側面からも評価しようという流れも、まさに、新しいルールメイキングそのものだと言えます。そして、その変化に柔軟に対応、むしろ主導できる企業こそが、これからの競争優位を確立していくのだと思います。
 一方で、そうしたルールやプラットフォームから受ける恩恵を自社だけで独占しない姿勢も重要になっています。そのためには他者への理解を深めることが重要であり、経済や経営のことだけではなく、各国の政治形態や各種の制度、さらには地政学や経済安全保障といった広い視点を持つことが欠かせません。

琴坂:私の大好きな言葉に、計算機科学者であり、教育者、ジャズ演奏家でもあるアラン・ケイの「The best way to predict the future is to invent it.(未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ)」という言葉があります。
 特に非市場戦略や制度戦略は、まさにそれを実践する営みだと思っています。「世の中がどうなるかわからない」と立ち止まるのではなく、企業として社会的責任も踏まえながら、社会にとっても、そしてできる限り自社にとっても望ましい方向へと自ら未来を形づくっていくことが重要です。選択肢が複数存在するのであれば、そのなかで最も自社にとって良い方向へ導く努力をする。それが健全な戦略思考だと思います。
 これらの実践活動は、外部と内部の間に存在するエコシステムやプラットフォーム、コミュニティを通じて行われます。エコシステムのなかで「自分たちだけのために仕事をする」と言ってしまえば、当然、誰の支持を得ることもできません。同様に、コミュニティにおいて周囲を無視して自社だけが利益を享受することも長続きしません。
つまり、ステークホルダーとの関係性を意識しながら、「自分たちの手で未来をつくる」というスタンスで具体的に戦略を実践できるか、そこが問われているのだと思います。

山田:最近、「社会関係資本」という言葉をよく聞くようになりました。これは、まさに今の話とつながるところがありますよね。

琴坂:おっしゃるとおりです。実は「社会関係資本」の考え方は、中間構造を活用した経営戦略のひとつの理論的な土台ともいえる「リレーションベースドビュー(Relation-Based View)」という考え方に通じるものです。
 もともと経営戦略の世界では、市場構造や競争環境から戦略を立てる「マーケットベースドビュー(市場に基づく視点)」と、自社の内部資源や強みに焦点を当てる「リソースベースドビュー(資源に基づく視点)」という2つの有名な考えがありました。
 それらに加えて「リレーションベースドビュー」という考えでは、企業の競争優位は関係性のなかから生まれる、という立場を取ります。つまり、市場でもなく資源でもなく、幅広いステークホルダーとの「社会関係資本」が持続的な競争力の源泉になるという考え方です。
 この社会関係資本というのは、短期間で築けるものではありません。時間をかけて多くのステークホルダーの信頼を積み上げることで初めて形成され、それが企業のポジションや優位性を長期的かつ安定的に支える要素となるのです。

山田:関係性が他社も含めたステークホルダーにも共有されていくという意味では、自分たちの存在意義や根源的な価値や立ち位置をどこに置くのかが、改めて問われています。競争優位のあり方は、時代や環境によって変化していきますが、そのなかで、自社の存在意義や根源的な価値をどの方向に打ち出すのか。そして、それを実現するためにどのようなリソースやネットワークを確保していくのかが極めて重要です。
 ただ、ベンチャー企業のように機動的に動ける企業であれば柔軟な対応は可能ですが、組織が大きくなるにつれて、変数が増えてその調整が難しくなっていく。ここに大企業における経営戦略を実践する難しさがあります。

琴坂:そのとおりだと思います。ただし、組織の大きさを言い訳にしてはいけないと感じています。米国のテック企業は、売り上げが5~7兆円規模に達し、全世界で10万~20万人もの従業員を抱えながらも、あれだけのスピードでビジネスを展開しています。
 テクノロジーの力を的確に活用しながら、未来を見据えた組織を組成し、運営するのであれば、日本の大企業も十分に実行できますし、むしろここが変革のタイミングであると感じています。

山田:確かに米国の企業は、組織の中に「硬直的なルールや決まり」を意図的に減らしているように感じます。
 もともと仕組みやルールを細かく定めるというのは、大規模な組織が効率的に人的リソースを動かすために不可欠なものでした。しかし、AIがここまで発展した現在では、個人が持つ価値や特性をそのまま組織に持ち込み、AIがそれらを調和させながら組織運営を高度化させる新しいあり方が、少しずつ現実味を帯びてきているように思います。

琴坂:確実に、その変化は起こっていると思います。旧来型の官僚的組織、つまり規約や規定、会議体の構造でマネジメントする仕組みは、人間の認知限界を前提とした設計でした。ところが、情報システムやコミュニケーションツール、アルゴリズムの発展によって、人間による管理の限界を前提としない組織構造が現実的に構築できるようになりました。
 仮に組織がランダムで多層的かつ動的に変容する構造を持っていても、無数の情報をシステムの力を借りて把握することで経営者が必要な判断を下せる世界が訪れます。だからこそ、個々の創造性を最大限に尊重しながら、生産性を担保できる新しい組織設計や運営のあり方を再考する必要があります。先ほどの「行動戦略(Behavioral Strategy)」や「実践としての経営戦略(Strategy as Practice)」もこの文脈と重なります。
 一方で、従業員がどれだけ自由に動けるかという視点に立った仕組みづくりが重要ですが、同時に一定のガードレールも必要となる。そのため、行動の範囲を定め、企業の具体的なパーパスやバリュー、ミッション、中期経営計画のような目標のもとで方向性を示すことが求められます。
 研究・実践の場では新しい手法も登場しています。私は大きく2つに分けて考えています。1つは「デバイアシング(de-biasing)」、もう1つは「プラクティス・デザイン(practice design)」です。
 まず、デバイアシングですが、意思決定や議論に内在するバイアスを自社の経営戦略に基づいて能動的かつ意図的に再構成する考え方です。バイアスとは一概に悪いものではなく、意思決定を迅速化し、生産性を高めるなど組織を強くする要素にもなります。ただし、諸刃の剣でもあり、バイアスが過去の環境で形成されたものであれば、現在の経営環境において意思決定や組織運営を阻害する要因になります。このような状況では、行動認知心理学の知見を活用することでバイアスをより新しい方向へと調整できる可能性があります。
 プラクティス・デザインも同様です。日々の行動は訓練によって変えることが可能ですが、具体的には、どのような行動が最適であるかについて、より組織的に見直し、議論する必要があります。これは本来、経営トップのアジェンダとして扱うべきテーマですが、個別具体的な施策レベルに落とすと、パワーポイントのフォーマットを変えよう、会議の仕方を変えようなど、極めて現場目線の細かい取り組みの集合体となるため、トップ自身が言い出しにくい領域でもあります。
 例えば、マイクロマネジメントに属する事項を経営層から提案することはほとんどありません。一方で、細かな行動様式の積み重ねこそが、持続的なパフォーマンスやイノベーションにつながることがわかってきています。オペレーションに関する小さな要素それぞれに目を向け、それらを体系的に整理し、パッケージ化して実践する能力が、今経営に求められていると思います。

山田:このようなアプローチに際して大企業で課題になるものに「同質化」があげられます。大きな組織を効率的に管理するためには、同じような人材を集めて一定のルールのもとで集中的に管理できることが生産性の向上につながり、大企業の強みにつながるとの考えでもありました。
 しかし、現代のようにビジネスモデルが変化する局面では、多様性が重要なポイントとなり、大企業が作り上げてきた「同質化」はかえって生産性の向上を阻害する要因にもなりかねません。そして、多様性を生かすためには、さまざまな情報を拾い、集め、加工し、的確に判断する力が重要になります。


情報の感度が問われる時代の「インテリジェンス」

山田:ここまでの議論でも明らかなとおり、変化が激しく多様性が問われる現在においては、経営トップに近づけば近づくほど、情報への感度が問われます。その観点から考えると、国家や軍事の分野で「インテリジェンス」が重視されているように、企業においても同じ発想が求められます。最近、一部の企業で進められているコーポレートインテリジェンスの取り組みも、まさにその流れの1つと言えるのではないでしょうか。

琴坂:そのとおりだと思います。これまで日本で急成長を遂げた企業の多くは、いまや大企業になっていますが、そうした企業がどのような環境下で成長してきたかを振り返ると、国内市場が急速に拡大するなかで、それにキャッチアップできる効率性を備えた組織が強かったということがわかります。
 当時の日本市場は世界の先進市場に近く、その成功モデルをそのまま海外に転用できる時代でもありました。効率性を高めた組織ほど成果を上げやすかったわけです。結果として、組織の制度や文化、社員のメンタリティ、さらには成長構造も同質化を目指す方向になっていました。これが、現在の日本の大企業に「サバイバル・バイアス(生存者バイアス)」という形で残っていると考えています。
 この状況を脱し、次のステップに踏み出すためには、まず、自分たちの組織の歴史をひもといて、なぜ今そうなっているのかということを理解する必要があります。そのうえで、単なる情報整理にとどめず、得られた知見を経営課題として具体的に位置づける必要がある、そのためには「インテリジェンス」を活用することが重要です。
 ただし、経営というのは「腹落ち」がないと動かないということも認識する必要があります。経営者と議論をしていると、そもそも腹落ちしていない状況で意思決定を迫られるケースが非常に多い。腹落ちさせるためにも、自社の歴史や制度の成り立ちを明らかにし、「なぜ今こうなっているのか」を理解してもらうことからはじめなければならない。「インテリジェンス」が活用されるためには丁寧なステップが必要だと思います。

山田:そうですね。最近は「インテリジェンス」組織を有する企業も増えてきています。また、経営に必要な情報を収集するためのさまざまなツールも整備されつつある。その意味では、大企業であれば、ネットワークの構築や人的リソースの確保など、比較的簡単に仕組みをつくれます。ただ、問題はその先です。つまり、収集したさまざまな情報をどう経営判断に結びつけるかの部分が課題ではないでしょうか。
 どの企業でも経営者のもとにはさまざまな情報が集まってきます。そのうえで、本来であれば、経営者自身がこれらの情報をどのように解釈し、次なる一手についての壁打ちをすることで腹落ちさせて、「こういうふうに進もう」と意思決定することが重要なのですが、実際には経営者の壁打ち相手が意外と少ないのが実情です。
 その結果として、せっかくの「インテリジェンス」が、情報の「ライブラリ」にとどまっているケースが多いようです。情報と意思決定の間が分断されているのです。

琴坂:経営者と壁打ち相手は対等の存在であるべきですね。ただし、実際はどうしても、単に「情報を取ってこい」という上下関係になっているように思います。

山田経営者に認知されていない情報を炙り出して、突きつけるのが、本来はインテリジェンスの価値だと思います。そうした情報のやり取りを行うために経営者と「対等な関係」を構築できるかが重要ですが、実際は困難であることも予想されます。そのために、AIを活用する余地が重要になってくると思います。人と人との間で壁打ちをすると、どうしても感情や立場のしがらみが入ってしまいます。しかしAIを使えば、そこを比較的フラットに整理できます。AIを妄信するのではなくて、「自分がどんな認知バイアスを持っているのか」「何が自分の盲点になっているのか」を比較的クリアに示してくれます。

琴坂:企業経営にAIが入り込む余地が拡大するとの考えに異存はありません。大前提としては、繰り返し型の業務や定型的なオペレーションの多くは、すでにアルゴリズムやロボティクスの方が、人間よりもはるかに効率的にこなせるようになっています。
 「人がやるべきか」「AIや機械に任せるべきか」という最終的な判断は、コストや生産性といった経済合理性で決まっていくでしょう。そうした領域では、新しい付加価値を生み出す余地はあまり残されていません。今後はむしろ、そうした定型業務を大規模に自動化・最適化できるプラットフォーマーやテック企業が担っていくはずです。すでに、それを支えるインフラも世界的に整いつつあります。
 では、どこで差別化が生まれるのか。それは、変化するルーチン、つまり例外処理の領域だと思います。この変化するルーチンにこそ、人間の創造性を発揮できる余地があると考えます。
 しかし、この変化するルーチンもAIが担える可能性が高まってきました。2022年11月末にChatGPTが登場するまでは、AIが変化するルーチンへの対応までできるとは誰も考えていませんでした。遠い未来の話、SFの世界だと思っていたはずです。しかし現実には、AIはすでにそこに参入してきている。それを前提に、これから人とAIの役割分担を再設計していく必要があります。
 そのときに重要なのは、「AIが何を得意とし、何を不得意とするのか」「何ができて、何をしないのか」という理解です。まだまだ役割分担できる可能性があるからです。
まず1つは、AIの基盤モデルを自社で開発しているような企業は例外として、一般的なAIは「世間一般の常識」や「最大公約数的な知識体系」をもとに構築されているという点です。AIには、社会との整合性を取るためのさまざまな制約が組み込まれています。だから、極めて「美しく整った定石」が提示されるのです。
 しかし、定石だけでは勝負には勝てないし、何より面白くありません。例えば今の将棋のプロプレーヤーたちも、あえて定石を大きく乱すことでコンピュータに勝とうとしています。つまり、「定石ではない一手をどう生み出すか」こそが、人間の創造性の領域です。
 それからもう1つ、「すべてがデータ化された世界」というのは、まだまだ先の話だと思っています。マルチモーダルAI(テキスト、画像、音声、動画など、異なる種類のデータを統合して処理するAI技術)が進化しても、例えば「会食で何を語ったか」「その場の空気や感情はどうだったか」といった情報までは記録されていません。そうしたエモーショナルな議論や空気感こそ、人間にしか扱えない領域です。
 人間は不完全であるがゆえに、その不完全さのなかから独自の個性や文化が生まれます。そして、その「ふわっとした人間らしさ」をそのままに受け止め、解釈し、方向づけていくリーダーや先導者の存在こそ、これからの時代に最も価値を持つのではないかと思います。


AIが生まない「逆張り」と「遊び」が企業の未来をつくる

山田:結局は「価値のある逆張り」ということができるかどうかだと思います。すべての経営者が経営戦略をAIに任せてしまうと、世の中は予定調和的な方向にしか動かなくなります。でも、必ず逆張りするプレーヤーが出てくるわけです。反発ではなく、意図的かつ戦略的に「デザインされた逆張り」を打つ。そこにこそ、人間の思考の余地、そして経営の創造性があるのだと思います。

琴坂そのとおりです。もう1つ、AIがしないことがあります。それは、先ほども触れた「The best way to predict the future is to invent it.(未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ)」に象徴されるような領域です。
 不確実性の高い未来については、どれだけAIに尋ねても、正確な答えは返ってきません。AIは過去のデータから推論することは得意ですが、まだ存在しない未来を創り出すことは不可能です。AIは、それ自体の潜在的な性能としてはポジションを取ることもできるかもしれませんし、未来について独特な予測をすることもできる性能を持っています。しかし、商業サービスとして、基盤モデルとして提供される過程で、そうした特性は残されないはずです。人間は、それぞれが独特の夢を持ち、その実現に向かいポジションを取り、リスクを取ります。そして他者を率いてムーブメントを起こす。これは、人間、なかでも先導者の役割です。
 結局のところ、未来を創り出すのは、ある種の思い込みや強い信念、「自分はこれをやりたい」というパッションに突き動かされた人間の強い意志によります。もちろん、AIはその方向性を実現するための方法や手段を、的確にサポートしてくれるでしょう。
 しかし、「どんな未来を目指すのか」という問いを立てること、その苦しくも楽しい創造の作業だけは、これからも人類に残された特権であり、喜びなのです。

山田:テクノロジーがもたらす最大の価値は、やはり効率性だと思います。時間を短縮したり、大規模な処理を可能にしたり、複雑なものを単純化したり。基本的には、テクノロジーは常に効率化の方向に向かって進化しています。
 ただ、人間は必ずしも効率だけで動く存在ではありません。むしろ、人間にとって本当に重要なのは「遊び」だと思います。ここで言う「遊び」とは、バッファを意味します。効率を極限まで突き詰めていくと、このバッファがなくなり、結果的に経営者が考える時間を失ってしまいます。
 だからこそ、意図的に余白をつくったり、遊びを設けたりすることが大事なのだと思います。そうした時間や空間のなかからこそ、自分たちにしかできない価値を創造するための作業が生まれると思うからです。
 卑近な例ですが、最近はテクノロジーが進展し、リモート会議が浸透したことで、会議そのものは非常に効率的になりました。当然ですが会議が終わればメンバーはすぐに解散しますよね。でも、一方で新しいサービスやアイデアが生まれるのは、その「会議の前後で行われる何気ない雑談」が起点になっているケースも多いわけです。
 なぜなら、そこにはAIでは再現できないような、人間ならではの偶発性や温度感があるからです。そうした遊びの部分をどう残していくかが、これからの経営や組織づくりにおいて、とても大事になってくると思います。

琴坂:私も「遊び」という言葉がとても好きです。ものづくりをしている方と話していても、この言葉はよく出てきますよね。「遊び」がないと、機械でも人でも、スムーズには動きません。
 そして同時に、「遊び」は人と人とのインタラクションのなかから生まれる「スパーク」のようなものかもしれません。明確な目的を持たない日々の会話から生まれる未来の可能性、そうしたものこそが、「人間が組織に属する意味」なのだと思います。人間が多数の個体として集まり、イノベーションを生み出してくることができた理由も、きっとこの「遊び」にあるのではないでしょうか。
 大まかな未来の方向性については、多くの人が合意できると思います。でも、実際にその未来を形にしていくために、社会との接点を持ちながら多様なアイデアを持つ人たちが、社内で「遊び」を持った状態で自由に、ランダムに議論を交わすことが大切だと思います。
 そうした偶発的なやり取りのなかからこそ、今はまだ存在しない新しいものが生まれていく。それは、どんなに優れた生成AIであっても、当面は実現できないのではないでしょうか。

山田:大企業のポテンシャルは、本来ものすごく大きいと思います。一定の規模でグローバルに活動する企業になればジェンダーも人種も、社会観、さらには宗教観もまったく違う人たちが同じ組織に属することになります。それを1つの方向で同質的に管理するという形ではなく、進化するテクノロジーを最大限に活用して、そうした多様な人たちの個性や能力をどう引き出していくかが問われているのだと思います。
 画一的な制度を超えて、多様性に潜む新たな価値の兆しをどのように社内からも収集するか、大企業ならではのチャンスがそこにはあると思います。大企業からのスピンアウトベンチャーでは、同質性から外れた人たちが組織に居場所がなく、スピンアウトした結果の小粒なものが多かったのに対し、最近では、大企業を出た人が、前職との関係をうまく活用しながらユニコーン企業を生み出すようなケースも増えています。
 確率論的に考えれば、大企業というのはその分だけ多様な人材を抱えているわけで、その潜在力は本当に大きいです。だからこそ、次世代の経営を考えるうえでは、この「多様なポテンシャルをどう引き出すか」が重要になってくると思います。しかしながら、「同質化された組織にはいたくない」と最初から大企業を選ばない優秀な人材も増加しています。こうした人材を組織に取り込めないとすれば大きな損失になるでしょう。

琴坂:なぜ、大企業の運営方式が画一的にならざるをえなかったのかというと、それは、そもそも「人間が仕事をする前提」で設計されていたからです。今ある多くの組織構造というのは、パソコンすらなかった1950年代に、どうにかして人の手だけで回るようにつくられた仕組みを踏襲しています。また、特定の個人がいなくなったとしても、組織としては短期的な乱れはあるとしても、大勢としては支障なく業務が継続できるように成長した企業の組織、運営は長年にわたり作り込まれてきました。当時の制約条件のなかで最適化された結果として、今の大企業の枠組みが形成されているわけです。
 だからこそ、今のテクノロジーが充実してきた環境のなかで、「本当にこの構造が最適なのか」を考え直す必要があると思います。もし、アルゴリズムやAIに多くの領域で勝てないとするならば、逆に人間にしかできないプロセスをどう残すかが重要になってくる。
 そうしたプロセスには、創造性を生み出すための「遊び」が必要ですが、それができる人材はつまらなければすぐに辞めてしまいます。だからこそ、そうした人たちがモチベートされるような組織構造を目指していくべきです。
 もしどうしても人間の力だけで機能しきれない部分があれば、段階的にシステムやテクノロジーで補完していく。そうしたビジョナリーで段階的な変革を進めることが、これからの大企業にとって喫緊の課題になっていくのではないでしょうか。

後編はこちら

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク

    「情報」の感度を磨き、未来を紡ぐ経営へ~重要性を増すコーポレートインテリジェンス~
    ・前編
    後編

    *この座談会をまとめた内容は、広報誌『Think & Do』WINTER 2026 No.4に収録しています。

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