日本総合研究所では、公教育における子どもの体験活動の持続的な実施を地域の“みんなで支える”社会の実現を目指している。その具体化の一例として実証を行っているのが、独自開発の社会体験カリキュラム「子ども社会体験科 しくみ~なⓇ(以下、しくみ~な)」である。しくみ~なのコンテンツやこれまでの実証の詳細は、弊社ウェブサイトの紹介ページを参照いただきたい。本稿では、これまでの活動を踏まえて見えてきた、目指す社会の実現に向けた課題や解決の方向性について、自治体や企業との議論から得た示唆を交えて記す。
準備期間も含めて約2年間で見えてきた”みんなで支える”モデルの構築に向けた課題は、以下の3つにまとめることができる。
●シーズとニーズの効果的なマッチング
SDGsの認知度向上などを背景に、社会への貢献を目的とした活動を展開する企業は珍しくなくなった。活動テーマに次世代教育を柱にする企業も多く、学校への出前授業や職場見学の受け入れなどが積極的に行われている。しかし、弊社が行ったヒアリングによれば、企業が提供するこうした教育支援活動のシーズが、学校現場のニーズと効果的に結びついているかといえば、そうとは言えない側面がある。
文部科学省から「地域と連携・協働しながら目指すべき学校教育を実現」する方針が示されており(※1)、この方針の下で多くの学校が地域社会との連携を目指している。専門性を有する企業によるコンテンツの提供は、子どもたちにとって新しいことに興味を持ったり、将来のキャリア選択の出発点となったりする可能性がある。
教員からは、このような民間の取り組みに感謝しつつも、それらの取り組みが学校側から見ると「単発のイベント」であり、前後の学びとのつながりを効果的に設計する必要性や重要性が企業からはあまり意識されていないこと、企業から持ち込まれる教育支援活動が、教育現場の課題やニーズを反映したコンテンツ(提供方法含む)に必ずしもなっていないことなどが指摘されている。逆に、企業の側に数年かけて取り組む準備があっても、学校の側が年度単位の約束しかできなかったり、担当教員の異動に伴う引継ぎができなかったりするケースも耳にする。学校と企業が互いの声を知る機会の創出や、ニーズとシーズが効果的に結びつく仕組みづくりが課題である。
●コミュニケーションの効率化
学校-企業間のコミュニケーションの非効率性が両者にとって負担になっている。教員は日々の業務が忙しく、また突発的な対応も多いため、外部とのやり取りは限定的、かつたまたまできた隙間時間を活用して行う傾向にある。他方、企業側から見ると、自社の取り組みを受け入れる学校を一校一校開拓したり、実際の活動日までの間も前述のような突発的なやり取りに対応しながら準備を進めたりすることが求められる。最近では学校側が「探究コーディネーター」などと呼ばれる専門の担当者をおき、企業など外部とのやり取りを効率的に行えるような体制が整備されているところもあるが、まだ一部に限られている。専門の担当者の配置が難しい場合でも、例えば学校と企業がやり取りできるポータルサイトを立ち上げるなどし、異なる時間軸や習慣で日々の業務を行っている教員と企業担当者の間でのコミュニケーションを効率化する必要があるのではないか。
●リソース(資源)を出し合い支えるモデルの具現化
公教育を“みんなで支える”ためには、先に述べたコンテンツと、それを提供するためにかかる資金の二つが重要な要素となる。後者については、公教育の場合、基本的に国や自治体が運営資金を拠出している。しかし、それだけでは予算に限りがあり、公教育の質をさらに高めるためには民間企業による教育支援活動の活用が有効な手段となり得る。ただし多くの企業にとって、教育支援活動はあくまで社会貢献の一環であり、そこにどれだけの資源を投入するかは、その活動が自社にもたらす価値とのバランスによって判断されるのが現実だろう。この点については別コラム(※2)でも取り上げているので、参照いただきたい。
したがって、公教育を“みんなで支える”社会を実現するためには、自治体や企業、NPOなどの多様なプレーヤーが集まり、「地域の子どもたちを育てる」という共通目標の下に、それぞれが今より少しずつ多くの資源を出し合うようなモデルを構築していく必要がある。ここでいう資源とは、人材、資金、ノウハウ、ネットワーク、場所など多岐にわたる。義務教育過程を通じて地域のさまざまな大人と子どもたちが関わることにより、子どもたちの地域への愛着が育まれる可能性がある。これは企業にとっては将来的な雇用確保にもつながる可能性があり、自治体にとっては、地域の活性化に寄与することと捉えられる。このように、長い目で見て、人材育成を通じて地域を盛り上げていくことを共通の目標として、地域に関わる多様なプレーヤーができる範囲で資源を出し合うことが重要だと考える。
ここまでに見てきた課題は、1つの組織だけが取り組んでも解決し得ないものであり、社会全体で取り組む必要がある。そこで弊社では、産官学民の様々なプレーヤーが集まり、協力して地域の教育を”みんなで支える”モデルをつくることを模索している。異なる立場の人が同じ課題について共に議論することで、新しい解決策の案やより本質的な問題が見えてくる可能性がある。
このモデルをつくるために自治体や企業、NPOなどとの議論を重ねるなかで見えてきたのは、「子どもたちの教育を地域のみんなで支えることは、すなわち地域の現在と未来をみんなで考えることにつながる」ということである。企業が資金や人的リソース、ノウハウを出し合い、現在の子どもたちの教育を充実させることは、子どもたちの直近の学びにつながると同時に、彼らの将来のキャリア選択の拡大や、より良い地域社会との関わりを築くことにもつながる。同時に、活動に参加する大人も、子どもたちとの関わりを通じて今の地域に意識を向け、子どもたちの未来を考えることを通じて地域の未来をも考えることになるのではないか。実際、地域に密着して事業を展開する企業へのヒアリングからは、教育活動に社員が参加することにより、子どもたちへの教育を通じて自社や地域について学びを深めたり、地域の将来を考えたりすることへのニーズがあることもわかった。子ども=未来と教育を通して向き合うことで、みんなが地域の未来を考えるきっかけを得る―そのような企業による公教育の教育支援モデルの実現に向け、今後も取り組んでいきたい。
子ども社会体験科 しくみ~なⓇへようこそ!
(※1) 社会に開かれた教育課程

(※2) 企業の教育支援活動による効果の見える化に向けて
本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。


