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「共的領域」をつくる

2025年09月24日 瀬名波雅子


 数年前、当時3歳だった我が子が保育園をやめた。
 都内から近隣県に引っ越して約2カ月。0歳から通っていた保育園から転園した直後のことだった。

 3歳児が登園を全力で拒否しながら話す「あたらしいほいくえんにいきたくないりゆう」は真っ当で的を射ており、保育園と何度か協議した結果、私たちは園をやめる決断をした。

 当時の私は、前職で新しいメディア立ち上げに奔走中だった。フルタイムで働く未就学児の親にとって、保育園は生活のインフラ=生命線だ。そのようななか、幼い我が子を預ける場所が明日からなくなるまさかの事態。

 知り合いもいない地で、子どもの成長において大切だとされる「3つの間(時間、空間、仲間)」のどれもが、親の私の手元になかった。

 近所の他の認可園に空きはなく、民間のベビーシッターをフルタイムで依頼するのは金銭的負担が大きすぎる。”It takes a village to raise a child”(子ども一人を育てるには村全体の協力が必要)という言葉があるが、このとき公的制度にも民間サービスにも頼り切れない私が必要としていたのは、まさに子育てのための「村」だった。

 その後運よく認可外保育施設に入園が決まった我が子は、短い預かり時間、毎日のお弁当、平日の親子イベント、長期休暇など、“フルタイム母”にはかなり厳しい条件のもとで新生活をスタートさせた。早く保育園を探して転園させようと目論む私をよそに、子どもはすっかりその園を気に入ってしまう。

 そうなるとやはり、切実に「村」が必要だ。
 その時私は腹をくくった。いままで保育園や一部民間のベビーシッターに「外注」していた子育てを、自分でももっと引き受けなければいけない。

 幸運にも地域の「村づくり」を共にやろうという仲間に出会い、自然の中で子どもを遊ばせる集まりを開始した。近所の家族に声をかけ、学生や地域の人も手伝ってくれることになった。子どもも大人も海で裸足になって遊び、焚火を囲む。子どもたちは自然の中にいると、すぐに体が動き、その辺にあるもので遊び始める。親はそれを見ながら一緒に遊び、会話が始まる。そうして仲間とつくった場は、地域で共有する大切なコミュニティになった。

 経済学者の室田武氏らは、社会を「公的領域」「共的(コモンズ的)領域」「私的領域」にわけて表現した。近代化の過程では、「公的領域」(中央政府や地方自治体などが担う領域)と「私的領域」(市場経済において個人や企業の利益追求に基づく領域)が拡大し、その間に挟まれた「共的(コモンズ的)領域」(地域社会やコミュニティの自治によって形成される共有の場)の縮小が起きたといわれる(※1)

 「共」が縮小し、「公」か「私」の二択しかない社会を、豊かな社会といえるだろうか。たとえば現代社会のように市場主義の中で「私」が肥大化し、サービスとの等価交換が前提の社会では、一部の「もっている人たち」しか豊かな生活を享受できない。

 経済思想家の斎藤幸平氏は「コモン」(あるいは「共」)について、ベストセラー『「人新世」の資本論』で「社会的に人々に共有され、管理されるべき富」と定義した(※2)。そして、『コモンの「自治」論』の中ではこう語る。

 「資本による略奪に抵抗して行う<コモン>の再生とは、他者と共同しながら、市場の競争や独占に抗い、商品や貨幣とは違う論理で動く空間を取り戻していくことだ。(中略)水やエネルギーや食、教育や医療、あるいは科学など、あらゆる人が生きていくのに必要とするものは、<コモン>として扱われ、共有財として多くの人が積極的に関与しながら管理されるべきものなのだ」(※3)

 「公」の管理でも「私」の独占でもない、「共」がもつ力。
 一方、「共」へのアクセスや、関わるリソースを持たない人たちがいる。「自分だけ」ではどうすることもできないけれど、「自分たち」をつくる余裕も方法も見つからない場合もある。そうした環境下にある人に対し、「共」の輪を広げようとする取り組みを紹介したい。

 さいたま市見沼区を拠点に子ども・若者の支援を行う認定NPO法人さいたまユースサポートネットの青砥恭さんは、貧困などで孤立する子どもや家族を地域の連携の力で守るまちづくりを進めている。

 青砥さんは本来公益性が大きい教育や医療、水、エネルギー、食、公共空間、固有の文化さえもが資本によって包囲されていることを嘆く。そして「公助」の縮小が予測されるこれからの日本社会に必要なのは、地域の人々の連帯・協働・自治による「共助」の仕組み=ローカル・コモンズだとして、その実践に力を入れている。

 地域住民相互の信頼と互酬性をベースに、住民、行政、企業、アカデミア、NPOなどの参加と協働、管理によって運営されるローカル・コモンズの実践。それは地域のつながりを取り戻し、また新しく生み出すことで住民の生活を支える、これからの時代のインフラづくりともいえる活動だ。ここでは居場所や学習支援を利用する子どもや若者も、共に地域の活動に参加している。

 「共的(コモンズ的)領域」は与えられるものではなく、自ら参加し、暮らしのなかで育てていくものだ。私たち一人ひとりがその担い手になれる。学校のPTAで、近所のお店で、サッカーチームで、同窓会で、そして「公」と「私」に属すると思われる場の中にも―コモンズが芽吹き、立ち上がる場所は身近にある。

(※1) 山本 眞人『コモンズ思考をマッピングする』BMFT出版部, 2022
(※2) 斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社,2020
(※3) 斎藤 幸平, 松本 卓也, 白井 聡, 松村 圭一郎, 岸本 聡子, 木村 あや, 藤原 辰史 『コモンの「自治」論 』集英社, 2023

■参考
青砥 恭, さいたまユースサポートネット『貧困・孤立からコモンズへ』太郎次郎社エディタス, 2024


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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