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投資における“システム思考”─金融が向き合うべき次の視座

2025年08月26日 橋爪麻紀子


 ここ数年、ESG投資に対する風当たりが世界的に強まってきました。特に米国では、「ESGはリベラルの価値観を押し付ける運動だ」「年金資金を使って社会実験をしている」などの指摘が相次ぎ、一部州ではESGファンドへの投資を制限する法案も可決されています。一方で、こうした反発が示しているのは、ESG投資が単なるリスク回避やスコア管理を超えて、“社会をどう変えるか”という本質的な問いに向かい始めている証左でもあるでしょう。

 ESG投資は、企業の環境負荷や労働慣行といった非財務要因を可視化し、一定のスコアに基づいて投資判断に活かすアプローチとして発展してきました。近年ではその補完として、企業が生み出すポジティブ・ネガティブな社会・環境的成果に注目する、インパクト投資も広がっています。こうした流れは重要である一方で、測定可能なKPI、原則類、フレームワークに頼りすぎることで、社会課題を俯瞰する視点を失ってしまわないかという懸念を示す声もあります。

 世界の気候危機、貧困格差、資源枯渇、紛争といった諸問題が解決せずに悪化するなか、個別銘柄や自社のポートフォリオレベルで投資を行っても社会課題の解決やSDGsの達成につながらないのではないか、という問題意識のもと、「システムレベル投資(注)」と呼ばれる新しいアプローチが注目され、世界で様々なイニシアティブが創出されています。これは、企業やポートフォリオ単体ではなく、社会・経済というシステム全体に対する変化を考える投資の考え方です。SDGsや脱炭素といった複雑な構造的課題に対しては、こうした“全体視”の視座が不可欠だという認識が少しずつ広がっています。

 とはいえ、「システムの視点」を、すべての金融の現場に求めるのは現実的ではありません。たとえば個々の融資案件の組成に励む銀行員や、次の資金調達に奔走するベンチャーキャピタリストがシステムの変革にまで思いを巡らせる機会はそう多くありません。これは個人の資質ではなく、役割の違いに起因します。だからこそ、「誰がシステムの意図を担うのか」が重要な問いになります。

 そのためには、ユニバーサルオーナーとして経済全体の健全性に関心を持つ機関投資家から、地域密着で変化の起点を支えるベンチャーキャピタルや地域金融機関までが、同じ意図を共有し、役割を補完し合う必要があります。そこには、アカデミアや中間支援組織のように意図ある資金の流れを計測し、マネジメントする存在も求められるでしょう。

 「社会をよくする投資」とは、単に“良い企業”を選ぶことではありません。どんな社会を実現したくて、いまこの資本を投じるのか。その問いを共有できる仕組みこそ、いま金融に必要な「システム思考」だと考えています。

*このような問題意識について、2025年刊行の共著書『意図をもつ金融:インパクトファイナンスのすべて』(金融財政事情研究会)において、「システムレベルの思考と投資」という章立てで寄稿致しました。ぜひご笑覧ください。

(注) 2020年前後より、複数のイニシアティブが「システムレベル投資(System level Investing)」「システミック投資(Systemic Investment)」「システムチェンジ投資(Investing for system change)」と掲げています。表現やコンセプト差はあるものの、大きな課題認識や目的は同じと捉え、ここではシステムレベル投資としました。


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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