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【発達障害の早期発見・早期支援】
③先進技術の活用に向けて

2025年07月31日 石塚渉、小幡京加、杉原絵美


 本コラムの第3回では発達障害の早期発見・早期支援に向けた介入施策の方向性として先端技術活用の動向について紹介し、データとロジックに基づいたアプローチの重要性について示す。発達障害の早期発見・早期支援に向けて、発達検査等を行う心理職をはじめとする専門人材の不足、教育現場における特別支援教育に関わる人材の不足といった点が課題として挙げられる。そこで、国や自治体において専門人材を増やすための事業が推進されているものの、専門人材の人的支援による解決策には限界が生じている。一方で、発達障害の社会的な認知の高まりに伴う早期発見・早期支援ニーズは増えており、迅速な対応が求められている。そこで、先進技術を活用した発達障害の早期発見・早期支援へのアプローチについて考察する。

自治体における先進技術を活用した取組
 発達障害を早期に発見し、療育等の継続的な支援につなげていくことが二次障害予防といった視点から重要である。また、注意欠如・多動症などの場合は、3歳児の健康診査の後に、保育所などの集団生活の中で症状が明らかになることもあり、日頃から接している保護者や保育所といった教育機関を含む関係者が正しい情報を得ることができる体制づくりを行い、早い時期から発達障害のサインを見逃さないことが重要である。そこで、自治体が起点となり、保護者・登園施設・学校等の関係者とも連携しながら、先進技術を活用し、効果的・効率的に早期発見できる仕組みづくりが必要である。
 いくつかの自治体においては、すでに発達障害の早期発見に向けて先進技術を活用した取り組みが進められている。
 弘前市は弘前大学と連携し、発達障害の早期発⾒を⽬的に、3歳児では評価が難しい社会性とコミュニケーション⼒がスクリーニングできる14項⽬の新尺度を設け、効率よく発達障害のリスク児を抽出できるWebスクリーニングシステムを導入している。実際に3歳児1,173名を対象に検証したところ、リスク児の検出率11.4%といった結果が出ており、標準化された尺度と同等の精度であることが確認されている。(※1)
 支援においても、先進技術の導入が見られる。江戸川区ではNPO法人ADDSと慶応義塾大学が共同開発した早期療育プログラムAI-PACを導入している。AI-PAC は⾏動的・発達的な観点による5領域600課題からなるカリキュラムを軸に、子どもに合わせた進ちょく管理や、記録を通じた家庭との連携、支援計画の作成や、教材や動画の活用などができるシステムとなっている。(※2)このシステムを活用したプログラムを通じて、一人ひとりの子どもに合わせた発達課題を設定することにより、早期支援による効果の「見える化」を図っている。
 また、発達障害の早期発見・早期支援に限定した取り組みではないものの、石川県小松市では、2022年12月に育児・教育・小児医療に関するツールの研究開発を行っているエフバイタル株式会社と連携協力し、子育て支援を始めとする行政施策の高度化やデジタル化などに取り組んでいる。大学や医療機関などとも連携し、AIを活用した動画解析により子どもの内部状態を可視化し、育児や保育を手助けするツールの共同研究を進め、保育、療育、教育等の環境の向上を図っている。(※3)

先進技術の活用社会実装に向けて
 先進技術を活用した発達障害の早期発見・早期支援に係るアプローチがいくつかの自治体では先行して進んでいる。一方で、今後このような先進技術を広く社会実装するためには、いくつか乗り越えるべき課題がある。
 一つ目の課題として、費用対効果の検証である。ICT等を活用した先進技術は、技術革新が進んでいる分野であり、現時点のコスト評価だけではなく、将来的な技術革新や普及拡大を踏まえたコスト低減などを踏まえた試算が求められる。発達障害の早期発見・早期支援における定量的なデータ分析に加えて、技術導入に伴う保護者や支援者の心理的負担の軽減といった定性的な効果への評価も必要となる。発達障害の早期発見・早期支援は、子どもの将来的な精神疾患や不登校や就労困難も含めた二次障害へのインパクトもあり、二次障害への対応に要する行政の対応負荷の軽減への効果を検証することも必要となる。
 二つめの課題として、発達障害という機微な情報を扱うため、子ども・保護者・支援者へ収集した個人情報の取り扱い範囲などに関する事前の丁寧な説明と理解が必要となる。個人情報保護の観点での対応だけでなく、発達障害を正しく理解し、適切な対応を進めることが、子どもの将来にとって良い影響があるということを関係者に理解してもらうことが重要である。少子化対策に向けて国が公表した「こども未来戦略(令和5年12月22日閣議決定)」でも、「全国どの地域でも、質の高い障害児支援の提供が図られるよう、研修体系の構築など支援人材の育成を進めるとともに、ICT を活用した支援の実証・環境整備を進める」ことが掲げられている。(※4)こども家庭庁では、障害児支援事業所等におけるICTを活用した発達支援推進モデル事業として、ICTを活用した発達支援の取り組みについて、地域における先駆的な取り組みを後押しするとともに、全国での活用に向けた検証を進めることとしている。(※5)
 今後、行政と民間事業者が一体となり、発達障害の早期発見・早期支援による社会的インパクトや介入が遅れた際の社会的損失を可視化することが必要である。さらに、国・自治体・家庭・教育現場といった多様な関係者が一体となり、発達障害の早期発見・早期支援に取り組む意義を改めて認識するとともに、データとロジックに基づいたアプローチを可能とする先進技術を活用して課題を解決していくことのできる社会を目指していくことが求められる。

(※1) 弘前⼤学⼤学院保健学研究科 ⻫藤まなぶ「3歳児⽤発達スクリーニング付きWeb健診システム」(2022年11月24日)
(※2) 社会技術研究開発センター 「誰もが個別の丁寧な療育を受けられる社会に 保護者とつくる発達障害児の早期支援体制づくり」(2021年5月18日)(2025年5月29日アクセス)
(※3) 小松市 「エフバイタル株式会社と「包括連携協定」及び「新たな子育て支援モデル構築に向けた共同研究に関する協定」を締結しました」(2024年06月04日)(2025年5月29日アクセス)
(※4) こども家庭庁「『こども未来戦略」 ~ 次元の異なる少子化対策の実現に向けて ~』(2023年12月22日)
(※5) こども家庭庁支援局障害児支援課「令和7年度概算要求について(障害児支援関係)」

以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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