はじめに
2025年4月28日、スペイン全域で大規模な停電が発生した。原因はいまだ判明していないものの、停電当時、供給力の約60%を占めていた太陽光発電をはじめとする変動型再生可能エネルギー(以降、変動型再エネ)が悪影響を及ぼしたとも言われている(1)。このように、時間帯や天候によって左右される太陽光や風力といった出力変動の大きい電源の導入比率が高まることは、電力需給のバランスを不安定にし、安定供給上のリスクを増大させる要因となる。
太陽光や風力といった変動型再エネとは対照的に、安定した出力が期待できる再生可能エネルギーとして、水力、バイオマス、地熱などが挙げられる。しかし、これらのエネルギー源は立地によって利用できる資源量が限定される。特に、先述の安定した再エネの資源量が少なく、大規模な電力系統へのアクセスが難しい小規模な離島では、エネルギー安定供給の観点から海洋発電の活用が長年にわたり検討されてきた。
昨今、データセンター需要の高まりにより電源確保の重要性が再認識されている中、安定かつ脱炭素の実現に貢献できる電源として、海洋発電へ寄せられる期待は離島のみならず、都市部においても高まっている。
本コラムでは、海洋発電の中でも、設備利用率の高さや設置場所の制約の少なさから商用利用に向けた実証実験が進む「海洋温度差発電」と「波力発電」に焦点を当て、その技術特性と都市部における具体的な適用可能性について述べる。
設備効率のよい海洋温度差発電(OTEC)、安定的な波力発電
海洋エネルギー発電にも、さまざまな発電方式がある。
海洋温度差発電(OTEC)は、海の表面と深い場所との温度差を利用して発電する技術である。具体的には、太陽によって温められた表層の温水(約25℃)でアンモニアなどの沸点の低い媒体を蒸発させ、その蒸気でタービンを回転させる。その後、水深600〜1,000mからくみ上げた深層の冷水(約5℃)で蒸気を冷却し、液体に戻す。このサイクルを繰り返すことで、連続して電気を生み出すことを可能にする。
この方式の最大の特長は、他を圧倒するほどの安定性にある。海水温度は季節による変動が緩やかで、昼夜の別なくほぼ一定であるため、理論上の設備利用率は約88%にも達する(2)。これは、日本の太陽光発電の平均設備利用率が約18%(3)、陸上風力が約30%(3)であることと比較しても、高い安定性を持ち、電力系統に与える負荷が小さいことから、ベースロード電源として優れた適性を持っていると言える。
OTECは表層と深層の温度差が大きいほど効率が高まるため、赤道に近い低緯度地域が最適な設置場所とされるが、日本国内においても、沖縄県久米島に世界で唯一とされる商用稼働実績がある。さらに、近年では工場や発電所から排出される温水を熱源として活用する、排熱温度差発電(DTEC)という研究も進んでおり、都市近郊の臨海工業地帯が新しい有望な候補地として挙がっている。
波力発電は、絶え間なく打ち寄せる波の上下運動や往復運動を、タービンや発電機の回転運動に変換して電力を生み出す方式である。その最大の利点は、エネルギー密度の高さにある。同じ面積で比較した場合、波のエネルギーは太陽光や風力の数百倍から数千倍に達するとされ、発電量に対して設備を比較的小さくできる。このため、設置場所の制約が比較的少なく、港湾の防波堤や沖合など、さまざまな環境での展開が可能だ。
波力発電の設備利用率は約35%(4)とOTECには及ばないものの、天候による短期的な変動が太陽光や風力よりも緩やかであり、数時間から数日先の波浪予測の精度も高いことから、計画的な発電が可能である。近年では、Bombora Wave Power社に代表されるように、洋上風力発電と同一の海域に波力発電装置を設置するハイブリッド型の開発も進んでいる(5)。これにより、風が弱い時でも波があれば発電できるなど、互いの変動性を補い合い、より強じんで安定した再生可能エネルギーの供給ネットワークを築けるものと期待されている。

大規模需要へ対応する供給モデル
近年、データセンター新設、鉄鋼産業での電炉転換など局地的な大規模需要が見込まれており、このような電力需要への供給方法として海洋発電の適用が期待できる。
OTECの都市型モデルとして最も期待されているのが、臨海工業地帯での活用である。京浜、中京、阪神といった日本の主要工業地帯には、火力発電所、製鉄所、化学プラントなど、大量の温排水を海に排出する施設が集中している。これまで利用されてこなかった排水を熱エネルギー源として活用する一方、沖合からくみ上げた冷たい深層海洋水を冷源に利用するのである。このモデルでは、発電設備の大部分を陸上に設置できるため、複雑な海域利用の調整を最小限に抑えられるという利点がある。発電した電力は、電力系統に接続してPPA(電力販売契約)を結んだ遠隔地の需要家へ供給するほか、工業地帯内の大規模需要家が自家消費することも可能である。
さらに、このモデルは発電にとどまらないさまざまな価値を生み出す。発電に利用した後の深層冷水は、膨大な電力を消費するデータセンターの冷却に再利用できる。また、栄養塩に富む深層水は、カキやサーモンなどの付加価値の高い水産物を陸上で養殖する事業にも活用でき、地域に新しい産業をもたらす可能性も秘めている。
波力発電の社会実装は、急拡大が見込まれる洋上風力発電との併設によって大きく加速するだろう。沖合での海洋エネルギー開発において、大きなコスト要因となるのが、陸上へ電力を送るための海底ケーブル敷設や、発電機を固定する基礎の建設である。これらを洋上風力発電と共用することで、事業コストを大きく下げることが期待できる。
また、このハイブリッドモデルの場合、電気を使う企業などに対するアピール力も格段に高まる。風力と波力という、変動の周期が異なる二つの電源を組み合わせることで、発電量の変動が平準化され、より安定した電力供給が可能となる。これは、再生可能エネルギーの変動性を理由に導入をためらってきた企業や自治体にとって、非常に魅力的な選択肢となるだろう。

海洋発電の実装に向けて
海洋発電が秘める可能性は大きいものの、その社会実装への道のりは平坦ではない。最大の課題は、依然として発電コストが高いという点である。現状では、太陽光や風力といった他の再生可能エネルギーと比較してコスト競争力に劣り、大規模需要家向けの電源としては採算を取るのが難しいのが現実だ。
また、事業開発にあたっては、漁業権を持つ漁業協同組合や、船舶の航行ルートを管理する海上保安庁など、既存の海域利用者との丁寧な調整が欠かせない。海洋環境への影響評価や、万が一の事故に対する安全対策も万全を期す必要がある。
これらの課題を乗り越え、都市型海洋発電を社会実装するためには、単なる技術開発にとどまらない、さまざまな角度からのアプローチが求められる。具体的には、発電事業者、ゼネコン、金融機関、地域社会などが連携する事業スキームの構築、それぞれの強みを生かせる最適なパートナーの選定、そして、国の研究開発支援や導入補助金といった官民連携の仕組みを戦略的に設計することが重要となる。
いくつもの課題を乗り越え、海洋発電が国内電力市場の普及することを期待する。
参考文献
(1) Reuters「コラム:スペイン大停電が浮き彫りにした電力網の脆弱性、エネ移行に追い風も」

(2) 沖縄県「平成30年度海洋深層水の利用高度化に向けた発電利用実証事業及び海洋温度差発電における発電後海水の高度複合利用実証事業」報告書
(3) 総合資源エネルギー調査会 発電コスト検証ワーキンググループ「各電源の諸元一覧」
(4) Ocean Energy Systems「Cost of energy」
(5) Bombora Wave Power「mWaveTM」

(6) 山田 博資, 中田 喜三郎「日本の海洋エネルギーポテンシャルの評価」,海洋理工学会誌[2013]
(7) 新エネルギー・産業技術総合開発機構「再生可能エネルギー技術白書」
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。