オピニオン
水道事業の広域連携とシステム共同利用
前編:水道事業の危機に資する広域連携とシステムの現状
2025年01月16日 藤野雅史
1.水道事業の経営状況
水道は、今さら言うまでもなく住民の生命の維持に必要不可欠なものであり、未来永劫にわたって供給され続ける必要がある。
そして私たち国民の多くは、その水道が供給されなくなる可能性を、そこまで考えたこともないだろう。
しかし、水道を取り巻く環境は非常に厳しい状況にあり、岐路に立たされている。そもそも水道事業は、自治体による地方公営企業(※1)として運営されているが、主に以下の3つの厳しい状況に直面している。
<①職員数の減少~人>
1点目が、職員数の減少である。先述のとおり、水道事業は地方公営企業として各自治体の職員によって運営されている。しかし、自治体職員全般について、平成以後の地方公務員定数の削減や少子化、さらに近年の公務員人気の低迷等によって、土木職や建築職等の技術職を中心に職員数は減少・不足傾向にある。そして、行政職も含めた水道事業に従事する職員数は、実際にピーク時から36%程度も減少している。
総務省が平成29年から平成30年にかけて開催した「自治体戦略2040構想研究会」の報告書でも、自治体における将来の職員数はさらに減少していくことが予想されており、水道事業に従事する行政職・技術職の職員数も同様に、一層減少していくことが想定される。特に、現在の全国の水道職員の年齢構成を見ると、45歳以上の職員が全体の55%程度を占めており、20年後にはこれらの層が一気に退職することとなる。
<②老朽化の進展~モノ>
2点目が、老朽化の進展である。水道施設は、都市部を中心として高度経済成長期から全国的な整備が進んできた。そして各自治体の経営判断の下に設備の更新が進められてきたが、十分に対応できているとは言えず、法定耐用年数である40年を超過した管路の割合は、2040年には管路全体の約半数となると試算されている。
水道事業における老朽化に関する事象として、2021年10月に和歌山市で発生した六十谷水管橋の落橋事故が記憶に新しく、本事故により約6日間、約6万世帯が断水したが、吊材の著しい腐食を十分に確認できなかったこと、当該水管橋の経歴や特徴等を考慮した十分な維持管理がなされていなかったこと、等が事故の要因として示されている。(※2)
管路に留まらず、水道事業は浄水場やポンプ等の多くのストックを有している中、住民の生活を守るためにも和歌山市のような大きな事故を防ぐ必要があるが、そのための適切な老朽化対策には、多くの費用が必要となる。

<③料金収入減少~カネ>
3点目が、料金収入の減少である。②のとおり、今後来る老朽化への対応に向けて多くの維持更新費用が必要となる一方、収入元となる料金収入(水道使用量に比例するもの)は、人口減少や節水機器の普及等から、このままとした場合、減少していくことが想定されている。
すなわち、必要な支出は増加する一方でその原資となる料金収入は減少することが見込まれており、必要な改修に対応し事業を維持するためには、水道料金自体を値上げせざるを得ないこととなる。なおこの点について、民間の研究機関が2024年に示したレポートでは、今後ほぼ全ての自治体において水道料金の値上げが必要であり、特に、小規模な事業(対象とする給水人口が少ない事業)ほど必要な値上げ率が高く、現在の倍以上の料金を設定することが必要な地域もあると、推計している。
しかしながら、水道料金の値上げは住民の生活に直結する社会問題であり、大幅な値上げは簡単ではない。(※3)
2.広域連携に不可欠な「システム」とその現状・課題
こうした経営状況の危機から、国では、水道事業の経営基盤強化策を打ち出しており、具体的には、①適切な資産管理、②広域連携、③官民連携、の3つを推進している。そしてこの方針を受けて、各自治体でも検討を進めている。
もっとも、小規模な自治体においては、上記3つのうち①適切な資産管理および③官民連携を、各自治体単独で検討することは、体制の確保および費用の観点から難しいことが想定され、また検討が十分になされない可能性が高い。
このため、上記3つの方策のうち、特に②広域連携が極めて重要と考えられる。なおこの広域連携に関しては、すでに各都道府県において、「水道広域化推進プラン」の策定等が進められ、各地で検討がなされている他、いくつかの事例も存在している。

この「広域連携」を各自治体で進めるためには、検討体制の構築の他、広域連携先や対象施設、料金の取り扱い、費用の拠出方法等のさまざまな検討課題がある。その中でも忘れてはならない、最も重要な課題の1つに、「システムの統合」がある。
現在、水道事業における「システム」については、業務改善に向けた取り組みやデジタル化の流れを受け、料金システムや運転監視システム、施設台帳システムといった各種業務システムの導入およびその活用が進んでいる。
そして、これらシステムの保有形態については、いくつかのパターンがあるが、おそらく多くの自治体において、独自の業務・要件に基づき構築したシステムを、自らの庁舎内へサーバーを設置することにより保有する「自庁設置型」が依然として採用されているものと考えられる。
一方で、水道事業の広域連携(特に上記表における「事業統合」や「経営の一体化」)によって、業務のさらなる効率化やスケールメリットの発揮、コスト削減等の経営基盤強化を実現するためには、基本的に、広域連携する複数の自治体が共同で、各業務につき1つのシステムを利用すること、すなわち「共同利用」の形態が望ましい。
しかし、これら広域連携および共同利用の実現に際して、現行の自庁設置型では、「インフラ面」(本稿では、サーバーやシステムの構築場所を指す)・「システム機能面」・「データ面」において、それぞれ以下のような課題がある。
はじめに「インフラ面」について、自庁設置型の場合、各自治体の庁舎内にサーバーを設置し、当該サーバー内に各種システムを構築している。このため、各サーバー内のシステムはその自治体のみがアクセスするものであり、他の自治体が当該システムを使用することは、物理的に困難である。
次に、「システム機能面」について、水道事業における各種システムでは、各自治体が採用した各ベンダーによるオリジナルの機能やインターフェイス等を有し、かつ各自治体の実情に応じて独自のカスタマイズを重ねていることが、多くの自治体における実態と考えられる。
このため、異なる自治体の職員が他の自治体のシステムを使用する場合、これまで自らが使用してきたシステムと機能・使い勝手が大きく異なり、順応に時間を要することが想定される。したがって、広域連携を実現するためには、新たに共通のシステム機能を定義することが必要となる。
最後に「データ面」について、上記システム機能面の課題とも関連するが、各システムにおけるデータの項目や構成については共通的なルールが定められておらず、システム機能と同様に各自治体によって異なる。そのため仮に他自治体のデータを自団体内のシステムへ取り込んだり、他自治体のデータを基に最適な水道事業の経営について検討したりする際には、データの変換や補正を行う必要があり、その移行が困難である。
なお、2点目、3点目に挙げたシステム機能面およびデータ面の課題については、災害発生時における「受援体制」の課題とも直結している。
一般論として、大規模な災害が発生した際には、早期の復旧のために他自治体より応援職員が派遣される。そして当該応援職員は、被災地における管路の埋設位置その他の各種設備の情報等を早急にインプットし、復旧に向けた対応を迅速に協議することが求められる。
このとき、仮に被災した自治体において、標準的なシステムの機能やデータではなく、独自性が強い状況となっている場合、それを理解するために時間を要するため、応援職員における被災自治体の情報の把握や復旧に向けた検討に大きな支障をきたし、迅速な復旧の妨げになる可能性がある。
3.おわりに
これまで、水道事業の経営基盤強化策の1つとして求められる「広域連携」について、現在多くの自治体において採用されているであろう「自庁設置型」では、さまざまな観点から、広域連携および共同利用に対して課題があることを見てきた。
このため、広域連携を実現するにあたっては、現行の「自庁設置型」を引き続きベースとして対応するのではなく、抜本的な「システムの再構築」が不可欠となる。
このとき、再構築後に可能なシステムの形態としてはどのようなものが考えられ、また、他自治体も含めた再構築に向けての検討は、どのように進めるのがよいのだろうか。
これらについては、後編にて詳細を述べることとする。
(※1)地方公営企業法(昭和27年法律第292号)等に基づき、地方自治体が住民の福祉の増進を目的に設置して経営する企業であり、一部を除く経費は収入(料金)をもって充てる独立採算制が原則である。
(※2)「六十谷水管橋破損に係る調査委員会 報告書(本編)」(令和4年9月 和歌山市企業局)より
(※3)地方公営企業法第21条第2項において「…料金は、(中略)能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし、地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない」と規定されているとおり、水道事業その他の地方公営企業の料金は本来、総括原価方式により設定されるものであり、必要な費用を賄える料金設定が基本である。もっとも、料金は住民の生活に直結するものであることから、支障が生じない範囲で料金を設定しつつ経営改革によって持続させているケースが多いことが実態と考えられる。
以 上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。