*本事業は、令和5年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業として実施したものです。
1.事業の背景・目的
介護現場における生産性向上に向けて、国は、介護ロボットや介護助手の活用を促す補助等の各種施策を進めている。その背景には、今後、さらに人材不足が加速し、介護事業者にとって、生産性向上への取り組みは喫緊の課題であるとの認識がある。それにも関わらず、生産性向上への取り組みが十分に進んでいないのは、介護サービス事業者が、それらの取り組みの経営に与える効果を実感できていないことが一因だと考えられる。介護事業者の生産性向上への取り組みを加速させるためには、生産性向上施策がもたらす経営的な効果を整理する必要がある。
また、国は、令和4年12月社会保障審議会介護保険部会の意見書を基に、介護事業者の経営状況を詳細に把握・分析し、介護保険制度に係る施策の検討などに活用できるよう、介護事業者の経営・財務状況の見える化を目的としたデータベース整備の検討を進めている。前述の生産性向上施策がもたらす経営的な効果を明らかにするためには、このデータベースを活用し、生産性向上施策と介護サービス事業者の経営や財務の実態を把握できる指標(稼働率、平均介護度、従事者1人当たり収益、人材定着率、人件費比率、収支差率、生産性向上指標など)との関係性を整理することが有効だと考えられる。
上記を踏まえ、(1)生産性向上に資する取り組みと経営的な効果の関係性の整理、(2)データベース構築に当たり把握・収集が必要と考えられる経営情報の整理の2つを目的として、本事業を実施した。
2.事業の概要
本事業では、厚生労働省「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」を踏まえて、生産性向上施策を6つの類型(①身体介助系の機器・介護ロボット、②ソフトウェア系の機器・介護ロボット、③業務委託、④介護助手等、⑤記録・報告様式の工夫、⑥ICT機器・ソフトウェア)に整理した。また、それらの施策による効果として、生産性向上施策による直接的な効果、経営的な効果/財務的な効果に分けて整理し、さらに、その効果を適切にモニタリングしていく際に把握すべき経営指標・財務指標を整理した。この整理に基づき、アンケート調査およびヒアリング調査を実施し、生産性向上に向けた施策の経営的な効果について分析を行った。
アンケート調査では、入所・居住系サービス(介護老人福祉施設、介護老人保健施設、認知症高齢者グループホーム、介護付きホーム)、通所介護サービスおよび訪問介護サービスの経営陣や管理者を対象として、生産性向上に資する取り組みの実施状況、直接的・間接的な効果、経営管理に用いている指標などの実態把握を行った。
また、アンケート調査結果を踏まえて、生産性向上施策の実施により経営的な効果が得られている介護サービス事業所に対して、効果を創出するための組織運営、人材マネジメント、業務改善、介護ロボットの活用などの工夫や、これらの取り組みと経営的な効果との関係性、そして経営管理方法・項目に関するヒアリング調査を実施した。
加えて、介護事業者における経営情報の管理状況や生産性向上に資する取り組みと経営的な効果との関係性について、介護事業の経営・財務に知見を有する関係者に対して、ヒアリング調査を実施した。
なお、本事業では、介護現場の有識者、介護経営の経験者等からなる有識者検討委員会を設置し、調査設計から上記の調査の取りまとめまでの助言を得た。
3.事業の成果
(1)生産性向上に資する取り組みと経営的な効果の関係性
アンケート調査では、生産性向上に資する取り組みの数が多いほど、組織に対する間接的な効果が表れる傾向が確認された。特に、記録・報告様式の工夫やICT機器の導入が多くの事業所で行われており、これらが職員負担の軽減、チームワークの向上、労働意欲の向上等に寄与していることが示唆された。ただ、個々の生産性向上施策が与える財務的な効果については、アンケート調査を通じた分析では明らかにできなかった。一方で、ヒアリング調査では、生産性向上の取り組みが、離職率の低下や残業代の削減につながっている介護事業者の事例もあり、中長期的には、生産性向上施策が財務面での効果につながることが示唆された。
また、ヒアリング調査を通じて、経営的な効果を創出している事業者の共通点として、現場職員も含めて組織が一体となり、継続的に生産性向上や業務改善を行う文化・仕組みが組織に備わっていることが挙げられる。具体的には、「法人・施設のビジョン・行動指針の共有」や「職員間で教え合う仕組み・風土づくり」等により、生産性向上施策が促進されるとともに、継続的な見直しが図られながらその取り組みが定着していくプロセスを確認できた。こうした組織・人事面を含めた総合的な取り組みが生産性向上施策の効果を引き出すためのポイントの一つであると考えられる。
(2)把握・収集が必要と考えられる経営情報
アンケートおよびヒアリングの調査結果を踏まえると、多くの介護サービス事業者において、稼働率・入居率、平均要介護度、人件費比率、収支差率等の基本的な経営管理指標を管理・活用していることが確認できた。
また、有識者検討委員会の協議では、安定的な事業運営や人材マネジメントの観点から、職員配置 、離職率等の把握も重要であり、リスクマネジメント・労働安全衛生の観点からは、職員や利用者の安心・安全や満足度につながる項目の把握も必要であるという意見があった。
4.今後の課題
(1)生産性向上に資する取り組みと経営的な効果との関係性において、本事業では、生産性向上施策の財務的な効果を定量的に示すことができなかった。より厳密な分析を行うためには、生産性向上施策に関連する詳細な財務情報(総勘定元帳など)を基に、生産性向上施策前後での変化を調査するといった手法が求められる。
(2)把握・収集が必要と考えられる経営情報においては、介護サービス事業者にとって負担の少ないデータ収集方法の検討が必要であり、今後、データベース構築検討の進捗と合わせて、継続的に検討を進めていく必要がある。
※本調査研究事業の詳細につきましては、下記の報告書をご参照ください。
報告書
【本件に関するお問い合わせ】
リサーチ・コンサルティング部門 シニアマネジャー 石田遥太郎
E-mail:ishida.yotaro@jri.co.jp