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インパクト投資 -机上の理論を現場で実践してみてわかること(下)

2023年04月11日 水野ウィザースプーン希


 前回はインパクト投資のポテンシャルを再確認することに焦点を当てた。今回は「現場から伝えられること」を中心に、理論通りいかずに道を拓いたケースと、逆に理論・理想の大切さを痛感した、二つのケースを紹介し、併せて、その学びをどのように日本の更なる貢献のために生かせるかを展望してみたい。

 前回も述べたように、現場は毎日理想と現実のジレンマとの闘いである。私は数か月前までカンボジア、ミャンマー、インドネシアのソーシャルビジネス数社に投融資を行っていたが、周りを見渡しても、インパクト投資を実行するファンドにとっての最大の課題は、投融資対象となる企業のパイプライン確保であった。対象とする企業がスタートアップなのかグロースステージなのか、シリーズA・B・C、セクター、社会性と利益性の比率、デット・エクイティ、スケーリングの見込み、そして英語でのデューデリジェンス(以下、DD)やレポーティングを受け入れる能力の有無などの条件をクリアして、DDステージに進める企業の数は実に限られている。そして更に厳しいDDを耐え投融資まで辿り着く企業はもっと絞られる。

 このような状況下では、投資の教科書がリスク管理の基本として教える「ポートフォリオのリスク分散」が通用しない。インパクト投資の場合、DDにコストがかかる上、社会課題へのインパクトを正確に評価しようとすると、セクターごとに基準が大きく異なる。結果、女性支援やフィンテックなど、ある程度専門性に特化し、独自性を確立させたほうが、その分野での効率的なパイプライン確保に繋がり、総合的にコスト・労力・インパクト全ておいてROIが高くなる。より多くのビジネスや社会問題解決を支援したい、リスクを分散させて利益を得たいという理想はありつつも、インパクト投資においては「広く浅く」のアプローチは不向きであることを学んだ。戦略を何度も見直すこととなったが、結果的にそれが他社との差別化にも繋がった。

 逆に理論・イノベーションの大切さを実感した例も紹介したい。「パイプライン確保の難しさ」を起点にしているのは同じだが、投資機関にとってInvestment Sweet Spotを広げる鍵は「客観的に、世界標準で、正しく」評価するインパクト評価のメインストリーム化ではないかと改めて思う。インパクト評価手法は既に多々ある。Global Impact Investment Network(GIIN)、OECD, International Finance Corporation(IFC)などが共通指標を作っている。またImpact Measurement and Management (IMM)は広く普及しつつあり、GIINの調査(※)によると 半数以上の投資機関が「インパクト評価に関するデータにはビジネス上の価値がある。ポートフォリオに組み込まれている企業の財務パフォー マンスを向上させ、将来の投資の意思決定に役立つ」と答えている。多様な企業規模、社会課題をクロスするセクターに係るインパクト投資においてOne Size Fits Allの限界はありつつも、やはり世界的な標準や基準は必要だと筆者は現場で痛感した。

 その一例として、カンボジアの水ビジネス企業を紹介したい。この企業は貧困層へ良質な水を低下で届けるサービスを行っていたが、私たちのデット融資に加えエクイティによる資金調達を必要としていた。エクイティ投資を担ってくれるパートナーをシンガポールで見つけ、Blended Financeを実行しようとしたが、インパクト評価が標準化されていないことが理由で、なかなか契約合意に至ることができなかった。よく用いられる「水のアクセスを得た新規世帯数」というインパクト指標だけでは納得が得られなかったのだ。そこで数か月かけて、既存のインパクト評価手法を総動員して、双方の投資委員会を説得できる指標設定にまで漕ぎつけた。

 当時はまだ、Impact Weighted Accounting(インパクト加重会計)のような体系が導入されていなかったことが、いま悔やまれる。インパクト加重会計とは「測定できないものを管理することはできない」という経営原則のもとに、インパクトを数量的に測定し、貨幣価値化して比較できるようにしたものである。投資家はもちろん、企業経営側もインパクト、成長と利益の相関関係をよりフェアに見ることができる。これがあったら間違いなく効率的だったに違いない。投資機関としては今まで対象外であった企業をDDに回すことができ、企業にとってはアプローチできる投資機関が増える。双方にとってSweet Spotが広がることになる。

 カンボジアの水ビジネス企業の案件は、どこまでインパクトリスクが取る覚悟があるかを自問するリトマス紙のような事例だった。ファンドとしての差別化を図ればそれに比例してInvestment Sweet Spotにハマるソーシャルビジネスは少なくなる。投資家側のパイプラインの幅を広げるために、標準化されたインパクト評価こそが鍵となる。「社会性のある営利的企業」と「収益性重視の社会的企業」のグラデーションの中での意思決定に、何らかの拠り所は必須である。

 最後に、日本でインパクト投資を次なる実践段階に進めるにあたって、期待を込めて既存のSocial Investment Bond(SIB)や Development Investment Bond(DIB)のモデルを自治体だけにとどめず国際機関と連携するピヴォット案を提案したい。SIBは成果主義に基づいた投資スキームで、米国ではPay-For-Success(PFS、成果連動型民間委託契約)として知られている。日本でも2017年頃から内閣府、経済産業省、また社会変革推進財団(SIIF)などが中心となり「成果志向の行政サービス」として数多くの事例を実施してきた。このスキームで現在「自治体」となっている部分を「世界銀行」に置き換え、開発援助のモデルに「競争」を組み込むとともに、日本の民間企業・投資家をインパクト投資のプレイヤーに招き入れていくというアイデアである。まずは測定、可視化のし易い国内もしくは発展途上国の社会課題をテーマに据え、もたらすインパクトの意味、リスクとリターンを分かりやすくし現在フリンジにいる企業にとって参入しやすいシンプルな仕組み作りが第一段階となるであろう。同時に、このアイデア実現には、先述した正確かつ公平なインパクト評価が不可欠であり、インパクト加重会計のわが国における制度整備の起点にもなる。これは日本における将来のための先行投資となろう。

 私はインパクト投資分野で日本はもっと中心的プレイヤーになることができると思う。日本には金融資産もあり、技術も人材も存在している。ないのは「リスクを取る覚悟」ではないだろうか。今回、提唱したSIBピヴォットモデルはそのリスクを少しでも軽減させ、リスクを「チャンス」に転換させるきっかけになるのではないか。私自身も志を同じくした同志と繋がり、このモデル案の具体化やインパクト投資実践の場の実現に向けて邁進していきたい。

(※)GIIN Sizing the Impact Investment Market 2016


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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