オピニオン
インパクト投資 -机上の理論を現場で実践してみてわかること(上)
2023年04月10日 水野ウィザースプーン希
昨今「インパクト投資」という言葉を世界中でよく目にする。私にとっても、米国でウォールストリートの投資家の集まるワークショップから始まって、カンボジアの居酒屋のポスター掲示に至るまで、世界のさまざまなシーンがよみがえる。では日本ではどうかと日本の主要紙でこの言葉を含む記事件数を調べてみると、2010~2019年の10年間で合計111件だったのが、2020年に38件、2021年に97件、2022年に114件とやはり急増している。
ただ、理解の浸透というとどうだろう。もう既に普及していると思われる「ESG投資」という言葉と対比して、「ネガティブチェックではなく、より積極的にインパクトを評価し、インパクトを追求する企業に投資するプラス思考の投資」くらいの認識が多いかもしれない。もしくは、「従来の投資思考がリスク・リターンの視点であるのに対し、リスク・リターン・インパクトのトリプルボトムラインの視点を有する」という理解が代表的かもしれない。
インパクト投資に関するこうした「あるべき」論の説明を目や耳にする機会は多くても、実際に「やってみた」という実体験が共有されることは少ないのではと思う。そこで本稿の目的は、現場の体験を共有しこうした状況に一石を投じてみることである。シンガポールのインパクト投資ファンドを経営し、実際に東南アジアのソーシャルビジネスに投資を実行してきた筆者の数年の現場経験を一言で表すと「ジレンマとの闘い」であった。東南アジアはインパクト投資業界のホットスポットである。熱気に溢れており、「あるべき理想」や「ありたい未来」の片鱗がいくつもある。他方で、だからからこそ現場とのギャップも際立つ。より改善していきたいと私の闘志を奮い立たせていたのが、まさにこの数年であった。本稿では、2回に分けて、インパクト投資のポテンシャルを再認識しつつ、特に教科書通りにいかず目の前の課題に葛藤しながら解決の道を探ったケースと、逆に「理論・理想」の大切さを現場で痛感したケースを紹介し、併せて、今後日本が担い手としてより貢献できる可能性を展望したい。
そもそも、「インパクト投資」は「財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資行動」と定義される。しかし「インパクト投資は誰のためのものか」というシンプルな問いに対する答えは明示されていない。より長期的な利益を望む投資家のため?、ユニコーンやゼブラ企業となることを目指す社会起業家のため?、そんな社会起業家が解決しようとしている社会課題を抱えるコミュニティのため?、公的資金を使わずに社会課題解決を民間に委託したい政府のため?、といったように、立場によってときに混乱や摩擦のもととなる。
私の到達した答えは「上記のみんなのため」というものだ。登場人物すべてにとってWIN- WINとすることは可能で、だからこそ共通目的である「社会問題解決をビジネスモデルとしてスケールアップし続けながら持続的に行う」が可能なのだと私は考える。この「スケールアップし続ける」と「持続的に」のふたつがインパクト投資というモデルの最大のバリューである、と強く実感している。
コロナ渦を振り返ってみると、「世界は停滞した」と捉えられることも多いが、実は加速度的に進んだことも多い。そのひとつが資本主義をめぐる解釈の進化ではないか。私が米国の大学院でマイクロファイナンスを学んでいた2000年代初期には「ヒト・モノ・カネの動きの行動原則とは最低限のリスクで可能な限り多くの利益を上げること。そのためにはどうすべきか」というリスクとリターンの思考基準が支配的だった。それが昨今では徐々に、しかし確実にリスク・リターン・インパクトを三位一体 として考え、「いかにインパクトを大きく、リスクを低くしながら持続的に長期的な利益をあげるか」という議論に進化している。
この思考シフトは「社会貢献活動をする非営利団体」と「営利目的のビジネス業界」の境界線を融合させる大きな意義を生み出している。今まで資金源が限られていた社会的イニシアティブに、投資や結果重視のビジネスマインドセットが加わりスケーリング機会が飛躍的に広がってきた。数字で見ると米国では900万人から1000万人が170万もの慈善団体で働いている。米国の慈善財団の所有する資産は8500億ドル とも言われる。それでも、慈善事業を行う組織は常に資金不足に悩まされ、規模拡大に成功する組織は数えるほどだ。また、国連の試算によるとSDGs達成には全世界で年間500兆から700兆円の資金が必要とのことだが、これを政府や開発機関だけで負担することは不可能である。しかしこの資金不足は銀行や機関投資家が保有する全資産のうちわずか1.1パーセントをシフトすれば解決されるとも言われている 。そのために資金を循環させ、つまり「社会問題解決をビジネスモデルとしてスケールアップし続けながら持続的に行う」ためにインパクト投資は大きな鍵を握る。インパクト投資を考える際に技術的なデューデリジェンス手法や美しい評価フレームワークを議論する前に、まずこの根底となる考え方のシフトを共有することが必須だということを強調したい。その上で次回は実際のインパクト投資の現場からの所感をお伝えしたい。
GIIN Sizing the Impact Investment Market 2022
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。