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【デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造】
第一回 「デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造」連載開始にあたって ~なぜ、公共サービスにデザインの視点が必要なのか~

2021年08月31日 木下友子市岡敦子辻本綾香


1.はじめに ~予測不確実性と市民の多様性を前提とした公共サービス時代の到来~
 行政職員の中には、「社会環境が大きく変わって行政課題が複雑化し、行政運営においてこれまでの常識が通用しなくなってきている」と感じる方が近年増えているのではないか。大きく変わる社会環境としては、急速に進む少子高齢化や加速度的に進化するテクノロジーの登場などが挙げられる。公共サービスを含む政策検討・実施の現場では、これまで参考にしていた他国・他都市の先進事例、つまりは「モデル」が探しにくくなっていると感じている方も多いかもしれない。
 この実感の背景として、社会経済環境が極めて予測困難な状況に直面している時代、いわゆるVUCA時代(※1)に入ったことが挙げられる。最近では新型コロナウイルス感染症の流行やそれに伴う各種の社会変化から、”VUCA”の言葉が表す意味を改めて実感した人も多いのではないか。
 また、サービス提供の観点からは、サービスの受益者である市民のライフスタイル変化・価値観多様化の影響も大きい。世帯構造や働き方、外国人人口の変化など、市民の生活や生活を取り巻く環境は多くの地域で多様化が進んでいる。マスでの提供や画一的な利用を前提とした公共サービス設計を慣習としている場合、その方法が時代にそぐわなくなってきている可能性が高い。また、上述した急速な変化が常態化する中で、市民のニーズの変化や細分化も激化している。現状、行政はそれらを適切なタイミングで的確に把握できているのか、という問題もある。変化・多様化する社会に対応していくためには、市民ニーズや市民起点のアイデアをくみ取り、柔軟に公共サービスに取り入れていく姿勢が、今ますます重要になっている。

2.公共サービスにおける「デザイン」の役割
 このような状況を打破するのに、今改めて注目されているのが「デザイン」の力である。デザインとは「見た目」のこと、と認識される方がいるかもしれない。しかし、近年デザインという言葉が使われる対象は、グラフィックやプロダクトにとどまらず、人々の行動や経験のあり方、それらを提供するオペレーション、組織などのシステムのあり方の設計にまで広がっている。特にビジネスの世界では、社会の不確実性が高まり、論理的思考力や技術中心的な考え方のみでは成功することが難しい時代が到来したことで、ユーザーを中心に据えつつ仮説探索・検証を繰り返して新たな問題解決の方法を発見していくデザインの領域に着目が集まっている。本来的にも、デザインとは見た目の工夫などにより利用者の問題解決を実現させるものであり、それが見た目以外の領域でも重要なものとして認識されるようになっている(※2)。多様で柔軟な問題解決手法や人を理解するスキルがあるとして、デザイナーにも注目が集まっており、その思考法や手法の一部は「デザイン思考(※3)」という言葉で体系立てられている。上記を踏まえ、以降本稿では「従来型のロジカルシンキングや技術中心的な考え方にとどまらず、ユーザーを中心に据えて仮説探索・検証を繰り返して新たな問題解決の方法を発見する考え方」と定義してデザインという言葉を使用していく。
 ここで、公共サービスの領域とデザインとの関係性に注目する。公共サービスの設計にデザインを取り入れようとする動きは決して新しいものではない。思考法としてのデザインを行政が活用しようとする場合、「これまでは捉えきれていなかったニーズを新たに発見」したり、「根本的な問題や課題を特定」したり、または「従来の発想では思い至らない革新的なアイデアの創造」が実現される、といった効果が期待されており、従来の公共サービスの立案・見直しの方法とは異なる特徴を有している。



 本稿では、具体的なケースとして、以下に国内外でのいくつかの例をご紹介する。

 例えば、デンマークのホルステブロ市では、高齢者向け配食サービスの改善を目的としてデザインの手法を実践した事例がある。デンマークでは社会保障の一環として高齢者に食事を提供している。それにもかかわらず、栄養状態が良好ではない高齢者の数が一定数を占め、改善されないという問題があった。ありきたりな発想で考えれば、メニューの内容や各個人の好みに応じた配食を行うことなどが解決策の一つとなり得るであろう。しかし、ホルステブロ市では、しばしば活用されるデザイン手法である行動観察やフィールドインタビューを行い、改めて問題を正確に捉え直すことから始めた。これにより、「配食サービスを受けることは恥ずべきことであるという社会的な認知があること」「一人で配食を食べるという孤独感」「配食を調理するスタッフに過度に合理性を求めることによるやる気の低下」など、配食サービスのメニュー以外にも、様々な問題を抱えていることを明らかにしたのである。これらの問題をもとに、ホルステブロ市は関係者を集めたワークショップや、複数回のプロトタイピングとそれに対する利用者からのフィードバックなどを活用することで、注文数や満足度の向上につながる新しい配食サービスを考案することができたのである。
 住民のニーズに着目する、という意味では、スペインのバルセロナ市で積極的に活用され、現在では世界各地で導入が進んでいるDecidimや、台湾において活用されているvTaiwanといった行政と住民の対話をデザインするツールを活用している例がある。これらのツールは、オンライン上で誰でも意見の表明やアイデアの創出に参加することに加え、行政職員が自ら住民との対話を行うこともできる。従来のワークショップやヒアリングとは異なり、オンラインでコメントを投稿できるため、「いつでも」「誰でも」「どこからでも」行政運営に参加できることが特徴である。スマートシティの実装に向けた取り組みが急速に拡大している動きにみられるように、人々の世界はデジタルにも広がっていき、まちづくりにも不可欠な要素となっていく。デジタル技術やそれを活用したデータを利用することで、より住民視点に立った公共サービスを創出することが期待されている。わが国においても、加古川市がスマートシティに関する計画を策定するのに際し、市民との対話をDecidimを活用して実施したのを先がけに、横浜市でも「イノベーション創出に向けた活動のビジョンを形成」することをテーマに、参加対象者を限定しつつ導入に向けた実証実験を実施している。
 また、デザインする、という行為には多様な視点から物事を捉え、共創できる組織づくりの議論も重要である。バックグラウンドや所属の異なる人々を集めた、デザインを専門とした領域横断での取り組みを推進する役割を担う組織を設立している例がある。世界で先がけとなった事例としては英国のPolicy Lab、その他オークランド市(ニュージーランド)のCo-design Lab、ニューヨーク市(米国)のPublic Policy Labが有名である。国内では、滋賀県がPolicy Lab. Shigaを2016年に設立した(現在は解散している)。これらの組織の位置づけとしては政府内の一組織の場合もあれば、予算や特段の権限を持たない研究組織、あるいはNPO団体等として行政の枠の外に置かれている場合もある。共通するのは様々な立場や所属の人々が一つの問題に共同で向き合う体制を構築していること、また、デザインに係る知識、スキルやツールを身に付けることで行政内部の各部署が抱える問題に対してデザインの専門性をもって助言等を行っていることである。

 これらの例にみられるように、デザインするということは特別なスキルを持った人間しかできないことではなく、デザインツールやデザインの考え方を従来の行政活動に取り入れることで実現されるものである。特に、デザインの特性として重要なものは主に3つであると我々は考えている。
  ①徹底的に人間中心である
  ②立場や職業に関わらず多様な人が共創する
  ③発散と収束を繰り返すことでアイデアに磨きをかけている(時には失敗してもよいからプロトタイプしてみる)
 これらの特性をわが国の公共サービスの立案や提供に取り入れることで、より付加価値が高く、“Well-being”向上に住民等と共に取り組む行政が実現されていくのではないか。

3.行政にデザインを導入する事例を増やすには?
 上述した通り、行政組織の活動にデザインを取り入れる先進事例が見られるようになってきている。しかし、それらを参考にしていざ実際の自身の活動に適用しようとすると、既存業務で求められるマインドセットとの違いに戸惑いを感じる行政職員の方も多いのではないか。
 そもそもわが国の行政組織の慣習として、公共サービスの設計は、「先例があるから」(事例主義)、「上から指示があったから」(官僚文化)といった理由で決まるケースも多い。デザインプロジェクトで重視される、先例にとらわれることなく課題に立ち戻って解決方法を考える姿勢、いわば「動きながら考える」行為を理解し、組織的に受け入れるのには時間を要するであろう。プロトタイピングについても、失敗が許されないという行政の無謬性が強く働き、反対されることが多いのではないか。デザインの考え方は、現状の行政(官僚)の組織文化にそのまま持ち込んで活用するには、異質すぎるのかもしれない。
 しかし、官民両方の分野でデザイン適用が進んでいる海外では、先ほど紹介した以外にも先進的な事例が多数生まれ、またその詳細や効果も把握されつつある。国内でも、少しずつではあるが、中央官庁をはじめとして行政機関における先進的な取り組みが芽吹きつつあるように見受けられる。これらの事例においては、どのようにデザインを公共サービスの設計・改善に取り入れていったのであろうか。その時、どのような困難があったのであろうか。また、デザインを取り入れた公共サービスの開始後に、どのような効果が得られているのであろうか。

 本連載では、海外行政機関の先進事例や、国内の実践者の取り組みを紹介することを通して、公共分野にデザインの視点を取り入れるためのヒントを探っていきたい。行政組織で尽力される職員の皆さんにとって、業務の長期な展望を検討する際の何らかのヒントとなれば幸いである。

<連載予定>デザインによる仮説探索・検証型公共サービスの新たな価値創造
 第一回 なぜ、公共サービスにデザインの視点が必要なのか
 第二回 国内外の先行事例にみる、公共サービスのデザイン①
 第三回 国内外の先行事例にみる、公共サービスのデザイン②
 第四回 国内外の先行事例にみる、公共サービスのデザイン③
 番外編 長期的な「ありたい姿」の作り方~未来洞察アプローチ~
 第五回 デザインの視点を活用したより良い社会の構築に向けて
 ※上記は現時点での計画であり、今後変更の可能性があり得る。

(※1) Volatility(不安定)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(不透明)の頭文字をつなぎ合わせた概念。90年代にアメリカで軍事用語として生まれ、近年ビジネスの世界でも多用されるようになった。
(※2) 木浦幹雄、「デザインリサーチの教科書」、2020年、株式会社ビー・エヌ・エヌ
(※3) 本稿でいうデザインは、デザイン思考のみを対象とはしていない。デザイン思考は主にユーザーを観察した潜在的なニーズの発見を課題の起点としているが、革新的なアイデアの導出は必ずしも起点がユーザーである必要はないという点から、デザイン思考が適する領域は「(既にあるサービス等の)改善」とされていて、他の領域にはまた別のデザインの考え方が適しているという議論が近年なされている。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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