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未来年表を活用した、バックキャストでの政策検討 ~横浜市環境創造局の取り組み事例~

2021年11月11日 市岡敦子


1.公的機関における未来年表の活用

 未来デザイン・ラボでは、外部環境の把握と組織内の未来に対する認識共有の一つのツールとして未来洞察を活用した「未来年表」の作成を実施・支援している。(詳しくはコラム「「未来年表」で未来を可視化する」を参照されたい(※1)
 これまで未来年表は、主に民間企業の中期計画策定や新規事業開発のアイデア出しで活用されてきた。最近では新たな潮流として、官公庁や自治体・教育機関等の公的な機関においても未来年表を活用する例が見られるようになってきた(※2)。VUCAと形容される現代では、社会環境の劇的で不確実な変化による社会・行政課題の複雑化が課題となっている。不確実な未来に対応し得る未来思考の醸成の手段として、公的機関でも未来を可視化する未来年表の効果が期待されている。
 本コラムでは、上述した潮流の一例として、筆者が支援した、横浜市環境創造局における未来年表の活用事例について紹介したい。

2.横浜市における未来年表作成・活用プロジェクト

(1)横浜市の課題意識と、未来年表を活用することになった経緯
 横浜市の環境創造局では、中長期的な政策を考える際の実験的な取り組みとして、2050年に向けた将来像と政策をワークショップ形式で検討する庁内プロジェクトを発足させた。環境政策が置かれた状況として、気候変動対策等、従来からの施策の延長線上では解決できない課題が大きくなっている、また部署横断で取り組むべき社会的課題が増えているにもかかわらず、共通のビジョンは描きにくく、検討・実施になかなか至らない、という問題意識が背景にあった。
 日本総研への委託が決定した時点では、ワークショップ参加者も含めた打ち合わせの中で、メンバーの議論がどうしても既存の環境政策に偏ってしまい、そこで議論が止まってしまう場面が多く見られた。メンバーの知識を日常業務以外の分野にも広げないと、より創造的で未来に関して発見のある議論につながらないことが懸念された。そこで、その状況について事務局と共有し、横浜市の環境政策を取り巻くこれからの外部環境を可視化・認識してメンバーの視野を拡張するために未来洞察を活用した未来年表の作成を提案したところ、「より議論が活性化しそうだ」と、プロジェクトでの採用が決定された。

(2)プロジェクトの実施概要
 プロジェクトは、全体で行う議論はほぼ全てワークショップ形式で行った。参加者は環境創造局で企画に関わる若手・中堅職員約30名。事務局の尽力によって、他部局で環境に関連のある事業を実施している職員、あるいは中長期的な未来を対象にした政策・施策を検討している職員も部分的に参加したが、それも結果的に議論を広げる一つの仕組みになっていたと考えられる。
 まずは未来年表を策定した。未来年表のテーマは「横浜の環境を取り巻く2050年に向けた外部環境」で、関連する各種の未来予測情報や不確実性の高い兆しの情報から多数のシナリオを作成し、年表形式に取りまとめた。シナリオを連ねて表現したため、「未来シナリオ年表」と命名した。



 次に、横浜市で今後重要と考えられる環境政策領域を3つ設定し、完成した年表を眺めながら、「各領域に関連するシナリオはどれか」「それはどんな潮流から生まれるか」といったことを議論し、その議論を足掛かりに2050年時点の各領域の将来像を作成した。また3つの領域の将来像をまとめる形で、市全体の環境の将来像を作成した。
 最後に、将来像から2050年に向けた政策の方針案を作成した。その方針案をさらに2025年まで、2040年まで、2050年までと分解した上で、将来像を実現させるために各段階で何を実施すべきかをバックキャスティングで検討し、施策案集として取りまとめた。ここまでで、約9カ月程度のプロジェクトだった。

(3)アウトプットの活用
 本プロジェクトの実施内容は、年表・将来像・政策案・施策案全てを庁内で共有できる形に取りまとめ、環境関連の計画を検討する際のアイデア出しや、根拠資料に活用する予定だという。年表は完成した段階で庁内イントラに掲載したところ、庁内他部署からの問い合わせやワークショップの見学依頼も多いという。
 また、担当部局では、年表による視野拡張の効果を見込み、部局内中堅職員向けのバックキャスト研修を行う予定になっている。

3.未来年表の政策立案への活用に向けて

 横浜市における取り組みが広がった理由としては、「長期的に未来を構想し、既存施策を離れて具体的な政策・施策を考えられる人の育成」を、年表作成を起点として実施できると期待されたからとのことだった。
 前述したVUCAなどの時代潮流以外にも、SDGsや2040年問題など、中長期的な視野が必要とされる社会・行政課題は増えている。しかし、行政職員は日常業務で忙しく、またいきなり数十年後の未来について考えろと言われてもどうやればいいのか分からない、というのが実情ではないか。
 未来洞察、そして未来年表は、中長期的な目線を磨く組織的な一助となるはずだ。特に年表は、多数の未来が可視化されていることから、未来に対する想像力を、年表を起点に働かせることができる。また、可視化された未来が共通言語となることから、未来起点でシナリオを発展させて、中長期的にどんな政策を実施すべきか、組織内での議論もよりしやすくなる。また未来への検討を従来型の計画書とは別の形式で形にしているため、「何か新しいことをしている」というワクワク感を組織内で伝えることも期待できる。
 ワークショップメンバーの感想で、「未来年表や未来洞察の考え方は、特に企画部門では必須の考え方ではないかと感じた」といった意見も頂戴した。中長期的な政策検討で困っている、より多くの公的機関に、未来洞察、そして未来年表の魅力を理解し、組織的な未来リテラシー磨きに挑戦してほしいと願っている。

(※1) なお、未来年表に掲載する未来に関するシナリオの位置づけは、「あり得る未来」で、それを起点に議論を行うためのものとなっており、組織として実現を約束するものではない。また未来年表は、プロジェクトの目的によって公表する場合もあれば、内部活用に留めて公表しない場合もある。
(※2) 例えば経済産業省では、従来の手法のみで「突然訪れる不確実で非線形な未来事象への対策を指し示せるような政策を立案したりできるのだろうか 」等の問題意識から、2018年から中堅・若手職員が中心となって独自の未来年表を作成している。そのアウトプットは省内の「未来対話ルーム」にて公開し、組織内外での未来に向けた対話に活用されている。
以 上


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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