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【クリエイティブエコノミーが切り開く未来~持続可能な都市において不可欠な「文化芸術」~】
その2:文化芸術が都市や地域に及ぼす影響とは

2021年07月06日 前田直之山崎新太、本田紗愛、大庭あかり、森本佐理


1.国際社会における文化芸術・クリエイティブ産業に関する先行研究の動向
 本稿では、わが国における文化芸術が都市や地域に及ぼす影響として、特に社会的・経済的な効果を定量的に検証することを試みる。検証にあたり、まずは国際社会における先行研究に係る動向および事例を参照することとしたい。
 国際社会において文化芸術と産業・経済が具体的に関連づけられたのは、1994年にオーストラリアで「クリエイティブ国家(Creative Nation)」という報告書が出版されて以降といわれている。そして1997年、英国の文化・メディア・スポーツ省(Department for Digital, Culture, Media and Sport)(以下「DCMS」という)が設置した「クリエイティブ産業タスクフォース」は、アートやデザインを含むあらゆる創造的な生業を「クリエイティブ産業(Creative industries)」と位置付け、その概念を定着させた。この英国の動向については後ほど詳しく述べることとする。
 その後現代に至るまで、クリエイティブ産業についての統計化および研究はヨーロッパや南米、UNESCO(国連教育科学文化機関)、UNCTAD(国連貿易開発会議)等によって進化し続けている。また2000年代以降、クリエイティブ産業を核としながら、科学・技術等も含む、より広義の概念として「クリエイティブ経済(Creative economy)」という用語も登場し、文化芸術を取り巻く経済の概念は現在も広がり続けているといえる。
 このことはつまり、国際社会ではさまざまな統計・研究を経て、文化芸術の社会的・経済的な効果が認められてきたことに加え、認められる効果・影響の範囲が広がり続けていることを示すといえるであろう。



2.英国におけるクリエイティブ産業に関する動向
 上記国際社会の動向の中でも、英国は最も早期にクリエイティブ産業の及ぼす影響について、統計的なエビデンスを確立し、国家の経済成長をけん引する要としてクリエイティブ産業の育成を図ってきた。なお、英国のDCMSはクリエイティブ産業を、「個々人の創造性、技能、および才能に基づくものであり、知的財産の展開および利用によって富と雇用を創出する可能性がある産業」と定義しており、具体的には以下に示す分野を挙げている。



 英国でも1997年以前はクリエイティブ産業に関する概念は定まっていなかったが、1997年にブレア首相が就任したことを契機に、“Cool Britannia”をキャッチフレーズとして国家のブランディング戦略が展開される中、クリエイティブ産業振興が推進されていくこととなる。
 英国政府は1997年に特別委員会「クリエイティブ産業タスクフォース」を発足させ、クリエイティブ産業が英国経済にいかに重要であるかを証明するために、1998年および2001年以降の毎年、クリエイティブ産業に関する経済分析を公表した。特別委員会はこうした活動を経て、クリエイティブ産業という概念を政府内で定着させたといわれている。
 さらに英国政府は、2005年から2008年までの3年間、DCMS内に「クリエイティブ・エコノミー・プログラム(Creative Economy Program)」というクリエイティブ産業を所管する組織を設置し、クリエイティブ産業に関する調査を実施した。そして2008年、DCMSは“Creative Britain”という包括的なクリエイティブ産業政策を公表した。この“Creative Britain”は、これまでの調査分析結果を踏まえ、単なる文化芸術振興ではなく、経済振興を主要な目的として位置づけられている。
 英国のこれらの動向で特に着目すべきは、クリエイティブ産業の成長性や経済における重要性について、1997年以降10年間に亘る調査分析を蓄積したうえで、その根拠をもって満を持して包括的な政策が策定されたことといえる。
 この調査分析によると、クリエイティブ産業の粗付加価値額は、英国の産業全体と比較して高い値で推移していることが確認された。このことにより、クリエイティブ産業は英国経済をけん引する経済産業であると証明されたのである。



 ここまで述べてきたとおり、英国では1990年代から文化芸術およびクリエイティブ産業に関する調査研究、政策を実施してきたことによって、現在世界でも主要な文化芸術国家に成長している。一般財団法人森記念財団のレポート「ロンドン式 文化・クリエイティブ産業の育て方」(2016年3月)によると、世界のアート市場規模の国別シェアは、1位のアメリカ、2位の中国に次いで、英国は3位(取引額1兆5,800億円、シェア率21.9%)に位置している。一方、日本は8位と比較的上位とはいえ、取引額500億円、シェア率0.7%と、英国との差は歴然である。また、英国の文化芸術(クリエイティブ産業含む)に係る国家予算は4,000億円弱であるのに対し、日本のそれは1,500億円程度と、こちらも歴然とした差がみられるのが現状である。
 本レポートの第1回でも先述したとおり、わが国における文化芸術およびクリエイティブ産業の振興については、未だ積極的・包括的な政策化には至っておらず、今後さらなる成長が強く期待される。また、英国において文化芸術およびクリエイティブ産業の重要性が証明された調査分析結果は、わが国におけるそれらの重要性を検討するうえで十分に参照に値すると考える。

3.日本において文化芸術・クリエイティブ産業がまちづくりに及ぼす影響に関する検証
 本稿では、先に紹介した英国の経済分析を参照し、次の仮説を立て、検証を試みる。
 本稿の仮説は、わが国の地方自治体のまちづくりにおいて、文化芸術を享受できる環境の充実はクリエイティブ産業の活性化に寄与し、ひいてはまちづくりに広く好影響を及ぼすのではないか、ということである。つまり、文化芸術を享受できる環境を充実させることで、クリエイティブ産業を呼び込み、地域を活性化させることが可能ではないかと筆者らは考える。
 これを検証するため、まず本レポート(第2回)では、わが国の地方自治体に関し、文化芸術を享受できる環境の充実度とクリエイティブ産業集積度、またそれらの関連性について、定量的な評価分析を試みる。
 次回レポート(第3回)で、文化芸術を享受できる環境の充実およびクリエイティブ産業の集積がどのようにまちづくりに影響を及ぼすのかという点について、定性的な考察を行う予定である。

国内都市間における文化芸術施設の集積状況比較
 先に述べたとおり、国内で文化芸術を享受できる都市には、クリエイティブ産業も集積しているといえるのか、定量的な把握を行う。本検証では、国内地方自治体の文化芸術を享受できる環境の充実度を計るパラメーターとして、「文化芸術施設の集積度」を調査する。なお、本稿における「文化芸術施設」とは、劇場、美術館、博物館(文部科学省「社会教育調査」において博物館として把握されている水族館ならびに動植物園を含む)のことをいう。また、公共施設だけでなく民間施設(小規模なアートギャラリーやライブハウスも含む)も含めることとする。
 まず、インターネット上の公開情報等から国内の文化芸術施設の名称・位置等をリストアップし、市区町村単位で集計を行った。文化芸術施設が多く集積する上位市区町村を抽出したところ、結果は下表のとおりとなった。上位10都市は東京23区および全国の政令市等で、各都市の施設数は50以上であった。一方、上位11位以下の施設数は各都市40未満と、10位までとは明らかな差がみられたことから、本検証では上位10都市を「文化芸術施設の集積度が高い都市」と位置付け、検証対象とすることとした。



国内都市間におけるクリエイティブ産業の集積状況比較
次に、前段の調査で把握した文化芸術施設が多く集積する上位10都市(以下「対象10都市」という)において、クリエイティブな産業が集積しているかを検証する。本検証では、クリエイティブ産業の集積度を示すパラメーターとして、「クリエイティブ産業に従事する人材(以下「クリエイティブ人材」という)の集積度」について分析を行う。
 まずは吉本光宏『創造産業の潮流② 特性が際立つ政令指定都市』(2009)を参照しながら、英国文化・メディア・スポーツ省(DCMS)によるCreative Industriesの定義を日本の産業分類(小分類単位)に当てはめ、本稿における「クリエイティブ産業」の分類を以下のとおり定義した(※1)



 次に、対象10都市について、クリエイティブ人材の集積度を分析する。この際、東京23区とその他の政令市では面積、人口密度等の与条件が大きく異なり比較分析が困難であったため、政令市については文化芸術施設の立地数が最も多い行政区のみを分析対象とすることにした。また、クリエイティブ人材数の把握は、2014年経済センサス基礎調査におけるクリエイティブ産業分類の従業者数を通じて行った。
 上記考え方に基づき、対象10都市におけるクリエイティブ産業集積度を示す特化係数(以下「クリエイティブ産業特化係数」という)を以下の計算式によって算出し、全国平均との比較分析を行った。



 上記算出式のとおり、A自治体のクリエイティブ産業特化係数は、A自治体においてクリエイティブ産業が全産業に占める構成比 ÷  全国においてクリエイティブ産業が全産業に占める構成比で算出される。つまり、特化係数が1(全国平均)を超えていれば、A自治体のクリエイティブ産業は全国平均と比較して集積度が高いといえる。
 この算出式に基づき、対象10都市におけるクリエイティブ産業特化係数を算出したところ、以下のとおり、いずれの都市も全国平均1を上回り、クリエイティブ産業の集積度が高いといえる結果となった。



国内都市間における文化芸術施設数とクリエイティブ産業集積度の相関
 対象10都市について、面積1㎢あたりの文化芸術施設数と、クリエイティブ産業特化係数を再度整理すると、以下のとおりとなる。面積あたりの文化芸術施設数とクリエイティブ産業特化係数の相関係数は0.52となり、一定の相関性が示された。




考察
 上記検証から、文化芸術施設集積度とクリエイティブ人材集積度は一定の相関があることが明らかとなった。この相関がみられる要因として、特に民間のギャラリーやエンターテイメント施設等は集客の期待できる大都市の繁華街に立地する傾向が影響していることが考えられるが、一方で文化芸術を享受しやすい環境はクリエイティブ産業を引き付けることが定量的に示唆されたのではないかと筆者らは考える。
 また対象10都市のうち、クリエイティブ産業特化係数が突出して高かったのは東京都渋谷区、東京都港区である。これら2都市は、面積あたりの文化芸術施設が最も多い東京都中央区と比較しても、多くのクリエイティブ人材が集積している。これらの2都市がなぜ他地域と比較してクリエイティブ人材を引き付けているのかについて、また、2都市のまちづくりにおける文化芸術やクリエイティブ産業の捉え方などについて、次回の第3回レポートにおいて定性的な評価・考察を行うこととした。
 さらに、本検証を通じて明らかになった事実として、文化芸術施設が集積する上位10都市のうち5都市が東京23区であるなど、東京都とその他の地方都市では、文化芸術施設の集積状況に大きな差がみられたことも無視できない。その要因として、地方都市は東京都と比較して集客面で不利であることに加えて、第1回レポートでも述べたとおり、わが国では文化芸術の価値や位置付けが明確になっていないため、地方都市においてそれらに関する政策が劣後している可能性が考えられる。今後、文化芸術の価値や位置付けが明確となり、英国のように従来の文化芸術政策の枠にとどまらない包括的政策が積極的に行われることで、全国の地方都市においても文化芸術を享受できる環境がより充実し、クリエイティブ産業が活性化され、ひいてはわが国および地域経済全体が活性化されていくことを期待したい。

(本田紗愛・大庭あかり)


(※1) 吉本(2009)では2017年版産業分類(細分類)に基づき「創造産業」の定義を行っているが、本調査では市区町村ごとの特性を把握するため、原則として小分類に基づく定義を行った。また、「管理,補助的経済活動を行う事業所」も「クリエイティブ産業に含めた。したがって、本調査における「クリエイティブ産業」の事業所数・従業者数は、必ずしも吉本(2009)とは一致しない。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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