コラム「研究員のココロ」
新規事業コンサルタントの憂うつ
2006年07月31日 時吉康範
新規事業コンサルタントという特殊な職人の私見である。私見ではあるが、新規事業で悩んでいる経営トップの方々には、しばしお付き合いいただいてもよいかしらと思う。
筆者に憂うつを与える基本構造はこうなっている。ある仕事を始める大前提は、支援の依頼があることである。次に、筆者が依頼主の役に立ちたいと思って、依頼を受けることである。うまくいっていれば依頼は来ないわけだから、楽な仕事の依頼は存在しない。反対に、放っておいてもうまくいきそうな内容であれば、筆者は役に立ちたいと思わない。このロジックでは、受けている依頼はうまくいきそうもない仕事ということになる。ただし、この非情な事実を憂うつに思うのであれば、コンサルタントを辞めるのが妥当である。
では、なぜ依頼主はうまくいっていないのだろうか。本質的な要因は、ヒト、ネタ、カネである。ヒトは「事業をやる人」、ネタは「事業アイディア(と戦略)」、カネは「(ヒトもしくはネタがないときに)ヒトやネタを導入するための投資」である。
一般的に、成功するネタ(新規事業)は、現業との距離が近い事業と言われる。言い方を変えて、現業から染み出した事業、現業とシナジーがある事業、現業のアセットを活用した事業などと呼ばれたりすることもある。しかし、これらの表現はあまりに抽象的、あるいは、学術的であり、事業が金儲けである現実の前では、社内説得のための理由付けに過ぎず、説得力に欠ける。そこで、「染み出し、シナジー、アセット活用」とは一体何なのかを、これまでの経験から考え直してみたところ、「成功するネタ」を再定義するに至った。
結論:「社内の実行力のある特定のヒトが、やったら売れそうだとイメージすることができ、かつ、今はできなくてもちょっと頑張れば出来そうだなと思う事業」
(注:ヒト、ネタを含め、全てを外から持ってくるM&Aによる新規事業開発は除く)
なんとも憂うつなことに、筆者はネタを生み出すことを仕事にしながらも、成功の要因はやはりヒトに落ちてしまったのである。再定義を分解してヒトを掛け合わせてみると「新規事業で成功するヒト」が明確になってきた。
- 1.社内の実行力のある特定のヒト:
- ・新規事業は、社内の物好きが勝手に進めていたことが、いつのまにか事業になっていたということがある。実行力のあるヒトが、社内の鳴り物入りでスタートとした新規事業開発部門にいるとは必ずしも限らない。自ら考え、自ら動くヒトが基本。
- 2.やったら売れそうだとイメージすることができるヒト:
- ・新規事業は、未来への挑戦であり、分からないことが多すぎる。具体的な話でないと判断できない、理解できないと腕組みしているヒトではイメージはできない。まず、分からないことを面白がれるヒトが前提。
- 3.今はできなくてもちょっと頑張れば出来そうだなと思うヒト:
- ・新規事業は、リスクが必ずある、失敗する可能性の方が大きい、最初の計画通りに進まない。できる範囲で成功するなら、とっくにうまくいっている。どうやったら出来るのかを粘っこく思考するヒトが適任。
こうしたヒトは果たして社内にいるのだろうか。「ずいぶん優秀な人材だ」「こんな人材がいたら苦労しない」と思われる経営トップの方が多いことだろう。
しかし、少なくとも新規事業は、「強い個」なくして成功し得ないという憂うつな現実を、直視する必要がある。「組織」はむしろ邪魔になることが多い。新規事業は、得点をあげることであり、失点を防ぐことではない。得点をあげるための強い個をどうやって作るのか、この問題から目を背けてはならない。「ロナウドが日本にいれば勝てた」は、決してジーコの言い訳で片付けてはいけない。
ではどうするか。まず、ヒトがいないと嘆く前に、経営トップのみなさん自身が新規事業で成功するヒトに当てはまるかどうか、よく考えてみていただきたい。大中企業の経営トップにいる方が現在のポジションにいる理由は、過去に新規事業に成功したためではなく、既存事業を維持・成長させてきたためであることが多いのではないだろうか。
次に、ヒトの「発掘と登用」に全力を傾けていただきたい。新規事業で成功するヒトは、たいてい変わり者であり、社内での説明責任や立ち回りに興味がなく、上司の覚えはあまりよろしくなく、出世ラインからはずれていることも考えられる。既存事業の人事評価は通用しない。なお、社内にヒトが本当にいなければ、社外からも探すことになるだろう。
そして、ヒトが発掘できたのなら、極論すれば、そのヒトがやる新規事業の「内容」を理解しよう、管理しようとしないでいただきたい。既存事業の経営手法は通用しないのだから、ヒトを惑わす指示は差し控えるべきである。仮にポイントがずれたコメントでも、経営トップを無視できる社員はほとんどおらす、本来やるべきことに使う時間を浪費する。指示の代わりに、コミットメントと目標を示し続けるべきである。
筆者の今の憂うつは、新規事業の成功を追求するあまり、筆者の潜在的依頼主である経営トップの方々にこうした苦言を呈していることと、筆者が受ける仕事の条件がさらに絞られてしまったことである。
以 上