コラム「研究員のココロ」
イノベーション
2004年08月09日 佐久田昌治
「イノベーション」という言葉をよく耳にするようになった。NECのコマーシャルのキャッチフレーズは「Empowered by innovation」。企業の姿勢を訴える言葉として新鮮でかつ魅力的である。
「イノベーション」とは「技術革新をもとに社会や経済の仕組みを変革すること」を意味する。経済学者シュンペータが1926年の著書「経済発展の理論」で、経済循環の軌道が自発的かつ飛躍的に変化する現象を「新結合」(イノベーション)と呼んだのが最初である。この言葉は以後、世界の技術と社会の仕組みを変革する合言葉になった。
アメリカは1980年代の競争力低下の打開策として「社会のあらゆる分野でのイノベーション」を訴え(1985年の「ヤングレポート」)、以後の経済政策のバイブルともなっている。1990年以降、マイケル・ポーターをはじめとする経営学者が「イノベーション」を正面から取り上げて、国全体で進めるべき政策の研究(ナショナルイノベーションシステム)を行っている。
スウェーデンの「研究法」では「スウェーデンの富はイノベーション能力」と宣言している。成熟した国の代表と考えられているスウェーデンが、その富を、「蓄積した資本」や「技術レベルの高さ」ではなく「イノベーション能力」と表現している点が大いに注目されるところである。ドイツのシュレーダー政権(社会民主党と緑の党の連立)の中心スローガンは「持続的成長とイノベーションを通じて経済力を強化し、将来の雇用機会を創出する」としている。
台湾は「国家科学技術発展計画」の中心に「知識イノベーション体系の強化」を位置付けた。様々な科学技術計画を進めるほか、台湾自体を「アジアの国際イノベーション基地」とすべく推進。韓国も「科学技術発展長期ビジョン」の中で「民間主導のイノベーション」を掲げる。
最近では社会主義国でも「イノベーション」が盛んに用いられるようになった。中国では「創新」を「イノベーション」の意味に使い、2002年の中国共産党第16回大会報告「経済の建設と経済体制の改革」で直面する課題の解決に「イノベーションの必要性」を説いている。
いまや社会体制のジャンルを超えて社会の大きな目標になりつつある。
世界の先進国の中で唯一「イノベーション」のコンセプトが一般に浸透していない国は、実は日本なのである。科学技術基本計画をはじめとした国の科学技術政策に関する公的な文書の中に「イノベーション」の言葉はほとんど見当たらない。冒頭に紹介したNECのキャッチフレーズが新鮮に響くのも、裏を返せばそれだけ日本社会が消極的であることを示している。イノベーションの主役は民間企業であるが、よりよい環境を創って側面から支援するのは国の役割である。 21世紀の日本社会の課題はいかに幅広い分野でイノベーションをおこすかにかかっており、産学官のより活発な議論が必要である。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。