コラム「研究員のココロ」
TVスポンサー企業は,真のCSR(企業の社会的責任)実現へ努力せよ
2004年04月26日 奥原 英彦
地上波デジタル放送によるCSRの検証
企業の国際進出が進みグローバル化が進展している一方で,あらゆる階層や顧客に対して商品やサービスを提供出来るユニバーサル化が遅れている企業が多い。最近では,このユニバーサル化の遅れは,「CSR(企業の社会的責任)」の観点から語られ,日本経団連ではCSR推進に積極的に取り組むとの宣言を行うとともに、官主導に反対し,企業行動憲章を見直して、世界に発信していく方針を打ち出してはいるが,実態は,本当にそのようになっているのだろうか?2003年12月からスタートした地上波デジタルで本格化してきた字幕放送を通して,その検証と提言を試みたい。
デジタル家電による景気回復
長い景気低迷からの脱出が,デジタル家電を中心に起こっている。特に,2003年12月から地上波デジタルがスタートし,2004年夏のアテネオリンピックに向けて,大型化・薄型化・デジタル化が進んでいるデジタル対応TVは,現在の20%前後の普及率が,北京オリンピック開催の2008年には90%を超えると予測されている(電子情報技術産業協会)。経済的に見ても,地上波デジタル放送が,日本経済の復活に大きな影響をもたらしていると言えよう。
地上波デジタル放送と字幕放送
ある意味で,現在の日本人に大きな影響を与えている地上波テレビが,アナログ放送からデジタル放送へと華々しく変化する一方で,地味ではあるが「字幕放送」という聴覚障害の方がテレビ放送を楽しめるサービスが拡大しつつあり,耳が不自由になっている高齢者の方々もその恩恵を享受できるようになってきたことは,あまり知られていない。TVを通じた宣伝・広報活動を行っているスポンサー企業の宣伝担当や広告代理店の担当者も,ほとんど気づいていない変化かもしれない。
字幕放送の2007年対応
この字幕放送は,1985年以来「文字放送」としてサービスされてきたものの,文字放送が受信できる機種が少ない,録画が困難である,また,そもそも文字放送付与の番組が少ない,などの理由で普及が遅れていた。
一方,米国においては,1990年のTDCA(テレビデコーダ回路法)によって,13インチ以上のテレビすべてに字幕デコーダの内蔵が義務付けられた。このため,番組の字幕付与は当たり前になり,CNNキャスターの発言は聞き取れなくても,内容は「読める」という便利な視聴方法も出来るようになった。
わが国においても,聴覚障害団体の国会請願活動などによる1997年の放送法の改正や総務省の普及指導もあり,2007年には新たに放送される字幕付与可能番組の100%化を実現すべく,NHKや東京のキー局・大阪の準キー局では,字幕拡充計画に基づいた着実な対応が進んでいる。
CSR(企業の社会的責任)の視点からスポンサー意識の改革を
ところが,これからの字幕放送の普及に,国民の受信料で運営されているNHKが貢献するのは当然としても,公共の電波を自社商品の宣伝に使っている民放の番組スポンサーが何らの関与をしていない,難聴に悩む高齢者マーケットに対しても商品広告を行っている企業がこの字幕放送をテレビ局側に要求していない,広告代理店もこのような提案をスポンサーに行っていない,という現実は,CSR(企業の社会的責任)からみて,問題であると言えよう。
地方局の対応する時が問題
私見としては,自社製品やサービスを宣伝・広報するためにスポンサー料を払っている企業は,この字幕放送を行うために必要になるコストの一部を負担すべきであり,TV局や番組プロダクションなどに,コスト転換すべきではないと考える。現在のスポンサー企業の姿勢は,いわば,環境対策コストを内部化せずに外部経済化し公害を引き起こしてきた,かつての70年代日本企業と何ら変らない。
経営体力や人材の豊富なキー局・準キー局が対応している間は,TV局の内部対応として,このような構造は顕在化しないかもしれない。しかし,問題は,これらの 経営資源が不足している地方局が対応しなければならなくなる数年後に,一気に噴出してくる可能性が高い。
字幕付与率をCSR(企業の社会的責任)の新たな指標に
これから地上波デジタル化が行われる地方のTV局においては,字幕を付与すべき自主制作番組が少ない,字幕制作を行える人材がいない,字幕放送を行うコストを負担できないなどの理由をつけて,実施に及び腰である。スポンサーが字幕付与を毅然としてTV局に要求し,そのコストについても可能な限り対応する。これが,CSRからみたユビキタス時代におけるユニバーサル企業のあり方ではないだろうか?
今後は,日本経団連においても,スポンサーとなるTV番組の何割が字幕付与であるか(字幕付与率)を公表する姿勢を参加企業に求めるCSRが必要になってきている。
我々国民は,ただ漫然とテレビを見ているのではなく,そのスポンサー企業の社会的姿勢も見通し始めていることを,TV広告を利用する企業は認識すべきである。
※コラムは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。