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コラム「研究員のココロ」

排出権取扱商品の開発に向けて

2007年08月27日 熊井 大


 「排出権とは一体何であろうか?」
弊社と連携して排出権取引のビジネスをおこなっているある企業の担当者は、当初、上司から「お前は空気を売っているのか?」と問われて、対応に困ったそうである。
 さすがにこれは極端な例であるが、私は同様の質問を外部から受けた場合、「経済学的に言えば、地球温暖化防止を目的とした派生需要を捌くために発生した貨幣に近いもの」と応えるようにしたいと思う。

1.排出権の市場性

 派生需要とは、「本来の目的を満たすために生まれる派生的な需要」と定義され、例えば、通勤といった交通機関の利用に関する需要は「職場で仕事をする」という目的を実現するために派生的に発生する需要であって、移動を本来の目的としていない。などと、経済学の書物やインターネットで検索すると説明されている。
 確かに、国や民間企業は、排出権を買いたいから購入しているわけではなく、「地球温暖化防止」という大義を果たすために買わざるを得ないから購入しているだけであって、正直、第3国で削減された二酸化炭素など、物的な意味合いではだれしも購入したくないに違いない。
 さて、なぜこの削減された二酸化炭素が購入されるのか。それは、この二酸化炭素というものを削減することが、地球温暖化防止にとって貨幣に似た機能を持つからである。
 貨幣の3大機能は、「価値の尺度」、「価値の保存・蓄積」、「交換の媒介」と言われ、金本位制に表されるように「希少価値」を持つものでないと基本的に信用されない。
 現在、国内の企業がなぜ排出権を購入するかと言うと、「経団連の自主行動計画」によって、業界ごとに排出量が割り当てられ、それに伴い生産活動の限界を規定されているからである。
 生産活動を行うと、当然、エネルギーを使い二酸化炭素を排出する。しかしながら、排出できないとなると、生産活動が落ちて、収入も落ちる。仮に、生産活動を落とせる業界ならばよいけれども、例えば、電力、ガス、石油といったエネルギー業界や鉄鋼業、セメント業等は、社会の基盤となる業界であって、生産活動を落とすことができない。これらの業界においては、生産活動を行う権利を得る対価として、排出された二酸化炭素量と同量の削減された二酸化炭素(排出権)を購入することが、貨幣と同様の振る舞いをみせるようになった。
 貨幣になるものは希少価値があるのが基本と先ほど述べたが、排出権にも風力や太陽光、森林吸収等による自然エネルギーから得られた希少価値の高いものとそうではないものがあり、希少価値のある排出権は当然価格が高くなるため、これは生産活動の対価として購入されるのではなく、CSR(社会的貢献)目的で多くの企業が購入している。

2.排出権取扱商品とは

 近年の流れとして、生産活動の対価としてではなく、本来の目的(地球温暖化防止)を目的とした取引が国内でもはじまりつつある。
 例えば、カーボンオフセットはその良い事例として考えられる。カーボンオフセットとは、「自らの行動に起因する温室効果ガス排出量を算定し、その量に見合う排出量を相殺するために必要な排出権の代金を各自が寄付・出資するもの」として、2005年7月にイギリスのモーレイ大臣が飛行機旅行におけるカーボンオフセットを呼びかけ、ブリティッシュ・エアウェイズが2005年9月にカーボンオフセットの事業を開始した。
 航空機旅行の他に、排出権によって、オリンピックのようなイベント活動からでる排出量を相殺したり、オフィスビルや機材をリースする際に発生する排出量や、旅行の移動時に発生する排出量を相殺する等、多種多様な排出権取扱商品が近年開発されつつある。

3.排出権取扱商品のマーケティング

 多種多様な排出権取扱商品が開発されているなかで、それは現在どの程度市場で受容されているのだろうか。
 environmental LEADER(電子版)によると、先ほど例にあげたブリティッシュ・エアウェイズについての取引実績は1600t-CO2/年だと伝えており、正直、取引されている量は多くない。
 ブリティッシュ・エアウェイズの例は、そもそも開発の過程で政府が関与し、市場にどの程度受容されるのか、マーケティングを行うことが難しかったのかもしれないが、今後、排出権取扱商品を開発するのであれば、市場で普及しなければ意味がないため、事前のマーケティングが重要になってくる。
 そこでのポイントは、消費者は、排出権取扱商品に対して、排出権を購入することを目的として商品を購入していないということを知ることである。(商品において様々な要素があるなかで、その要素の組み合わせとして、最適なものを購入するという行動を消費者はとっており、あくまで排出権は様々な要素の中の1つである)

(例)東京-札幌間における飛行機旅行のカーボンオフセットに関する市場分析

 本来、消費者が出発便を選ぶときには様々な要素を考慮して選ぶだろうが、今回単純化するために、消費者は、「航空会社」、「出発の待ち時間」、「カーボンオフセット料金」を要素として、出発便を選択していると仮定する。なお、飛行機旅行のカーボンオフセットに要する料金については、東京-札幌間の一座席当たりの排出量から現在の排出権価格で料金を割り出すと、片道150円程度である。

表 出発便のパターン



 通常、ある一定数以上のサンプルを集め、統計をとる必要があるが、このコラムのために多くのサンプルを集めることは難しいので、統計をとった結果、消費者の選好順位は以下のとおりであったと仮定する。

1位:D、H 2位:C、G 3位:B、F 4位:A、E


 これを、効用Ui ( i = A , B , C , D , E , F , G , H )で表すと、以下のようになる。

D = UH > UC = UG > UB = UF > UA = UE


 この結果を、効用関数 Ui =αxi+βyi+γzi+Cxi:航空会社 A社=1, B社=0、yi:出発の待ち時間 なし=1, あり=0、zi:カーボンオフセット料金 なし=1, あり=0、:定数項)として表すと、以下のようになる。

Ui=2yi+zi+1α=0、β=2、γ=1、C=1)


 この効用関数が何を表しているか説明すると、消費者が出発便を選ぶ場合、「航空会社については特に考慮せず、出発の待ち時間が要素として重要であり、カーボンオフセット料金もできる限りないものを選んでいる」ということが分かる。

 新しい商品を開発する際に、「企画担当者のインスピレーション全て」という考え方もあるが、バッグや宝飾品、洋服や食料品等では作り手のインスピレーションが重要視されることも理解できるが、排出権取扱商品に関して言えば、マーケティングをせずに、企画担当者のジャストアイデアだけで開発することは、市場受容性のリスクが極めて高い。

4.環境配慮製品に対する企業戦略

 交通分野の環境配慮製品の代表として、トヨタ自動車のプリウスがあげられる。
私はトヨタ自動車に対し、プリウスを開発した技術力も当然評価しているが、最も評価しているのは、この自動車を100万台販売したトヨタ自動車のマーケティング能力である。
 昔よく言われていたのは、ソニーと松下の企業戦略の違いであるが、トヨタ自動車が環境配慮製品に対してとっている戦略は、トップランナー方式と呼ばれているものである。
 トップランナー方式というのは、例えば、マーケティング担当が政府や環境配慮意識の高い企業、著名人の間で環境配慮性能が非常に優れた自動車が売れて、それが一般庶民にまで波及すると分析するや否や、先陣をきって、その分析結果を満たす自動車を作り上げ、後発企業が追いつく前に市場を占拠するというものである。
 説明では簡単に聞こえるが、環境分野において、このトップランナー方式という戦略を選択することは非常に過酷で、イバラの道を進むかのごとくである。
 よく言われるのは、「環境配慮をしている製品だから、値段は高くてもしょうがない」とか「不便であってもしかたがない」といった開発現場の声があったとしても、トップランナー方式を戦略として企業が選択した場合、「高くても」、「不便でも」というのは売る側の甘えであって、その甘えを断ち切り、市場を占拠するため、マーケティングで得られた結果(ゴール)を目指して、ひた走る(独走する)ことが求められる。
 トヨタ自動車がこの戦略を選択できる理由は、「マーケティング担当が、新たな発想で他社と差別化できるような市場を明快にはじきだすことができるからである」と言っても過言ではない。

 排出権取扱商品は、基本的には既存の商品に排出権を加えるだけである。
そのため、様々な商品を開発することが可能であるが、開発した商品が売れない理由を、果たして今の担当者達は考えているだろうか。
環境配慮製品、排出権取扱商品と言えども、市場で売れなければ環境改善は図れない。
 これから排出権取扱商品を開発しようと考えている方々には、無駄な開発を行わないため、マーケティングを重視して、市場に受容される商品を一つでも多く、地球温暖化防止を目指して開発して欲しいと私は願っている。
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