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日本総研ニュースレター 2010年10月号

スペインの中堅都市ビルバオに学ぶ、「人間感覚」の街づくり

2010年10月01日 丸尾聰


スマートシティはニュータウンの功罪を忘れていないか
 スマートシティと呼ばれる、低炭素を強く意識した街づくりが世界各国で盛んだ。それらの都市では、太陽光発電をはじめ、スマートグリッドを活用したエネルギー管理、廃棄物や排水の再利用システムなどを目玉とするのが定番だ。
 しかし、ここには「環境保全」とは対照に、「人間感覚」への配慮を感じない。経済性・効率性優先の無味乾燥な、かつての「ニュータウン開発」の功罪を忘れていないだろうか。

ビルバオの漢方薬的都市づくりの成功
 スペイン北部のバスク州のビルバオ市は、30万人の人口、周辺圏域に100万人を抱える都市である。1960年代、鉄鋼や造船で栄えた同市も、70年代に入ると、競争に敗れ、残ったのは「公害都市」の汚名と、30%を超えた失業率、そしてスラム化した街であった。
 1989年に市は、環境の再生と文化への投資を銘打った「ビルバオプラン(都市活性化戦略)」を提示する。20世紀型の産業と訣別し、時間をかけて環境を修復し、新たに文化都市を建設する、という漢方薬的都市づくりだ。その目玉は、グッゲンハイム美術館の誘致。商業施設、成長産業の誘致への投資を期待していた地元企業や市民から猛反発されたが、竣工した1997年から年間100万人の来場を果たし、わずか3年で初期投資を回収。環境の修復への再投資、失業率も6%まで回復する。
 かつて盛んだった「ニュータウン開発」には3つのコンセプトがあった。高速優先の交通基盤である「スピード・モビリティ」、必要機能を統一した建物群に収める「ファンクショナル・ブロック」、用途で土地を区画する「ゾーニング・コントロール」。ビルバオ市の成功は目玉施設に注目しがちだが、本来はこれらのコンセプトからの転換が奏功したと理解するべきだ。以下では、新たな3つのコンセプトから「人間感覚」に訴えることに成功したさまざまな仕掛けを探りたい。

「スロー・モビリティ ~歩きたくなる街~」
 ビルバオ市にも地下鉄が開通し、交通基盤が整ってきたが、地元民や観光客が好んで利用するのは、数十年ぶりに復活した路面電車だ。小学生が走って追いつく速度、見所を巡るルート、開口部が広い車両の、楽しい交通機関だ。
 観光客向けツアーの中でも、徒歩や自転車で回るものが少なくない。人気の要因は、数カ国語に対応したガイドの接客力に加え、徒歩も自転車も専用道路が設置されているから。さらに数十メートルごとに設置された休憩場所が、季節や時間の変化を実感できるビューポイントだったりする。

「ランドマーク・アート ~心に残る街~」
 欧州の都市のランドマークは一般に教会や市庁舎の塔が多いが、高層化の中で目立たなくなってきている。そこでビルバオ市では、ランドマークが本来の役割を果たすよう、例えば美術館の広場前の巨大な犬の像を「アイストップ」として、街路から歩行者の目に飛び込むように設置した。
 また、地下鉄の入口も他に類を見ないものだ。人間の背丈よりも少し大きな径の透明なチューブが地面から飛び出した様相をしていて、夜間はチューブのガラスに地下鉄から漏れる明かりが乱反射して、未来的な「オブジェ」になる。観光客も、地下鉄のありかを1回で記憶する。

「エンカウンター・スポット ~語らいたくなる街~」
 かつて製鉄所の工員が数ユーロで飲める安酒場であったバルは、文化都市への転換と、スラムの消滅によって、女性や観光客も気楽に立ち寄れる「社交場」に変貌した。
 また、道路いっぱいに席を出すレストランが軒を並べ、街路全体がフードコートになる。再開発途上の殺風景な地に現れた屋台には客が引き寄せられ、常連も一見も互いに声を掛け合い、言語、民族を超えて各国訛りの英語で日が変わるまで語り合う場となっている。

都市づくりの「コンセプト転換」が必要
 ビルバオ市長は今「ヒューマンスケール・シティ」なる理念を掲げる。「人間が五感で実感できる(物理的・心理的)距離感を持った空間や対象(建物や人間)の豊かな都市」と訳せばいいだろうか。「人間感覚」を大切にすることで「人が集まる街」となり、それが新たな経済価値を生み続ける都市だと気付いているようだ。「人間感覚」を起点にした文化・経済の都市づくりこそ、持続可能なスマートシティとなるはずだ。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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