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日本総研ニュースレター 2008年11月号

BOP(ベース・オブ・ピラミッド)市場への対応を急げ

2008年11月04日 足達英一郎


 7月15日に閣議了承された「2008年版通商白書」では、冒頭の「概要」の章で、中国のアフリカ向け輸出はこの5年間で年率40%成長(我が国は同19%)という事例を上げて、「『10億人』のアフリカ市場は、欧米、中印企業と競う、新たなフロンティア」であるとして、日本企業に「アフリカの貧困解消にアジアの発展モデルを展開」すべきことを訴えた。
 本来、経済や貿易を主題とする通商白書が「アフリカの貧困解消」に言及する背景には、中国が希少資源やエネルギー資源の獲得を狙ってアフリカ諸国との外交関係を強化している状況への対抗という意図もあるだろうが、理由はそればかりではない。世界的にBOP(ベース・オブ・ピラミッド)市場の存在が注目されていること、一方で、こうした市場に対する日本企業の感度が極めて低いことがある。
 BOP(ベース・オブ・ピラミッド)とは、所得階層ピラミッドの下辺を意味する。この所得階層でいえば低位に位置するものの全体のなかでの数としては最も多い階層を対象にしたビジネスモデル構築に熱い視線が注がれている。例えば、グローバルな視野で眺めると、最貧国の多いアフリカ諸国のマーケットは、まさにBOP市場となるわけだ。
 では、なぜいまBOP市場なのか。理由は簡単で、多国籍企業にとって国内市場に依存するだけでは、成長は絶望的であるからだ。特に、欧州や日本では人口が絶対的に減少していく。低価格で国内市場のシェアを奪取するという選択肢もあろうが、フロンティアを求めれば当然、BOP市場に行き着く。ただ、例えばアフリカで、先進国並みの製品サービスが売れるかという疑問が当然、浮かぶかもしれない。
 これに対して、スウェーデンの通信会社エリクソンの事例を紹介しよう。同社は、タンザニア農村部の通信インフラを整備するために、複数の通信サービス事業者にリースする「共有ネットワーク」に投資するとともに、高速通信ではなく基本的通信だけに機能を絞るビジネスモデルを構築し、配信コストをユーザーあたり月20米ドルから月1.25米ドルに削減することを可能にした。これによって、農村部の人々にも携帯電話が大いに普及することになったのである。


 さらに注目すべきは、国連開発計画(UNDP)がこうした取り組みを積極的に支援している点だ。国連が一企業の事業活動を支援するというのは違和感があるかもしれないが、これまでの援助資金の提供という形態では、途上国が自立していく道筋を作れないことが国連でも認識されつつある。例えば上記エリクソンの事例では、通信インフラが整備されることによって換金作物の栽培や中小企業が発達するという社会的利益を認めて、国連は支援に踏み切ったのである。
 国連開発計画(UNDP)は、こうした支援をGSB(Growing Sustainable Business)プログラムという名称で確立させており、世界百カ国以上で500件以上の取り組み実績がすでに生まれている。ただ、残念なのは日本企業の事例はほとんどないことだ。過去の事例では、ヤマハ発動機の取り組みが一例あるだけ。今年になって公表された世界のBOP市場での50の成功事例を集めたレポート(CREATING VALUE FOR ALL: STRATEGIES FOR DOING BUSINESS WITH THE POOR)にも、日本の合弁企業が一社出てくるのみだ。
 おりしも、いま日本企業は、こぞってCSR経営を掲げている。そして多くの企業経営者が、本業で社会的責任を果たすことが理想だと語っている。だとすれば、企業にとって売上を獲得しつつ発展途上国の社会的利益をも創出できるBOP市場に、早急に目を向けるべきである。ビジネスであると同時に、国連のミレニアム開発目標(2015年までに1日1ドル未満で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させることなど、国際社会が2015年までに達成すべき8つの目標)にも貢献するという企業の取り組みは、ステークホルダーからも高く評価されるであろう。
 さらに、こうしたBOP市場対応が、先進国で展開されるビジネスにも好影響を与えるという道筋が徐々に明らかになってきている。9月末にフィンランドのヘルシンキ経済大学で開かれた「BOP市場における持続可能性のイノベーション」という会議では、BOP市場のニーズに目を凝らしてビジネスモデルを構築することが、先進国の事業展開においても価格、機能、コンセプトなど多くの面で新たなイノベーションを引き起こすことにつながった事例が多数報告されている。
 BOP市場といえども、フロンティアは無限ではない。通商白書がいうように「欧米、中印企業との競争」はすでに始まっている。日本企業のキャッチアップを期待したい。


※執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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