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官民で進む認知症との「共生」に向けた社会づくり

2019年11月01日 紀伊信之


予防と共生を両輪とする「認知症施策推進大綱」
 わが国の認知症人口は2018年に500万人を超え、有病率は65歳以上で7人に1人、90代以上では半数を上回るものと見込まれている。認知症は誰もがなり得るものであり、多くの人にとって身近なものとなっている。
 こうした中、政府は、新オレンジプラン(2015年策定)の後継にあたる「認知症施策推進大綱」を今年6月に取りまとめた。大綱では、「認知症の人が尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また認知症があってもなくても同じ社会でともに生きる」という「共生」と、認知症になるのを遅らせる、認知症になっても進行を緩やかにする「予防」を両輪として掲げる。具体的には、①普及啓発・本人発信支援、②予防、③医療・ケア・介護サービス・介護者への支援、④認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援、⑤研究開発・産業促進・国際展開の5つの施策を2025年までに進めるため、各施策にはKPIが設定された。
 特に産業界が注目すべきは、「移動、消費、金融手続き、公共施設など、生活のあらゆる場面で、認知症になってからもできる限り住み慣れた地域で普通に暮らし続けていくための障壁を減らしていく『認知症バリアフリー』の取組を推進する」と書き込まれた点だ。これは、認知症になっても暮らしやすい社会の実現には、医療や介護など専門サービスの体制はもちろん、日常生活に関わる様々な事業者の配慮が必要だというメッセージだ。そこで、大綱の策定に先立つ4月には「日本認知症官民協議会」が立ち上げられ、厚労省が主導する「認知症バリアフリーワーキンググループ」、経産省が主導する「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」にて、官民での検討が開始された。

各地域で始まりつつある官民での「共生」への取り組み
 国レベルでの取り組みに先行し、各地域では官民連携での「認知症の人にやさしい街・地域づくり」が始まっている。
 町田市では、2016年から認知症の方や家族の集いの場である認知症カフェ(Dカフェ)を営業中のスターバックスの一角で定期的に開催している。現在は市内8店舗にまで拡大、今年4月には町田市とスターバックスコーヒージャパンとの間で「認知症の人にやさしい地域づくりに関する包括連携協定」が結ばれ、認知症に関する普及啓発や見守り等へと活動の幅を広げつつある。
 京都府では、2019年度から「“認知症にやさしい”異業種連携協議会」が立ち上げられた。参加するのは、金融・小売・タクシー・不動産など暮らしに密着した企業だ。共通の指針となる共同宣言を検討するとともに、認知症当事者の声を取り入れながら、製品やサービスの検討を進めている。
 「認知症フレンドリーシティ」を目指す福岡市の取り組みは、「産官学民のオール福岡」によるものだ。認知症の人へのコミュニケーション技法「ユマニチュード」の市民講座の開催、建築デザイン等における「認知症にやさしい」ガイドラインの策定、最新の通信技術(LoRaWAN)による行方不明者捜索の実証実験などだ。それらはAIベンチャーのエクサウィザーズなど多くの民間企業が担い手となっており、今後は他の地域企業との連携も活発化させる方針という。
 神戸市は、今年から「診断助成制度」と「事故救済制度」の2本柱による「認知症神戸モデル」を開始した。これは、65歳以上の市民に認知機能検診を無償提供するほか、認知症と診断された人が起こした事故の被害者には、市が保険金や見舞金を払う制度だ。認知症の早期発見と、認知症になっても安心して外出等の社会参加ができることを目指している。これらの費用は市民への増税(年間400円)でまかなわれる。事故救済制度は三井住友海上保険が支えており、ここでも民間の力が活用されている。

現場の声や当事者の声を活かした街づくりを
 こうした取り組みは、まだ一部の地域・自治体でしか行われていない。自治体側の窓口を介護や福祉の部門が担う場合、金融・小売・交通といった民間事業者との接点が希薄なことも一つの要因だ。また、民間事業者側の注力度合いも必ずしも高いとはいえない。
 政府の大綱にもあるように、認知症にやさしい街は、当事者である本人や家族のニーズに沿って作られるべきものだ。しかし、実際は単独の民間企業がそうした人々のニーズを直接確認することは極めて難しい。政府や自治体には、当事者の声・ニーズと企業とをつなぐ役割が求められる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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