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第5回 脱構築というイノベーション その2【大林 正幸】 (2008/12/11)

2008年12月11日 大林正幸


1.2項対立と両義性

 「良い」と「悪い」、「強み」と「弱み」、「古い」と「新しい」、「若者」と「老人」などのように、色々な事象を2項対立型で分類して整理するとまとめやすい。このような組み合わせ例はいくらでも作ることができる。しかし、単純な2分法の作業をしてみると、思いのほか、はっきりと分類できずに収まりきれないものも多いことに気がつく。あるひとつのことが、「強み」であり、また「弱み」となるなど、はっきりと区別できないので迷うことも多い。ふたつに分けるとしても、水と油のようにまったく相容れないものではないことも多いからだ。

 例えば、古民家を移築したり、リフォームをして住むことがよくある。古民家の柱、梁などは年代を重ねており、確かに物性的には古いのだが、リフォームすることで古民家の骨格は残しつつも、現代的な住居に様変わりさせるということが行われる。単なる古い民家であったものが、外部の現代風な生活様式を古民家の内部に取り込むことにより、古いものと新しいものが混ざりあった空間になるのだが、私たちはかえって新鮮な家のように感じてしまう。この家にとっては、古い家とか新しい家という言葉は、全く意味を持たない。古くもあり、新しくもあり、両義的な空間が作られている。この空間は、まさに「古い」と「新しい」との境界であり、きわめて創造的な空間である。

 文化人類学者の山口昌男氏は、「境界には、日常生活の現実に収まり切らないが、人が秘かに培養することを欲する様々のイメージが仮託されてきた。これらのイメージは、日常を構成する見慣れた記号に較べて、絶えず発生し、変形を行う状態にあるので生き生きとしている。」「人は、自らを、特定の時間の中で境界の上または中に置くことによって、日常生活の効用性に支配された時間、空間の範から自らを解き放ち、自らの行為、言語が潜在的に持っている意味作用と直面し、「生まれ変わる」といった体験をもつことができる。」(注)と述べている。

2.変化と差異とイノベーション

 上記、山口氏の説を引用したが、ここでは重要なふたつのポイントがあると思う。ひとつは、日々繰り返される日常生活のなかの境界に身をおいていること、ふたつは、創造的な変化・変形が絶えず発生していることの気づきがなければならないこと、であろう。絶えず発生している変化が蓄積され、変形し、差異が認識され、その差異の評価を通して、イノベーションへと展開されるプロセスがある。
 つまり、イノベーションにつながる変化を発生させる主体は、職場の日常の業務を担う意思決定者であり、その行為者である。変化を差異へ、また、イノベーションに結実させるのは、これまでの規範やルールに、変化への痕跡を蓄積していく行動力であり、その力こそが企業にとっての最大の経営資源である。

 組織秩序の背骨のごとき規範やルールは「良」「悪」の基準として普遍的なものではなく両義的な解釈が必要であり、両義的であるからこそ、変化や変容を許容することを可能にするという姿勢を忘れてはならない。経営者は、絶えず発生している変化に対する気付き、また変形し差異へと結実していくことを認める開放的な秩序の形成と維持に取り組むことができなければならない。

 経営者はイノベーションを望む一方で、逆の、秩序維持という呪縛に巻き取られ、変化の気付きに目をそらし、差異の発生を勇気を持って受け入れることをしないという自己矛盾に気が付かないことも多い。
 例えば、グローバル経営などで、異文化、異なる価値観の融合を標榜するなかで、日常業務処理レベルでの変化や差異に対する消極的な姿勢がありはしないか、また、職場を単純に2項対立的に差異を際立たせ、優れているものと劣っているものというように、どちらか一方を階層的に優位においてしまう見方になっていないか、改めて、自己点検してみることも必要である。

 経営者の役割のひとつは、創造的な活動がおこりやすい空間を作りだすことである。変化、変容が行動レベルで自由に活発に発生する空間を作り、変化へのエネルギーを注ぎ込み、方向性を与え導くことである。まさに、脱構築という言葉があるように、自ら内部からの変化を促す経営でなければならない。

(注)山口昌男[2000].『文化と両義性』岩波現代文庫
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