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事例C:ERP導入のみに疑問を抱いた京都電子工業(仮称)

日本総合研究所 研究事業本部 新保豊 主席研究員(2002年3月)


【お詫び】当ページの「東京エレクトロニクス工業(仮称)」は、以前「京都電子工業(仮称)」を用いていました。これは以前の会社名が実在することに当ページ執筆者が十分留意せず、その名前を用いてしまっていたからです。京都電子工業株式会社様およびそのご関係者の皆さまには、ご迷惑をおかけしました。ここに訂正しお詫び申しあげます。

(1)東京エレクトロニクス工業のプロフィールと本ケースの内容

1)プロフィール

 東京エレクトロニクス工業は、最近では携帯電話向け電子部品や半導体は製造・販売している、伝統的な国内最大手級エレクトロニクスメーカーである。
 同社の収益構造は、営業利益の約80%が上位約5%の戦略顧客約70社から、売上高の約70%が同約20%の顧客からのものとなっている。

 同社の汎用製品の多くは、事業のグローバル展開の中で生産されており、単純な部品は徐々に台湾や韓国勢にシェアを奪われている。しかし、ITバブル時には、同社設立以来の最大の収益確保ができたものの、バブル崩壊直後は大幅な赤字を記録した。2002年春、電子部品の底割れの兆しも出てきており、もう一歩業績を伸ばしたいと考えている。

2)事業の位置付けと内容と本ケースの内容

 東京エレクトロニクス工業の取組み事業の、冒頭での位置付けは次の通り。



軸足: 「既存技術-既存市場」領域からスタートし、「既存技術-新規市場」領域をターゲットとしている。

サイクル: 電子部品製造と販売の現行事業で扱う製品の多くは「成熟期」の前半。時代に合わせたタイムリーな新製品の投入が不可欠である。

 主要製品は、過去、磁気ディスク、自動車部品とその補修品、電子メディアと続き、IT好況時には携帯電話用半導体、光部品といった具合に、市場の動向に合わせ主力を変えてきた。

 製品販売など顧客へのアプローチについては、ネットとリアルの双方の観点から、次のような方法を取った。



一般顧客向け


受注などが定常的にある売上確定現段階にあり、軸受け補修品や電子部品など仕様が決まっているものは、ネットと代理店を通じ販売する。

重要顧客向け


受注未確定でコンセプト段階またはデザイン段階にあり、次期製品については、専門の顧客チームを組織し手厚いアプローチを行う。

 「ITバブル崩壊」前に当る1999年末、事業上の競争戦略の一環として、PDM(Product Data Management)、SCMおよびCRMを導入しようと考えた。
 それに当たり独・米のISベンダーとコンサルティング会社に提案させ、基本を汎用基幹業務向けのERPパッケージソフトを用いてIS再構築のプロジェクトを実施した。

 競合のT社では社長直轄で類似プロジェクトが走っていたが、東京エレクトロニクス工業でのプロジェクトは、同社経営企画部、設計・開発部、製造部、営業・マーケティング部、および情報システム(IS)部からなる混成チームによるもので、現場からの強いニーズを社長が報告を受け承認する形態で進んだ。

3) プロジェクト推進の結果はどうだったか?

 半年毎の4つのフェーズで構成した、全社効率化プロジェクトは、3つのプロジェクトを並行して約2年間かけ、まだ途上ながら次のような今までにない成果を得た。



ITマネジメントにより実現した仕組み


PDM導入による設計効率化



パッケージ導入の2年間後、取引先を中心に設計データなどを自動的にやり取りできるようになり、設計業務の効率化を15%程度アップできた。


TOC導入による生産性向上



制約条件の理論TOCを業界でも早目に導入でき、1年前の生産性を20%改善した。



しかし、コラボレーションの仕掛けはなく、社外関係企業間の需給調整に悩まされていた。


次世代SCMの基礎



取引先との間で必要部材を調達したり、顧客商品に自社製品が組み込まれることを前提に、需要予測と在庫補充のための共同事業を行うCPFR(Collaborative Planning, Forecasting and Replenishment)の仕組みの基礎を構築。



EMS利用の割合が高い米国で生産される製品に関し、営業担当者が在庫状況や組立経過の現況を常にトレースできる顧客・取引先追尾の仕組みをつくった。

 そして、同プロジェクトのさなか、ITバブルが崩壊した。
 緊急事態となった東京エレクトロニクス工業では、社長の一声で投資額の大きなSCMプロジェクトは中断となり、それを機に外資系コンサルティング会社は去ることとなった。トップは足元の決算に強い責任を感じていた。

 PDMやSCMの目玉であった、製品設計から製造・販売までのリードタイム短縮や在庫削減は実現したものの、あっと言う間に在庫の山と化し、受注量が激減した。
 ITブームとは何だったのか。同社ではそんな声が出た。しかし救いは、現場の意識の高さだった。

 チームの数名は担当役員とともに中長期的な視点をもち、同社での「ビジネスインフラ」構築(IS上の仕組みに加え組織設計まで)を諦めなかった。
 ERPパッケージの導入などだけで、業界トップレベルを維持することは難しい。他社との差別化を明確な目標としていたスタッフは、IT(またはネット)と現場のもつ強み(または現場部門をつなぐインタフェースの仕掛け「エッジ」)を活かし、所期目的を完遂しようと考えた。

 ITバブル後の忍耐を伴う最初の半年は、次のような戦略顧客とのコラボレーションによるICTビジネスモデル構築の基礎を固め、1年超をかけIS構築とそれを機能させる組織設計をグローバル展開の視野を持ち取り組んだ。



ICTマネジメントが必須となってきた


新型CRMの仕組み基礎



2002年初以降、生産・流通機能に加え、コラボレーションをキーワードとした、新しいコラボレーティブ・コマース(cコマース)の仕組みを構築しつつある。


情報システム戦略と経営戦略の結合



インフラ構築を行うIS部門に、経営企画や営業などの現業部門からのアクション・フィードバック回路を作ることで、関係部門の戦略を結合させる下地をつくった。

 以上はIT革命第2幕のなか、日本の産業構造が変わり、市場が大きな変革期を迎え、顧客企業の取組みも変容してきた。

 東京エレクトロニクス工業は、完成品やシステム製品の前段階の位置付けに当る製品や半製品を提供する立場であるため、顧客や市場の動きにはより一層柔軟に対応することが求められた。


(2)インタンジブルICTマネジメント

1) 何が競争力の源泉になりつつあるか?

 東京エレクトロニクス工業の取組みでは、企業システムの変遷のなか、最適と思われる手法・ツールを選択した。

 例えば、2000年以降のTOCやCPFRなどはSCMの発展のなか生まれてきた。この分野のコンサルティングを受けながら、企業システムの革新を行う日本企業も増えつつある。TOCとは、およそ次のようなものである。



制約条件の理論TOC(Theory of Constraints)


TOCは、トヨタのジャストインタイム(JIT)生産方式よりも優れた生産方式といわれており、OPT(Optimized Production Technology)と呼ぶ生産系ソフトウェアのスケジューリング機能を発展させ、工場内のボトルネック工程(生産の制約条件)に着目し、生産改善を一層図る理論として米国ほか海外でも注目されている。


米国ではTOC適用により、JITと比較し25%程度の時間で、さらによい結果が得られる手法と言われている。


 日本では2001年5月の発売以降ベストセラーとなった「ザ・ゴール」には、その理論がやさしくゴールドラット博士により展開されている。

 2000年夏頃、日本に上陸したCPFRでも生産量の調整の域を出ていないものの、次のような点でSCMの課題を解決するものとして注目され始めた。



需要予測の精度向上と在庫量の削減といったドライな仕組みの再考

取引先とのウェットな信頼関係を基礎に柔軟で融通の効く仕組み構築


 産業構造の転換などを迫られるわが国では、このような生産量の調整などのオペレーション効率化の先にあるもの、即ち「見えざる資産」のマネジメントが、競争力の源泉として今日求められるようになってきた。

2) 戦略のダイナミズムを実現する見えざる資産の競争力

 目に見えない、無形のといった意味の「インタンジブル」という言葉がある。R&D基盤、ブランド力、知的財産、人材力などを指す。現行のB/S、P/Lだけで将来の企業価値や真の企業力を読めない。

 ただ、これら要素を深読みし過ぎると市場撤退を余儀なくされた、コンセプトだけのネット企業のような実体の薄いものに、投資家が過分な期待をかけてしまうこととなる。

 競争力の源泉となりうる「見えざる資産」の重要性を主張したのは日本の学者である。戦略とのダイナミズムを実現する見えざる資産の本質に迫ることの重要性を、一橋大学大学院商学研究科伊丹敬之教授は強調する。



見えざる資産の本質


いまや時代はブランド、技術・ノウハウ、サービス供給力などの「見えざる資産」が企業の競争力と企業価値を大きく左右するようになった。


環境変化がますます激しい時代となって、この主張はますます注目されてきた。変化に対応する源泉が、とりもなおさず見えざる資産にあるからだ。

 また、巨大な生産設備や土地などの有形資産から人的資産、顧客資産、ブランドなどの「無形資産」の時代となった。インタンジブルに関する経営について、次のように一橋大学大学院商学研究科伊藤邦雄教授は指摘する。



インタンジブル経営


インタンジブルは、重要性が認識されながら「見えない」ため測定できず、マネジメント課題の中枢に据えられて来なかった。


「見えない富」を測定しようとする試みは、価値の本質に迫るきわめて挑戦的な課題である。


この課題に果敢に取り組むことが21世紀のマネジメントを創造することになる。

 ITやISだけが、企業の活力を取り戻す解ではないが、これらが戦略と結合できれば再び経営を立て直せる。ITやISもインタンジブルな経営要素といえる。
 前述のIT投資の効果など、読みにくい面も少なくなく、そうみなされよう。同要素は「ブランド」にもつながるもので、これに対する社内外(投資家など)への可視化(ビジュアル化、翻訳作業)が重要になってきた。



ブランド価値


2001年の英インターブランド社調査によれば、通常「見えない資産」を、営業利益予測値から資本コストと税金を引いた経済的利益を現在価値に置き換えた「ブランド価値」として算出。


トップが米国のコカ・コーラで68,945百万ドル、以下マイクロソフト、IBM、GEと続き、5位にはフィンランドのノキアが35,035百万ドル。


日本勢は筆頭にトヨタが14位、ソニー20位、ホンダ21位と続き、松下電器は72位の3,490百万ドルに過ぎない。


(3)コラボレーティブ結合モデル

1)ビジネスの骨格のデザインとコラボレーション

 日本企業が、米欧やアジア諸国に勝るためには、効率化(How)一辺倒の領域から、ビジネスの骨格をデザイン(Why&Whatの設計)できる領域への転換が不可欠である。

 日本流経営のキーワードは、「コラボレーション」にあろう。トヨタ自動車の工場現場では、数10年も前から実践されてきたものである。コラボレーションが、日本企業の起死回生の切り札ともなろう。

 一方、2000年夏頃から米国でも、「eビジネス」がにわかに「cコマース」と呼び名を変え、そのツールも豊富になってきた。コラボレーションの重要性については、米国では次のような認識に至っている。

 従来の本社の「常識」は、高業績を上げている事業部の意思決定に口を挟まないことだったが、現在のような不確実市場では本社に臨機応変なマネジメント(略)が求められている。

 時に制約を課し、時には事業部間コラボレーションを演出し、またある時は事業の意思決定を覆すことが必要だ。

 このコラボレーションをシステマティックに見ると、その構造や必要条件を次のように示すことができる。



コラボレーションの構造と必要条件


コラボレーションの構造:



場の創出・起点(Setting / Starting)→可視化(Visualizing)→保管・熟成(Aging)→アクション(Doing)の一連の流れに分解できる。



この「SVAD」のスパイラルな仕組み構築がポイントとなる。


コラボレーションの必要要件:



地理的に有利な要素や目的を共有するコミュニティ空間(場)が不可欠。その空間は時に居心地がよい(cozy)ことが重要となる。



IS開発においてはユーザー部門との緊密な関係を構築し、従来IS部門に見受けられる「依頼・請負」型から「コラボレーション」型へ。

2) インタンジブルプロセスとタンジブルプロセスの結合

 2002年4月、「これからの技術革新は顧客企業の側から生まれる。ハイテク企業は顧客企業のどんな要求にも応えられるように…(略)」と米HPカーリー・フィオリーナ会長も強調するように、顧客との関係が重要である。

 それゆえCRMがもてはやされている。ただ、外資系ベンダーやコンサルティング会社からの、お仕着せのCRMから脱皮する時期、またはねらいやターゲットをシフトさせる時期が到来した。ポイントは次の通りである。



今後の競争力の分かれ目


「顧客関係の管理」での"効率化"を超える「顧客関係の再構築」(CRB:Customer Relationship Building)を通じ新しいもの異なるものを生む。


ICTの仕組み(基盤)を構築し、いかに自社のコア・コンピテンスをそこに反映できるか、このトライ&エラーのプロセスを継続する。

 一般的に顧客との関係(フロントエンド領域)では、売上高というタンジブルな指標で企業の業績や個々のスタッフの実績を測りやすい。
 しかし、問題は、インタンジブルなプロセスにおけるアクティビティ(行動や活動の基本単位)をどう測るかになる。

 その意味で、企業内の関係部門との関係(バックエンド)の再構築(バリューチェーンの中でみたCRB基盤の構築)が戦略性を帯びてきた。

 今後の企業のイノベーション誘発には、インタンジブルとタンジブルなプロセス結合(上記cVCを含むバックとフロントの結合)が重要となる。