RIM 環太平洋ビジネス情報 2003年8月Vol.3 No.10
タイにおける銀行システム再建策とその評価
政府が漸進的に介入するなかで、遅れた商業銀行のバランスシート健全化
2003年08月01日 環太平洋研究センター 高安健一
要約
- 1997年に、タイが自国通貨の急落と金融危機がほぼ同時に発生する双子の危機(twin crisis)に見舞われてから、6年が経過した。銀行システムはいまだに再建途上にあり、不良債権比率は同じく97年に金融危機に直面した韓国やインドネシアを上回っている。
- 政府が国際通貨基金(IMF)の支援プログラム下で実施した金融再建策の特色は、地場商業銀行に対して、2000年末までに国際標準に則した債権分類に基づいて貸し倒れ引当金を計上したうえで、自己資本比率規制の達成を求めたことである。政府は、公的資金の金融機関への注入と、資産管理会社(AMC)を活用して金融機関のバランスシートから不良債権を切り離すことを躊躇した。中央銀行が98年に企業債務再構築諮問委員会(CDRAC)を組成し、企業債務の再構築交渉を促進するための制度改革を進めたものの、抜本的な処理は進まなかった。
- 2001年にタクシン政権が設立したタイ資産管理会社(TAMC)は、国営・国有商業銀行を中心にバランスシートから不良債権を切り離すことに寄与するとともに、企業の再生や整理・回収を促進する役割を担っている。
- 大手の地場商業銀行は、金融危機を経てファミリーの出資比率が大きく低下したものの、ファイナンス・カンパニーの衰退もあり、金融市場でのシェアをむしろ高めた。また、政府系の特殊金融機関、国営・国有銀行などの政府部門のプレゼンスも拡大した。
- タイでは、他のアジア諸国とは異なり、政府の金融危機への関与が段階的に高まった。97年末に決定したファイナンス・カンパニー56社の資産処分は、内外の投資家への売却による早期現金化を狙った「市場原理に基づいたアプローチ(market-based approach)」に従ったものであった。98年8月の「包括的金融再建プログラム」で、公的資金を注入して商業銀行に企業債務の処理を推進させる「銀行主導型アプローチ(bank-led approach)」に転換した。そして2001年のTAMCの設立は、政府主導型アプローチ(government-led approach)へ軸足を移したことを示すものである。
- 金融危機が発生して以降、政府とIMFは広範な金融制度改革を実施してきた。しかしながら、40年代からの財務省と中央銀行を軸とした金融監督体制は温存され、第3の組織としての金融監督庁は設立されなかった。40年代から60年代にかけて形成された地場の大手商業銀行の寡占体制も維持された。 2000年8月にIMFの支援プログラムが終了して以降、金融制度改革への勢いは失われた。管理変動相場制下における中央銀行の独立性、金融政策の実施、金融機関の監督権限などを法律面から支える中央銀行法、金融機関法、通貨法の早期成立が待たれる。中央銀行傘下の金融機関発展基金(FIDF)の改革や預金保険機構の設立も早急に実施すべきである。