JRIレビュー Vol.10,No.71
特集 外国人材の望ましい受け入れに向けて
2019年11月28日 調査部
・序章 はじめに-外国人材受け入れの課題は何か:翁百合
2019年4月、わが国は外国人労働者の積極的な受け入れに向けて大きな政策転換を行った。人手不足の深刻な分野で特定技能1号といわれる新しい職種の外国人労働者が、所定の試験を通り、徐々に日本に入り始めている。日本にとって、今後経済成長や持続可能な社会を実現していく上で外国人労働者は欠かせない。今後日本は、外国人労働者とどのように社会で共生しつつ、経済成長にも結び付けていけばよいのだろうか。
本特集号は、上記のような問題意識に基づき、検討を続けてきた研究プロジェクトの成果をまとめたものである。2018年春、その時点ではすでに多くの外国人が留学生や技能実習生として入国していたが、人手不足が深刻化するなか、私たちは正面から外国人労働者受け入れについて検討し、そのための課題を明らかにすべきと考え、本プロジェクトをスタートさせた。プロジェクト期間中に政府の方針転換があったが、実態分析や議論を通じて、差し迫った取り組むべき多くの課題があることを認識するようになった。本プロジェクトでは、様々なデータ分析のほか、実際に外国人を受け入れている企業や自治体
へのヒアリングや約1,000社の企業アンケート調査、海外調査などを実施し、多角的にこの問題をとらえようと試みた。
本報告書の構成は以下の通りである。
第1章は、総論部分であるが、外国人労働者受け入れは、2018年段階ですでにかなり進んできていたことを指摘し、その資格別、出身国別動向などの実態を分析している。さらに外国人労働者受け入れのメリット、デメリットを整理した上で、既存の在留資格体系の見直しなどの必要性を指摘している。
第2章では、2019年1~2月に実施した約1,000社の企業アンケート調査結果である。企業の外国人労働者の具体的採用方法や、外国人の働き振りをかなり評価している実態等がよくわかる結果となっている。多くの企業は政府の政策変更を評価する一方、人材獲得競争が激化するなか、将来にわたって外国人労働者を採用する上での不安や政府からのサポートを期待している生の声が浮き彫りとなっている。
第3章は、外国人との共生について論じている。先進的な浜松市などの自治体の取り組みを考察し、積極的に地域社会に働きかける施策の展開、地元のネットワークを活用した包括的な対応、次世代外国人の地域社会の担い手としての育成、といった対応の特徴を指摘し、こうした知見を多くの自治体が積極的に取り入れる必要性について論じている。
第4章は、外国人労働者の産業への影響を分析している。全体としては人手不足の緩和により産業基盤の維持に貢献しているが、一部分野では低コスト労働力の存在が設備投資や業界再編といった構造改革を遅らせて生産性に対してマイナスに影響し始めている可能性を指摘している。
第5章は、外国人労働者の賃金への影響を分析している。技能実習生を除けば、同じ雇用形態では外国人労働者と日本人には差異はないこと、外国人労働者比率が高い産業では平均賃金の低下につながっていること、労働需給面では賃金上昇にとってマイナスに寄与すること等から、全体として若干の賃金抑制効果があると推計している。
第6章以降は、海外の外国人労働者受け入れ政策の現状と課題を紹介している。各国の受け入れ策にはかなりの相違があるが、やはり社会的分断などの難しさを伴い、改善に向けて試行錯誤を続けていることが浮き彫りとなっている。オーストラリア(第6章)では、移民政策にある程度成功しているが、その背景に必要な職種や人数を精緻にデータで算出し、政策評価を重ねていることが示唆される。ドイツ、スウェーデン(第7章)の経験からは、移民受け入れのペースのコントロール、就労・居住地域の適切な配分、草の根の取り組みの重要性が指摘できる。シンガポール(第8章)は、低技能外国人労働者を、徹底的に管理して定住化を防ぎ、受け入れの果実を得ているが、人道面の課題もあることを指摘している。韓国(第9章)では、雇用許可制で非熟練労働者を受け入れつつ、社会統合政策を推進しているが、現状でも社会包摂に向けて様々な課題と取り組んでいる実態を紹介している。
各章では、執筆者が担当した調査分析に基づきそれぞれ見解を述べているが、本研究プロジェクト全体を通じて得られた主な課題と政策提言は次の通りである。
外国人労働者に門戸を開いた2019年の政策変更は評価できるが、受け入れ態勢が不十分であり、今後以下のような視点でこの政策を見直しながら改善する必要がある。
第1に、技能実習制度などの既存の在留資格の見直しに十分に手がつけられていない。特に技能実習制度は、本来の目的と離れ、実態として極めて厳しい労働条件で外国人が働いている事例が依然として多く指摘されている。今後は技能実習制度も含め従来の制度を抜本的に見直し、新資格とともに在留資格体系を再編成することが必要である。
第2に、外国人と地域住民の共生を進めるための施策が遅れている。今後、地方自治体と企業が主体的に、外国人が住みやすく、働きやすい環境を速やかに整えることがきわめて重要である。外国人労働者が増えれば将来的には永住権を持つ外国人が増える可能性がある。外国人の生活に不可欠な教育、社会保障などのアクセスやサポートは重要であり、日本人との共生に向けた環境整備、草の根レベルでの地域社会の取り組みが急がれる。
第3に、労働力不足の実態やその充足度などのデータを整え、外国人労働者受け入れニーズを把握して受け入れペースを決め、外国人を雇っている企業の監視機能を高めるなど、定点的に受け入れ政策の評価を実施し改善を推進する一貫した枠組みの整備が必要である。入国管理だけではなく、国として総合的な外国人労働者受け入れ政策の司令塔となる部署を明確化し、責任を持って政策を推進することが求められる。
本プロジェクトにあたっては、お忙しいなか、多くの企業の担当の方々にヒアリングやアンケート調査でご協力をいただいた。厚く御礼を申し上げたい。本報告書が、政策当局、自治体、外国人労働者をすでに採用、またはその検討をしている企業、研究者の方々に少しでもお役に立てば幸いである。
(2019.11.19)
・1章 急増する外国人労働者とどう向き合うか-望ましい受け入れの条件(PDF:1855KB):山田久
・2章 「人手不足と外国人採用に関するアンケート調査」結果-受け入れ拡大に多くが賛成も、制度の改善・国内人材の活用支援の要望(PDF:4170KB):下田裕介
・3章 持続可能な地域創生に向けた外国人住民施策について-新在留資格「特定技能」創設を機に求められる社会統合(PDF:1520KB):高坂晶子
・4章 外国人雇用増加の産業面への影響-総じて産業基盤維持に貢献も、一部で生産性を下押し(PDF:1971KB):山田久
・5章 外国人雇用の増加による賃金への影響-労働需給面で▲0.2%程度抑制も、一段の人手不足が影響緩和へ(PDF:1621KB):下田裕介
・6章 オーストラリアの移民政策の現状と評価-注意深い開国政策による人口増加で成長を実現(PDF:1435KB):翁百合
・7章 ドイツ・スウェーデンの外国人材政策-熟練労働者を市民として受け入れる(PDF:1320KB):山田久
・8章 シンガポールの外国人労働者受け入れ策-徹底した政策の効果と問題(PDF:1472KB):岩崎薫里
・9章 韓国における外国人材政策-共生社会に向け試行錯誤する取り組み(PDF:1441KB):野村敦子