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Business & Economic Review 2010年3月号

【特集2 国民健康保険制度改革】
市町村国保再建の方向性

2010年02月25日 飛田英子


要約

  1. 市町村国民健康保険(市町村国保)には、①被用者保険や生活保護等でカバーされないすべての住民を加入者とする、いわば公的医療保険制度の「ラスト・リゾートとしての役割」、および、②加入者からの保険料収入をもとに安定的に医療給付を行う「保険者としての役割」の二つが求められてきた。もっとも、経済・社会環境の変化を背景に両者を求めることの矛盾が露呈している。すなわち、加入者に占める無職者の割合が半分を超える等、ラスト・リゾートとしての機能が強まるもと、安定的・自律的な保険運営を行うことがより困難になっている。一方、加入者の低所得化に伴って保険料負担が増大する結果、保険料(税)を払えず無保険状態になる者が増えており、ラスト・リゾートとしての役割も十分に果たせなくなっている。

  2. 市町村国保加入世帯のうち保険料(税)を滞納している世帯の割合は、2000年の17.5%から2008年度には20.9%に上昇している。無保険状態になると医療機関の窓口で医療費の全額を支払う必要があるため、無保険者は保険加入者に比べて受診率が著しく低い。このため、持病が重篤化して就労不能になり、最終的には生活保護制度のもとでより高額の医療サービスや生活費を受けることになるケースが指摘されている。この結果、医療保険制度が空洞化して、結果的に社会的コストが増えることになる。ちなみに、現状を放置した場合、市町村国保世帯に占める滞納世帯の割合は2025年度には33.3%に達すると推計される。この場合、医療費に対する税負担は現状維持の場合に比べて1,400億円増加し、市町村国保の赤字は6,400億円拡大する見込みである。

  3. 空洞化の要因には、①保険料を払いたくても支払能力がないという経済的要因、②払い損になるので払わないというモラルハザード要因の他、③公的医療保険制度と生活保護制度の連続性が確保されていないために真の経済的弱者が医療サービスから弾き出されてしまうという制度的要因、等がある。これらのうち、本稿では制度的要因に焦点を当て、市町村国保再建の方向性を検討した。

  4. 市町村国保には相容れない二つの役割が求められており、これが医療制度の空洞化に作用している、空洞化の加速は社会的コストを増やす懸念が大きい、というこれまでの結果を踏まえると、市町村国保再建の基本方針は、公的医療保険制度と生活保護制度の連続性を確保しつつ、ラスト・リゾートと保険者という二つの役割のうちどちらを重視するかを明確にすることと判断される。そこで、以下の二つの典型的なパターンを提案する。
    (1)完全皆保険化案
    ラスト・リゾートとしての役割を重視し、現在生活保護制度でカバーされている被保護者を市町村国保に吸収する。具体的には、生活扶助に市町村国保の保険料(税)相当分を上乗せし、被保護者はその保険料(税)を市町村国保に支払うことにより市町村国保の加入者となる。ただし、経済事情を考慮して被保護者の自己負担は生活保護から医療扶助として現物支給するものとする。この案では、被保護者を含むすべての国民が何らかの公的医療保険制度に加入することになる。その意味で真の国民皆保険が達成されることになる。
    (2)福祉医療制度分離案
    市町村国保が慢性的に赤字なのは、社会的・経済的弱者の受け皿となっており財政力が弱いためである。そこで、保険料(税)をフルに払っていない軽減世帯を分離して市町村国保財政の健全化を図る。一方、軽減世帯は被保護者と合わせて新しく創設する「福祉医療制度」の対象とする。いわば日本版メディケイドである。福祉医療制度の加入者は、所得に応じて軽減された加入料を支払い、不足分は公費医療として税で賄われる。自己負担はゼロとする。また、福祉医療制度は保険制度ではないので、後期高齢者支援金や前期高齢者に係る財政調整の対象外となる。なお、福祉医療制度と市町村国保のどちらに属するかは、現在の軽減世帯の判定と同様、事前の所得申請により自動的に決定されるものとする。

  5. 完全皆保険化案と福祉医療制度分離案を比較すると、まず財源構成については完全皆保険化案で保険料のシェアが拡大する一方、福祉医療制度分離案では税への依存が強まる結果となる。次に、両案のメリット・デメリットについては、まず完全皆保険化案では、これまでの無保険者が保険者による保健指導の対象になるため、持病の重篤化から就労不能に至るルートの遮断というメリットが期待される反面、市町村国保の財政圧迫や被用者保険への追加コストの発生が懸念される。一方、福祉医療制度分離案では、市町村国保や被用者保険の財政にプラスとなるものの、追加税負担をどこから手当てするか、福祉医療制度加入者への保健指導をどう確保するか、等の課題が指摘される。

  6. これら2案は極端なケースであり、ともに非現実的との批判もあろう。しかし、現状維持の場合には相反する二つの役割を追い求める結果、虻蜂取らずの状態に陥る懸念が大きい。医療サービスは国民生活にとって必需財であり、公的医療保険制度は国民が安心して医療を受けることを保障する基礎的な社会資本である。この意味で、ラスト・リゾートとしてすべての国民を網羅する市町村国保の持続可能性の確保は国民共通の課題といえよう。ラスト・リゾートと保険者のどちらの役割を重視するか、今後全国民ベースでの議論が展開されることを期待したい。
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