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Business & Economic Review 1995年11月号

【PLANNING & DEVELOPMENT】
A氏の決断-中高年就業の選択肢-

1995年10月25日 社会システム研究部 高齢社会研究チーム 高橋克己、社会システム研究部 高齢社会研究チーム 前田恵美


企業幹部のA氏は介護家族を抱えたのを機 に高齢社会のあり方に関心を寄せはじめた。 A氏は介護サービス等の様々な局面でビジネ スで鍛えた決断力を発揮しようと試みるが、 高齢社会においては選択肢が余りに少ないこ とを思い知らされる。(95年9月号参照) 一方、自分の周辺に目を向けると中高年の 就業環境は厳しさを増している。A氏の世代 は昭和30年~40年代の高度成長時代を若手社 員として過ごし、我が国の経済成長の牽引役 を果たしてきた。この層は団塊の世代を中心に絶対数が多く、社会的な存在感が大きい世代でもある。また、終身雇用制や年金制度が 堅持できるか否かのボーダーラインにあり、 戦後社会の過渡期世代に当たる。太平洋戦争 (1941年)から戦後の混乱期を脱する1950年 (朝鮮戦争勃発年)の10年前後に生まれた人達が中高年となって社会の前線に立っている。長寿世界一になろうとする今日、残された人生を豊かにするための選択肢は用意されて いるのかA氏は先行きを思案した。

1.中高年者を取り巻く環境変化

中高年サラリーマンの増加

産業の空洞化が懸念されている。我が国の 基幹産業である製造業が縮小し、雇用への不 安が増している。企業は高度成長期に大量の 人材を採用したが、安定成長期に入ると大量 採用時の年齢層が人事構成上での軋みとなっ てきた。時あたかも戦後生まれのベビーブー マー達が、団塊となって企業内で中高年期に 入ろうとしている。

今年60歳になる男性は80万人弱であるが、 10年後には 110万人以上になる。マクロ的な 視点からは、社会保障費の低減を図るために も(現行制度では収入に応じて年金支給額が カットされるため高齢期に入っても仕事を続 ける人が多いほど年金の歳出を削減できる) 、日本の経済成長を押し上げるためにも高齢 者に働き続けてもらった方がいいという意見 がある。しかしミクロ的な視点からは、生産 性を上回る賃金を支払う年功的な給与体系下 で、企業は中高年の雇用にためらいを感じざ るを得ない。

中高年対策の現状

日本人事行政研究所が平成6年に東証一 部上場企業中心に行ったアンケート調査結果 によると、管理職の削減の余地ありと考えて いる企業が多く、加えて今後の雇用調整の重点項目の筆頭として関連企業等への出向を挙 げている。(図表1)

企業における中高年対策は今に始まったこ とではなく、特定の業界で従前から繰り返さ れてきた。鉱業や水産業、造船、海運、鉄鋼 業等の一時代を築き上げた花形産業が衰退期 に入るときには、新規採用の抑制に始まり、 やがて中高年の出向という道を辿ってきた。 ただし、現在直面している中高年の雇用問題 には、かつての花形産業のリストラと次の点 で相違がある。

ひとつは戦後生まれの団塊の世代が中高年 期に入り、その絶対量の大きさがかつての限 られた業界内での雇用調整と比較にならない ほど大きい点である。高度成長期に採用した 中高年が突出した構成比を占めている企業も 多い。1業種の問題ならば他の成長産業で吸 収できた。しかし、今や全ての産業で中高年 を抱え込んでいるために、他の業種への転出 は望めない状況にある。

2つ目は社内電子メールの普及に象徴され るように企業が組織のフラット化や小さな組 織への志向を強め、管理職という職種自体が 存在意義を問われている点である。長期的に は専門職化や年功序列型の給与体系の見直し 等により、中高年イコール管理職、高給与と いう枠組みが変化すると考えられるが、短期 的には中高年管理職の余剰感に拍車がかかる 可能性が強い。

3番目は年金支給の65歳支給への移行にと もなう定年延長に対応しなければならない点である。平成10年4月からは60歳定年が義務 化され(現在は努力義務)、本年4月からは 65歳までの継続雇用の指導が強化されている 。65歳定年制の一般化に向けて、企業は処遇 も含めて中高年にどのような仕事に就いても らうかを真剣に検討する必要に迫られている 。10年後には団塊世代がこの年齢に達するか らである。

つまり、これからの中高年の雇用は、出向 等の外部依存が難しい環境下で中高年層が滞 留し、かつ滞留期間が長期化することを意味 している。

2.企業人の就労に対するニーズ

最近、中高年層の独立志向が目立っており 、新規開業に占める中高年の割合が半数近く に及んでいる。独立しないまでも飲食店をや ってみようとか晴耕雨読の生活をしたい等の 今までの職務内容・ライフスタイルと異なる 生活を夢想する人は少なくない。

当社は中高年の就労に関する意識と企業に 求める支援措置を探るため、本年8月に東京 、神奈川の有力企業の管理職を中心にアンケ ート調査を行った。経営サイドを対象とする 調査は多いが、被雇用者向けは少ないので、 以下、参考までに概要を紹介する。

定年後の就業希望

定年後も何らかの仕事に就きたいとする人 は過半数を超えており、フルタイムの仕事を したいとする人も 1/4ある(注)。注目すべ きは、再就職を望むよりも何らかの形で独立 することを望む人の方が多いことである。現 時点では、企業も行政もホワイトカラーOB に対してニーズに合致した就業機会を提供し 切れていないがの実情であるが、本調査結果 は次の2課題を提起している。
タイムシェアリングの形態等も含めて、退 職者の受入れ体制を整備する必要がある点
希望職種は趣味的なものまで多岐にわたっ ており、このようなニーズに対応する社会 環境を整備する必要がある点
3.中高年の選択肢

効率と成長を価値基準とした社会経済シス テムが危機に瀕する今日、企業は労働力とし て人材をとらえるという考え方を見直す必要 に迫られている。すなわち、中高年層の企業 内における比率が高まる中で、社会システム の一要素として企業をとらえ、企業を構成す る従業員を社会的な存在として自立させる方 向を模索する必要に迫られていると言える。

これには企業サイドからの働きかけと併せ て行政サイドからの働きかけも必要としてお り、このために両者相まって中高年層に対す る選択肢拡大に努めることが必要である。

以下では、このような視点から中高年対策 を社会システムとの関連から考察し、提案す る。

企業・行政のインキュベーター機能

産業振興においては技術シーズを持つ人に 場所・資金・情報を提供するビジネス・イキ ュベーター機能が提供されている。スモール ビジネスを育成するためには何らかの助成措 置が求められるものであり、中高年が独立し て新たな事業を興そうとするとき、インキュ ベーターに似た仕組みを提供することを検討 すべきだ。収益はあがらなくとも、中高年社 員がチャレンジ精神を発揮し得る事業フレー ムを整備するのも行政や社会的公器としての 企業の務めである。

インキュベーション・センター

中高年が持つのは、技術シーズというより は「経験・人脈シーズ」といったものである 。技術シーズのように事業化するまでに時間 を要せず、即、事業化が可能である。当社ア ンケートでも、定年後は専門性を活かした独 立の要望が強い。この層に求められるのは、 願望を実現化するための仕掛け(きっかけ) づくりである。このような仕掛けは行政と企 業が手を携えて社会システムの中でビルドイ ンさせるものであると考えられる。

この仕掛けを民間が自発的に行っている例 がある。ここでは定年後に独立したい人達が 集まれる場所(オフィス)を提供し、互いに 有望ビジネスや事業化手法等の情報交換を行 いながら、意を同じくする人達で企業化を図 る方法をとっている。この方法は、意見交換 中に事業化のポイントが見えてくる点と顧客 開拓の際に仲間内の人脈を利用できる点がメ リットとなる。実際に企業化まで辿り着くの は少数であり、一人でも多くの起業家を生み 出すためには、優秀なコーディネーターの存 在が不可欠である。

この場所貸しシステムに技能のブラッシュ アップ研修や会社設立の手続き等の情報提供 を加えれば、独立はしないまでもパートナー 社員として起業化に参加したり専門職として 再就職する際にも対応できる。当社が計画づ くりを手伝ったK県の福祉センターでは情報 提供機能も加えた企業OB用のビジネスイン キュベーターを試みる予定である。国や地方 自治体が主体となってこのような試みを真剣 に検討する必要がある。

物づくり支援

ホワイトカラーの中には物づくりにチャレ ンジしてみたいという人も少なくない。某上 場企業は岡山県に農地を確保し、中高年社員 の就農を支援している。これをさらに進めて 、農業公社方式で企業と個人が農場を経営す る方式にすれば、個人負担が少なくなりチャ レンジする中高年も増えるはずだ。中高年の 手作りパン屋の設立をバックアップしている 団体もあるが、これなども企業や行政が支援 する方式であれば希望する中高年も少なくな いと考えられる。

物づくりは興味を持っても経験不足等のリ スクが大きいので迂闊に手を出せない分野だ 。企業・行政の支援も一にリスク分散を図る ことにある。先に紹介した当社実施のアンケ ート調査では農村移住の要望も訊ねているが 、農村への移住意向のある人 (22%) が希望 する支援策は「土地、建物等の低料金での貸 与81.8%) と「農業公社等の共同で運営す る仕組み45.5%)に集中しており、新世界 へのチャレンジを促すためには企業や行政が 個人のリスクを減らす措置をとることが肝要 だ。

インキュベーター・コンソシアーム

前2者は個人の独立を行政や企業がバック アップする仕組みだが、さらに企業が主体的 な立場で関与する方式を提案したい。

個別企業においては社員と企業の共同出資 方式等が既に試みられているが、この方法の 欠点は在職中の序列を新設会社にも持ち込ん でしまう点や社員・企業の双方とも甘えの構 造を断ち切れない点にある。そこで複数社が 特定のテーマのもとに人(独立志向の中高年) と金(資金)を持ち寄り、共同で新たなビジ ネスを展開する方法を提案したい。分かりや すい例は、技術者集団の請負会社や事務のア ウトソーシング会社である。複数社で共同事 業化のメリットは、各社のシーズを組み合わ せることで投資コストを抑えたり、市場開拓 に各社のポテンシャルを利用できることにあ る。

これらの会社は独立採算を旨とし、親会社 以外にも顧客を開拓して収入を得る。社員は 全員、パートナー扱いで、働きに応じて給与 を決める。働きのいい人は前職を上回る 収入を得られる。収入にこだわらない人は、 仕事を減らしてもかまわない。社員の出資金 は退職金上乗せ等で賄う。仮に、最低賃金分 も働かない人が出現した場合は、元の会社が 責任を負う形式にすれば、元会社が無尽蔵に 人を送りこむのを牽制できる。

この形式で推薦したいのは、技術系もさる ことながら、企業人の人脈・経験を売るビジ ネスである。中高年ならではの人脈を活かし て中小・中堅企業の製品の販路開拓等を行う ビジネスを開拓することは、単なる就業のた めの仕事から社会的意義にまでビジネスを昇 華させる意義を持つ。

社会活動下の事業展開

企業の最前線にいた人が福祉分野に進出す る例も散見されるように、ビジネス社会以外 で豊富な経験を持つ中高年を求めている分野 も多い。前節で述べたように、高齢社会を支 える体制を築き上げるためには個人も企業も 行政も新たな視点での取組みが必要である。 以下は中高年の受入先というよりも、個人・ 企業と社会の関わりという視点から提案した い。

ボランティア活動

阪神・淡路大震災を契機にNPO (非営利 組織) 活動の促進が国家的課題として認識さ れはじめたが、NPO活動活性化のためには 個々のボランティアの指揮や予算管理を行う 事務局機能の充実が不可欠である。この業務 のためには管理職は打って付けの人材である 。NPO活動の事務局は専従者でないと勤ま らない側面があり、今後NPO活動が普及す れば、中高年が有償専従者として参画する場 が拡がるだろう。

企業が社会貢献の一環として一定期間、管 理職をNPO活動に出向させる方法や、福祉 分野等への転出を図る社員に対して一定の間 給与保証する等の方法が現実的であろう。

学校教育

中高校の教師としてビジネスマンを期間を 定めて受け入れる方法も検討すべきだ。学校 は他社会との人的交流が少なく、独自の論理 が横行している点も否めない。教師の何割か を外部から受け入れることは教育現場の活性 化につながるだろうし、実社会の経験に基づ いた教育は生徒達にとってもプラス面が多い はずだ。大学レベルでは教職にビジネスマン の受入れが積極化しているようだが、中高校 レベルでも柔軟化を望みたい。

海外技術支援

発展途上国の技術指導は中年海外協力隊等 が実施しているが、戦後50年の節目に企業自 らが取り組む姿勢が求められる。生産管理等 の分野で日本のノウハウを求めている国は少 なくない。企業や国が給与面の支援を行えば、 中高年技術者の豊富な経験が世界の役に立つ。  海外技術支援に限らず、中高年社員の能力 を社会や世界に提供することは単に社会貢献 にとどまらず、社員の視野を広め、地域社会 や世界中から企業、日本が支持される効果を 持つ。

4.結び

最後に上記の施策を企業や行政が展開する 必然性について記したい。特に企業にとって は負担が重く見えようが、次の2点において 事業意義を見い出すことができよう。ひとつ には(本提案は人減らしが目的ではないので 本旨ではないが)中高年が独立等の道を選ぶ ことにより生涯年収の削減効果があり、もう ひとつには能力も見識もある人材を社会に還 元することにより企業の社会的な役割を果た すことができる点である。後者については、 社員と企業と社会の関わりという視点で考え るべきであることは先に述べた。

次に行政は雇用を守ることを最優先事項と しており、個人の意向や仕事の内容といった点が後回しになっている。ひとつの例がシルバー人材センターと呼ばれる退職者のための職業提供機関であるが、ホワイトカラーのOBが就くような職種は見当たらない。各省庁 がさまざまな高齢者施策を打ち出しているが、中高年の起業家支援に関するものは見当たらない。中高年層と社会ニーズを結び付ける仕組みができておらず、貴重な人材(社会資源)を無駄にしている。本文中にも示したNPO活動や学校教育と中高年を結び付けることは難しいことではないはずだ。中高年対策は古くて新しい問題だが、成熟社会になろうとする今日、真に豊かな社会を目指す上で新しい社会システムを築く必要に迫られているのである。
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