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Business & Economic Review 1995年11月号

【ECONOMIC OUTLOOK】
景気展望(95年秋)

1995年10月25日 調査部


要約

わが国経済は、本年入り以降低迷状況が持続。
・ マンション販売の一巡等を背景とした住宅投資の落ち込み
・ 阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件等によるマインドの悪化を背景とした 個人消費の低迷
・ 円高・海外生産シフト、アジア市況の悪化等を背景とした輸出減少
こうしたもとで、鉱工業在庫が全品目わたって急激に積み上がっており、生産活動が大きく抑制されざるを得ない状況。
・ 生産予測指数によれば、95年7~9月期は前期比▲ 2.6%と、93年10~12月以来7四半期振りのマイナスとなる見通し。
・ 8月調査の日銀短観でも、企業マインドが1年9カ月振りに悪化。
今後を展望すると、生産調整を余儀なくされるもとで、少なくとも年内いっぱいは景気の足踏み状況が持続する見込み。
・ 在庫率が前回不況期の平均を上回る水準まで上昇
・ 軟化傾向にある国内市況対策としての減産
・ 海外生産シフトに伴う輸出代替・海外市況対策としての輸出抑制
その後は超円高・株安の是正という環境変化のもとで、次のプラス作用が徐々に顕在化するとみられ、年明け以降、わが国経済は持ち直し傾向に転じる見通し。
・ 9月8日の公定歩合引き下げを含む金融緩和の累積的効果や累次の公共事業の積み増し効果が顕在化。
・ とりわけ、9月20日発表された経済対策のGDP押し上げ効果は 1.6%と試算され、景気下支えに大きく寄与
・ 一時的悪影響の減衰による消費性向の持ち直しや、パソコン関連消費が個人消費を下支え
・ 収益環境の好転、情報関連投資の盛り上がり等から、設備投資が緩やかな回復傾向に
もっとも、景気の回復力については、各種構造調整が依然途半ばであることを 勘案すると、極めて緩やかなものにとどまる見通し。
・ 厳しい産業構造調整が持続するもとで、「履歴効果」による海外生産シフト ・輸入増加の持続、取引慣行見直し等を背景とした中小企業への波及効果低 下、等により、円高是正のプラス効果は相当減殺
・ 依然として大幅な内外価格差が残存するもとで、価格破壊の動き等を背景に 国内物価の押し下げ圧力は根強く、企業交易条件の悪化傾向が持続する可能性
・ 企業の収益体力が引き続き脆弱なものにとどまるなかで、雇用・賃金に対す る企業の厳しい姿勢に当面大きな変化は見込み薄
こうした状況下、政策に残された課題は、まず今回の経済対策の円滑な執行を 図ること。さらに、景気の本格回復のためには、経済構造改革の一層の推進に向けて最大限の努力を傾注する必要。具体的には、金融機関の破綻処理の早期具体化、規制当局の情報開示を嚆矢とする規制緩和の断行、市場原理・国際標準体系との調和の観点からの税制改革の断行、等に着手することが喫緊の課題。


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1.わが国経済の現状

(1)本年入り以降低迷が持続

わが国経済は、93年10月を底に景気回復傾向を続けてきたものの、本年入り以降低迷状況が持続している。すなわち、昨年中の景気回復を牽引してきた住宅・消費・輸出の3分野に、相次いで変調がみられている。

第1に、住宅建設の落ち込みである。新設住宅着工戸数は94年4~6月期の 160万戸(季節調整値)をピークに7~9月期以降減少傾向に転じ、95年8月には134万戸まで落ち込んでいる(図表1)。こうした住宅建設の不振は、利用関係別にみると、貸家建設で93年半ば以降の低迷状態が依然続くなかで、これまで住宅建設の増加をリードしてきたマンション需要が一巡し、持ち家も92年以降の底堅い増勢から95年4~6月期以降は前年比マイナスに転じる等、住宅建設の3本柱がすべて牽引力を喪失したためである。

第2に、個人消費の低迷である。1月17日の阪神・淡路大震災、3月初以降の急速な円高・株安の進行、3月20日の地下鉄サリン事件等、本年入り以降相次いで不測の事態が発生するもとで消費者マインドが悪化し、95年1~3月期の実質個人消費支出(GDP統計ベース)は前期比年率 0.4%と伸び悩んだ。ちなみに、家計調査における被災地域の全世帯家計消費支出をみると、95年1~3月期には、前年比二桁の大幅なマイナスを記録している。また、この時期、勤労者世帯の消費性向が大きく落ち込んでおり、消費者マインドの落ち込みを示唆する形となっている(図表2)。もっとも、95年4~6月期には、消費性向が持ち直すもとで、実質個人消費支出(GDP統計ベース)は前期比年率 3.3%の増加に転じている。ただし、被災地域での消費活動は、依然個人消費回復の足枷になっていた模様である。

第3は、輸出の低迷である。95年3月初以降の急速かつ大幅な円高進行や、本年入り後の米国景気減速等を背景に、本年春頃以降、わが国の輸出数量は頭打ちから減少傾向に転じている(図表3)。地域別にみても、乗用車を主因に米国向けがとりわけ大きく落ち込んでいることに加え、総じて好調が持続してきた東アジア向けも勢いが弱まっている。この背景としては、米国景気減速を受けて輸出余力が生まれた欧米素材メーカーがアジア向け輸出を増やしたこと、等の影響で素材関連のアジア市況が悪化傾向にあり、輸出企業が市況対策として輸出数量を抑制しているとの事情がある。

(2)抑制される生産活動

こうしたもとで、鉱工業在庫が全品目にわたって急激に積み上がっており、当面の生産活動が大きく抑制されざるを得ない状況にある。

すなわち、縦軸に在庫の前年比伸び率、横軸に出荷の前年比伸び率をとった在庫循環図をみると、鉱工業全体で95年7~8月には、「積極的な在庫積み増し局面」から景気後退期入りを示唆する「意図せざる在庫積み上がり局面」に入っている。財別にみると、昨年後半以降の住宅建設の落ち込みや阪神・淡路大震災の復興需要を期待した増産等を映じて、いち早く建設財が1~3月期に「意図せざる在庫積み上がり局面」に移行した後、4~6月期には資本財が、さらに7~8月には、生産財、消費財が45度線を左上に突き抜けており、すべての財分野で在庫調整局面入りの可能性を示唆する状況にある(図表4)。

こうしたなかで、鉱工業生産は4月に前月比 0.9%のマイナスに転じた後、5月に同 0.5%マイナス、6月も同 0.7%マイナス、さらに7月には同 2.7%の大幅マイナスとなり、4カ月連続して前月比で減少した。ちなみに、戦後わが国経済でこれまで4カ月以上連続して生産がマイナスとなった局面は、?第一次石油危機後の不況期、?第二次石油危機に続き世界同時不況の外的ショックが重畳的にわが国経済を襲った景気後退期、?前回のバブル不況期、の3回だけであり、いずれも深刻な景気後退期であった(注)。もっとも、8月には7月の大幅な減少に対する反動から前月比 2.4%増加した。

(注)生産が前月比4カ月連続マイナスとなった時期とその期間は次の通り。
第一次石油危機後:74年6月~75年3月<10カ月>
第二次石油危機後:80年5月~80年8月<4カ月>
前回バブル不況期:91年12月~92年5月<6カ月>、92年10月~93年1月<4カ月>

2.今後の展望

(1)年内は足踏み状態が持続

(イ)今後を展望すると、当面は生産活動が弱含みで推移するもとで、景気の足踏み傾向が持続する公算が大きい。

第1に、在庫率が急上昇するなかで在庫調整の必要性が高まっている。8月の鉱工業在庫率は116.4と前回不況期(91年4月~93年9月)の平均(115.2)を上回る水準にある。過去の在庫率と生産伸び率の関係をみると、在庫率が110~115の水準まで上昇すると生産が前年比でマイナスに転じており、こうした関係が繰り返されるとすれば、今後当面の間、生産が減少基調で推移する可能性が大きい(図表5)。

第2に、素材関連の国内商品市況が悪化傾向を脱していないなかで、市況対策としての減産が継続される見通しである。本年入り以降下落基調にあった国内商品市況は7月以降底入れの兆しが窺われるものの、その主因は綿糸・生糸・大豆等の農産物や繊維関連素材が中心であり、鋼材を中心とした加工用素材市況は総じて低迷状態を脱し切れていない。こうした状況下、鉄鋼各社を中心に国内素材メーカーは、当面生産抑制姿勢を維持する見通しである。

第3に、輸出の減少傾向が生産抑制要因として作用する公算が大きい。既にみたように、アジア市況は米国景気減速等を背景に軟化傾向にあり、当面、市況対策として鉄鋼・化学を中心に素材輸出は抑制される傾向にある。また、自動車分野では、既往円高の影響や北米での増産を柱とした「グローバルビジョン」実行に向けての海外生産シフト等から、今後とも輸出減少基調が持続する見通しである。こうした輸出減少を主因に、7~9月期の自動車国内生産台数は前年比 7.2%、10~12月期には 9.2%のそれぞれマイナスとなる見通しである(図表6)。

(ロ)それでは生産の回復が見込めるのはいつ頃であろうか。

この点をみるために、出荷と生産を説明変数とする在庫関数を推計し、在庫調整終了期のシミュレーションを行った。想定としては、生産の伸びについては、9~10月については生産予測指数を使用し、11月以降は前月比横ばいとした。また、出荷の伸びは、9月は大幅に伸びた前月の反動から前月対比横ばいになるとし、その後10月以降は、直近の景気回復局面である93年10月以降94年12月までの平均伸び率(前月比+0.5%)とした。この場合、95年10~12月期には、在庫の前年比は7~9月期の 3.2%から 2.3%まで低下するものの、出荷の前年比は 1.1%にとどまり、依然在庫調整の必要性が残ることになる。もっとも、96年1~3月には在庫の前年比は▲3.1%まで低下し、出荷の前年比(2.6%)がこれを上回り、在庫調整は終了する見通しである(図表7)。以上より、今年いっぱいは在庫調整局面が持続する公算が大きく、生産活動が回復基調に転じるのは、年明け以降に持ち越されるものと判断される。

(2)デフレ突入は回避

(イ)一方、夏場以降、超円高が是正されるもとで、明るい材料も生まれてきている。

日銀は、7月7日に公定歩合水準を下回る異例の短期市場金利の低め誘導を実施し、さらに、行き過ぎた円高修正に向けて米独当局との協調介入を断続的に行った。この結果、円ドル相場は8月16日以降90円台後半のレンジへシフトし、現在では100円を挟む水準で推移している。加えて、株式市況も円高修正を受けて急速に上昇し、8月16日には1万8千円台を回復した。

こうした為替・株式市況の変化は、単に資金調達や輸出企業へのプラス影響等、直接的インパクトにとどまらず、企業や消費者のマインド改善を通じて景気に好影響を及ぼすことが期待される。

こうしたなかで、以下のファクターを考慮すれば、現在の円相場水準を前提とする限り、年明け以降景気は持ち直し傾向に転じることが期待できる。この結果、春先以降懸念が高まっていたデフレスパイラル突入という最悪のシナリオは、水際で回避されよう。

(ロ)第1は、本年春以降の積極的な財政・金融政策の効果である。すなわち、財政政策面では、既に成立した2つの補正予算による公共投資追加の効果が顕在化してきている。政府は、阪神・淡路大震災後、その復旧に向けて間断なく94年度第二次補正予算を作成し、次いで5月19日には復旧事業に加え円高対策の観点から95年度第1次補正予算を策定した。

こうした積極的な財政政策を反映して、公共工事請負金額は、近畿圏での増加を主因に本年4~6月期に前年比 4.0%のプラスに転じた後、7~8月には同 6.1%と増勢が強まっており、被災地での復旧事業を中心に積極財政の効果が顕在化しつつある(図表8)。さらには、9月20日発表された経済対策の実施により、今後来年度にかけても公共投資の大幅な増加が持続することが期待される。今回の経済対策は事業規模が14兆2200億円、うち景気浮揚に寄与する追加的な需要創出額は 6.6兆円に上るとみられ、対策の規模としては予想を上回る史上最大級のものとなった。

もっとも、補正予算成立は10月半ば頃であり、その後の入札・査定等執行に至るまでの諸手続きを勘案すると、その景気浮揚効果が顕在化するのは年明け以降とみられる。そこで、年度内執行率を25%とすれば、95年度実質成長率を0.4%ポイント、96年度を1.2%ポイントそれぞれ押し上げると試算され、その効果は来年度に多く出現すると判断される(図表9)。

また、金融政策面では、4月14日の公定歩合引き下げ(1.75→1.0%)および7月7日の低め誘導による効果に加え、9月8日の公定歩合の追加引き下げ(1.0→0.5%)の景気浮揚効果が期待される。ちなみに、今回の公定歩合引き下げの効果をマクロモデルによって試算してみると、本年度成長率を 0.1%ポイント押し上げるのと結果が得られる。

(ハ)第2は、個人消費の持ち直しが期待されることである。

まず、最近の消費動向を仔細にみると(図表10)、旅行取扱高が、94年半ば以降増加傾向から95年1~4月には前年比マイナスとなっていたものの、5月に同 3.8%と再び増加に転じた後、7月まで3カ月連続で前年を上回っている。さらに、耐久財消費についてみると、家電量販店販売額やVTR・カラーテレビの出荷台数では、引き続き94年半ば以降の増勢が続いている。家電量販店販売では、とりわけ、パソコンの本体および周辺機器の売上が好調であり、93年後半以降、前年比2~5割の増加ペースが続いている 。

こうした背景には、各社がマルチメディア・パソコン等新製品を低価格で次々に投入していることに加え、主要耐久財が買い換えサイクルに入っていることが指摘できよう。また、チェーンストア・百貨店売上高は依然として前年割れが続いているものの、マイナス幅は縮小傾向にある。

こうした個人消費持ち直しの背景には、本年に入り、不測の事態を背景に大きく冷え込んだ消費者マインドが、春以降、不安心理の減衰に伴い持ち直しに向かい始めたことが作用している模様である。家計調査によると、勤労者世帯の消費性向は、91~94年の74~75%前後の水準から2月に69.0%へ大幅に低下した後、4月の71.5%を経て5月には75.1%に上昇し、6月にはいったん低下したものの、7月には78.1%まで急上昇している。

もっとも、消費性向の持ち直しに過度の期待は禁物である。7月の消費性向の急上昇は非消費支出の増加によるところが大きい。すなわち、消費水準が一定であれば、非消費支出の増加は可処分所得の抑制を通じて消費性向の上昇に作用するが、今回の場合、 厚生年金等の保険料率が引き上げられたうえ、賞与からの徴収が本年夏季賞与から開始された結果、7月の社会保険料支払額が前年対比大幅に増加した、

2兆円の特別減税について、その上限として年間7万円の制約が付された結果、一転して所得・住民税負担が増加した、という事情があった。

さらに、こうした要因を除いた消費性向の持ち直しについても、それが消費者マインドの回復によるものか否かについては、注意深く見ていく必要がある。すなわち、経済企画庁の消費動向調査によると、消費者マインドを示す消費者態度指数は、94年12月の45.9をピークとして、95年3月に44.1、さらに95年6月には40.9へ大幅に低下した。ちなみに、この95年6月の水準は、前回景気拡大期の水準(47.3)を大きく下回り、前回景気後退期(40.8)とほぼ同じ低さである。

(ニ)第3は、設備投資の持ち直しである。

まず、収益面では、今年度企業業績は、円高是正を受けて、東証一部上場企業ベースで前年比15%前後の増益と、昨年度よりも増益幅が拡大する見通しである。こうした状況下、市場金利の低下が相俟って投資採算が改善傾向にあり、設備投資回復に向けての環境が整ってきている(図表14)。ちなみに、企業に対する各種アンケートをみると、総じて95年度の設備投資は、製造業の回復を主因に前年比プラスに転じる計画となっている(図表11)。

こうした状況を映じて、既に設備投資に動意がみられる。設備投資の先行指標とされる受注統計をみると、機械受注・建設工事受注とも本年4~6月期には前年同期比2桁増となっている(図表12)。すなわち、機械受注(船舶・電力を除く)は、94年半ば以降増勢に転じ、95年4~6月期には同14.2%増加した。一方、建設工事受注(民間、除く住宅)は本年3月以降増勢に転じ、4~6月期には同14.2%増加した。

こうした動きを映じて、95年4~6月期のGDP統計ベースの実質設備投資は前期比年率10.3%の大幅増加となった。もっとも、機械受注見通し(船舶・電力を除くベース)によると、7~9月期には4~6月期の反動から前期比10.9%減と大幅なマイナスに転じる計画となるなかで、7月実績は前月比で 6.3%減小しており、今後、設備投資が一本調子に急回復していくとみるのは早計であろう。また、資金調達に際し外部借入を抑制し、設備投資額をキャッシュフローの範囲内に抑えている点にも、企業の投資に対する慎重姿勢が窺われる。すなわち、経常利益の50%を利益の社内留保分とし、これに減価償却費を加えたものをキャッシュ・フローとして、設備投資額と対比してみると、94年4~6月期以降、キャッシュ・フローが設備投資額を上回っている状況が持続している(図表13)。

(3)構造調整が景気回復の足枷

(イ)以上みてきたように、年明け以降、わが国の景気は持ち直し傾向に転じると予想されるものの、各種構造調整は依然途半ばであり、本格回復への途は遠いといわざるを得ない。以下の要因を考慮すれば、民需の回復テンポは極めて緩やかなものにとどまる公算が大きい。

第1に、厳しい産業構造調整が持続するもとで、円高是正のプラス効果に多くは期待できない。マクロモデルによって円高是正の95年度わが国経済に及ぼす影響を試算してみると、下期の円相場が1ドル95円のケースでは、実質GDPが 0.3%ポイント、企業収益は 2.3%ポイント押し上げられる一方、1ドル 100円では、実質GDPが 0.5%ポイント、企業収益は 3.2%ポイント押し上げられるとの結果が得られる(図表14)。しかし、以下の理由により、円相場変動の実体経済への影響には非対称性が存在するとみられ、試算結果は割り引いて勘案する必要があると判断される。

まず、「履歴効果」により、既に計画済みの海外生産シフトが中断されたり、輸入の増勢が弱まる可能性は小さい。7月半ば以降、行き過ぎた円高の修正が進むなかで、限界的には、円高による海外生産シフトの動きは弱まる方向にあるとの判断も可能であろう。

しかし、本年2月調査の経済企画庁「平成7年企業行動に関するアンケート調査」によると、調査時点での円ドル相場が 98.24円とほぼ 100円水準であったなかで、中期的対応策として、一段と国内設備投資や雇用を抑制し、輸入品を活用する一方、国内下請け企業ヘの発注量の減少を図る等、生き残りを賭けた企業の厳しい姿勢が浮き彫りになっている(図表15)。加えて、今後現地生産の本格的な立ち上がりや現地調達の拡大が進むとみられること等を勘案すると、輸出の伸び悩みは今後とも持続するとみられる。こうした状況下、今後現地法人からの逆輸入の一層の増加も予想され、輸入製品の国内市場シェア、すなわち製品輸入浸透度は一段と上昇する公算が大きい(図表16)。

さらに、取引慣行の見直し等を背景に、大企業を中心とした輸出企業の収益好転が、中小企業の業績改善に直結しなくなっている。すなわち、バブル崩壊後、生産系列・流通系列等日本型取引慣行の是正が進展するもとで、大企業を中心に海外生産・海外調達へのシフトが進行しており、円高是正に伴う大企業の収益好転の波及効果の多くが海外に漏れていく可能性が高い。ちなみに、円高是正がある程度定着しつつあった8月29日に通産省が実施した、円高是正の中小企業へのアンケート調査をみても、今回の円高是正が経営の好転につながるとみる中小企業経営者は、輸入品競合型産地では11.8%、輸出型産地・下請け中小企業では、ともにわずか2%強の割合にとどまっている(図表17)。

(ロ)第2に、依然として大幅な内外価格差が残存するもとで、国際価格とバランスのとれた水準に向けて国内価格の調整が持続する公算が大きく、今後とも名目ベースの低迷状況が容易に払拭されないとみられる。

こうした情勢下、円高是正による過度の物価下落圧力の減殺効果はあるものの、基本的には価格破壊現象自体は従来通り続いている。まず、物価の推移をみると、次の通りである(図表18)。消費者物価については、公共料金は昨年末以降際立って上昇しているものの、これを除いたベース、いわば、民間ベースの消費者物価では、これまで上昇ペースが一貫して鈍化してきた。ちなみに、月次の振れが大きい生鮮商品を除くベースでみると、民間ベースの消費者物価は、95年2月に前年同月比0.03%のマイナスに転じた後、3月同 0.2%マイナス、4月同 0.3%マイナス、5月には同 0.5%のマイナスへと下落傾向が徐々に強まっていた。もっとも、6月以降では、その下落テンポが横ばい傾向に転じている。一方、円安進行による輸出入物価の上昇を主因に、8月の総合卸売物価のマイナス幅は縮小したものの、国内卸売物価は▲ 0.9%と、前月(▲ 0.8%)からマイナス幅が拡大している。

こうした動きを反映して、企業サイドからみると、非製造業を中心に交易条件の悪化傾向が持続している(図表19)。すなわち、小売業、とりわけ耐久消費財の分野では、消費者物価が卸売物価を上回るペースで低下する逆転現象が依然として続いている。一方、サービス業でも、情報サービス業等、人的サービスが業務の中心となっている業種が多いため、賃金とサービス価格の動向を対比してみると、94年入り以降、賃金の伸びがサービス価格の伸びを大きく上回る状況が続いている。また、製造業では、7~8月には産出価格の低下ペースが投入価格を下回り、交易条件の回復の兆しもみえるが、94年入り以降は基本的には横ばい圏内にある。さらに、円高是正に伴い輸入物価の上昇が予想されることから、今後、交易条件は再び悪化する可能性もある。

(ハ)第3に、企業の収益体力が依然として脆弱なものにとどまるなかで、雇用に対する企業の厳しい姿勢に大きな変化は見込みにくい。企業の収益体力をみるために損益分岐点売上高比率の推移をみると、94年入り後、同比率は改善傾向に転じたものの、人件費負担の高止まりを主因に95年4~6月期でも依然として90.2%にとどまり、前回円高不況期のピーク、86年1~3月期の86.4%を大幅に上回る。

こうした情勢下、所得・雇用環境の好転は今後も期待しがたい(図表20)。すなわち、所得面についてみると、本年度夏季賞与は昨年年末賞与の前年比 0.3%増に引き続き同2.17%の増加となったものの、所定内賃金は、本年春闘賃上げ率が、 2.8%と戦後最低となったことを背景に、94年度の前年比 2.6%増から、7~8月平均では1.8%増へ増勢が鈍化している。一方、所定外賃金についても、生産減少等に伴う所定外労働時間の増勢鈍化を映じて、95年2月の前年同月比11.1%増をピークに7~8月平均では同 5.9%増へと、増加ペースが鈍化しつつある。

また、雇用情勢についてみても、95年8月の完全失業率が 3.23%と史上最悪となる一方、正社員等、基幹労働力の動向をみると、常用雇用<毎月勤労統計ベース(事業所規模30人以上)>は、94年4月以降の前年比 0.1%前後のマイナス傾向から、95年度入り以降は減少ペースが拡大傾向にある。こうした背景には、産業構造調整を背景とした雇用のミスマッチの存在がある。業種別には、製造業就業者数の減少に加え、流通合理化の動きを映じて卸売業・小売業就業者数の減少傾向が続く一方、職業別には、間接部門・ホワイトカラーの生産性向上に向けた動きが強まるなかで、93年以降、管理的職業従事者の減少傾向が続いている。

3.政策課題

(イ)こうした状況下、政策に残された課題は、まず今回の経済対策の効果が確実に現れるよう、公共投資については切れ目なく円滑な執行を図っていくことである。とくに、財政難から息切れの様相をみせている地方単独事業についても、着実な執行を図っていくことが重要であろう。さらに、各種構造調整に目処がつかない限り、景気の本格回復は期待できないことを十分認識した上で、経済構造改革の一層の推進に向けて最大限の努力を傾注していく必要があろう。 (ロ)そのためには、まず、金融機関の破綻処理を一刻も早く軌道に乗せることである。金融制度調査会の中間報告を受け、9月27日、当局は不良債権処理の基本方針を発表した。破綻処理の方向性が示された点では評価できるが、今後、破綻処理を実際に進めて行くには、金融システム内での処理と負担の限度、それと表裏一体の関係にある公的資金の投入の程度についての検討が残されている。処理スキームの具体化が急がれる。 (ハ)また、懸案の規制緩和を断行することが不可欠である。総論レベルでその必要性が声高に論じながらも各論レベルで一向に進展しないのは、個別具体的な情報が不足しているために規制緩和の効果・弊害がはっきりせず、具体的プロセス論の段階に容易に進まないからである。その意味で、個々の規制の存在意義や緩和した場合の影響をできる限り数値化して示すことが、当該規制当局の責務といえる。その上で国民的レベルで効果・弊害を批判・検討して緩和プロセスを具体化し、政治的決断で実行に移すべきであろう。 (ニ)さらに、税制改革に着手することも必要である。その際重要な視点は、市場原理および国際標準体型との調和という大原則に則ることである。とりわけ、焦点となっている資産課税については、土地取引の活発化を通じた正当な地価形成を促すため、保有税強化・譲渡税軽減の原則に基づいて土地関連税制を抜本的に見直す必要がある。また、有価証券取引税は、現在主要先進国には存在しないか極めて低率であり、国際標準体系との調和の観点からすれば、廃止ないし軽減の方向で検討すべきであろう。 また、法人課税についてもわが国の立地条件改善に向けて見直す必要がある。すなわち、国際的に割高な法人実効税率の引き下げを通じた税負担の軽減、一部外形課税化も含める形での課税ベース見直しを通じた税負担公平性の回復、地域ごとの企業税制の独自性を高めることを通じたタックスコンペティションの促進、等の実施が望まれる。
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