Business & Economic Review 1995年10月号
【INCUBATION】
土壌汚染ビジネス推進の鍵-コストバリア克服のための技術開発戦略
1995年09月25日 事業企画部 岩崎友彦
1.拡大する「潜在市場」
環境庁のまとめた土壌汚染の実態把握調査の結果(図表1)によると、地方自治体等が昨年度までに把握している土壌汚染事例は累計で232件ある。土壌汚染対策制度の整備された欧米諸国では、この100倍以上の汚染件数が把握されている。そのため、わが国でも10,000件を超える汚染地があるものと推定されており、土壌汚染対策の推進が緊急の課題となってきた。
1995年2月に「土壌環境基準」が改正された。ここでは、発癌性の懸念される有機塩素系化合物が新たな規制物質として追加され、また、健康被害の観点から鉛・ヒ素の基準値が強化されている。
また、廃棄物規制に係る「ロンドン条約」が1995年末から発効される。これは、廃棄物の海洋投入や洋上での焼却を制限する規制であり、廃棄物の陸上処分量(焼却、埋立)が増加することになる。
現在、顕在化している汚染地のほとんどが事業場および廃棄物処分場に関連する汚染地であることから、これらの規制強化は、汚染対策ビジネスの「潜在市場」(対策の必要な汚染地の面積・数)を、従来より一段と拡大するものである。
2.「潜在市場」顕在化への動き
なぜ膨大な数にのぼる汚染地が、適切な対策を施されずに「潜在市場」として放置されているのか。原因を、規制、技術、コストの要因に大別して考える。では、これらの潜在市場を顕在化するために、つまり3つの要因克服に向けて官民はどのように動いているのか。
(1)規制バリアの克服へ向けて
環境庁では、土壌環境保全対策懇談会の中間報告(1995年6月27日)を受け、?汚染者等に対策を命じる規制制度型、?地方公共団体が自ら処理対策を実施する公共事業型、?これらの制度を支援するための基金制度、をミックスした仕組みを検討し関係各省と調整を図りながら対策を実施していく方針を打ち出した。
一方で、「土壌環境浄化フォーラム」や民間コンソーシアム活動を中心として、官民連携の下に現場ニーズに基づく規制整備へ向けた活動が進められつつある。
土壌汚染判明の経緯(図表2)の集計にあるように、汚染地の発覚ルートとしては、条例・要綱などの規制に基づく調査によるものが最も多い。これは、市場顕在化のための鍵の一つが規制整備であることを端的に示している。
(2)技術バリアの克服へ向けて
環境庁では、1993年度より汚染調査・対策技術の確立を目的として「土壌汚染浄化新技術確立・実証調査」を実施しており、既に幾つかの革新的技術の実効性を確認した。
また、民間企業においては、欧米で実績のある有力技術を保有する海外機関との技術提携を活発に進めてきた。
以上の結果、これまでに数多くの優れた技術が、ある程度系統的に整備されてきたと言ってよいだろう。
(3)コストバリアの克服へ向けて
ここにきて、対策に係る単独の技術シーズ開発のみによる市場開拓には限界が見えてきた。
非常に優れた技術であっても、取り扱いが難しかったり、高いコストを必要とする場合は、民間主導の汚染対策市場での普及は期待できないからである。
そこで、実際に対策に係わる人および対策場面の作業フローを十分に考慮した上での技術やサービスの簡便化・システム化を推進することにより、対策コストの最小化を図ることが重要になってくる。
これに関して、民間主体のコンソーシアム活動において、幾つかの注目すべき動きがある。具体的な動向の一例については次節にて述べることとする。
ここで、わが国における今後の汚染対策の展開について考えてみる。
わが国の省庁におけるこれまでの取り組みや土壌汚染に係わる複数の行政庁の体制等を考慮すると、米国の「スーパーファンド法」やオランダの「土壌保護法」のような厳格な規制がにわかに整備されることは想像し難い。 やはり、わが国の土壌汚染対策は民間企業のビジネスとして主導されることになるであろう。民間企業の手による効率的な対策手法が現場へ普及導入され実績を築くことが、結果的に国の規制整備へ拍車をかけていくことになる。
一方で、汚染対策を民間ビジネスとして推進していくためには、コスト要因が最も大きな課題となってくる。その意味で、コストバリアに対する克服対策は、「潜在市場」顕在化を民間企業ベースにて促進するための再優先テーマといえる。
3.期待される「土壌汚染迅速分析サービス」
コストバリア克服のための注目すべき成果の一つとして、重金属に係る「土壌汚染迅速分析サービス」システムがあげられる。
これは、日本総研の呼びかけにより異業種民間企業20社によって組成された「アセスメント技術・コンソーシアム」において研究開発された汚染調査サービスである。具体的には、汚染対策における最初の大きな「敷居」であった汚染調査コストおよび調査時間を簡易・迅速・低コストな分析手法によって克服したものである。
土壌汚染は、重金属によるものと有機塩素系化合物によるものに分けられる。有機塩素系化合物に関しては、従来から簡便な分析法が普及しており、迅速かつ低コストな土壌調査が行われている。一方、重金属に関しては、旧来の公定分析法(環境庁告示第46号)しかなく、コストと時間が障害となって土壌調査が進んでいないという事実が、この迅速分析サービスの開発背景となっている。
土地所有者や開発業者にとっては、当該地域の汚染状況を確かな方法で迅速に把握することにより、トータルな対策コスト、および事業リスクを最小化できるというメリットがある。
分析手法としては、酸抽出法を応用したもので、「土壌環境基準」に規定される全ての重金属に対応できる。また、公定分析法と組み合わせて適用することにより、従来の公定分析法のみによる調査(従来法)と比べ、期間・コストとも約半分で実行可能となった。これは、国の定める「重金属等に係る土壌汚染調査・対策指針(1994年11月制定)」にも適合した調査方法である。
また、「土壌汚染迅速分析サービス」では、本サービス用に開発された専用の土壌サンプリング/搬送コンテナキット(図表3)により、分析方法だけでなく、汚染現場における煩雑な土壌試料の採取から搬送、そして分析結果解析までを一貫して効率的に行えるようにシステム化されている。
一方、環境管理・監査の国際規格ISO14000に対応したわが国の環境監査においても土壌汚染は重要なチェック項目としてあげられた。また、通産省が1996年から外部監査を実施する方針を示したこともあり、「土壌汚染迅速分析サービス」に対する期待は益々高まってきた。
本サービスは、実際の対策場面および作業フローを考慮することにより、技術や適用手順の簡便化・システム化を図りコストバリアを克服した典型的な事例であるが、このような経済性の高いシステム・サービスの導入が、「潜在市場」顕在化のブレークスルーとなることが期待されている。これは、同時に汚染対策分野における民間企業での技術開発の方向性をも示唆するものである。