Business & Economic Review 1997年11月号
【OPINION】
ボールは地方自治体側のコートにある-地方主権実現のために
1997年10月25日
7月8日、地方分権推進委員会(分権委)の第二次勧告が公表された。本勧告は、戦後50年におよぶ地方自治制度を抜本的に見直し、中央と地方の関係を「上下主従から対等・協力」へと転換させることを狙った画期的なものである。具体的には、(1)自治体を国の一般的指揮監督権から解き放つため、自治体の首長を国の下部機関と位置づけ事務を代行させる機関委任事務を廃止し(注)、その6割を自治体自身の事務(自治事務)とする、(2)残りについては、国の委託によって地方が実施する国の事務(法定受託事務)となるが、これらについては法律等で要件を定め、国の関与を従来の裁量的なものから公正で透明性の高いものとする、(3)膨大な機関委任事務を網羅的に精査、分類のうえ、地方へ移譲すべき権限を個別具体的に列挙する、等の改革を勧告している。
しかし、本勧告は昨年3月の中間報告における構想に比べると、大きく後退した点も目立つ。すなわち、(1)自治体に移譲された多くの自治事務に対し、中央省庁が事前協議等を通じて強く関与する仕組みが残された、(2)税財源の移譲に関する具体策が乏しく、「カネ」を通じて国が地方をコントロールする仕組みが残された、(3)国・自治体間の紛争処理に当たる第三者機関の設置が見送られた、など地方分権を実現するうえで重要な課題が残されている。
すでに分権委は任期半ばに迫り、今後は主要な活動の舞台を法改正作業の監視に移すことになる。それだけに、残された課題の解決には、権限移譲を受ける自治体自身が強い推進力を発揮することが期待される。自治体は分権委の努力に応え、自立した地域社会の創造に向けて、主体的取り組みの第一歩を踏み出すことが急務であり、地方分権の推進をめぐるボールは、現在自治体サイドのコートにある。
自治体が第1に着手すべきは、機関委任事務の廃止を機に、地方行政の原点を住民本位に改めることである。現行システムのもとで機関委任事務の執行に当たる自治体は、時に住民の意思よりも国への責任を優先するよう迫られるが、今回、同事務の6割とはいえ自治事務化の方向が打ち出された結果、住民の参加と自己決定、自己責任に基づく地方行政という「地方自治の本旨」に立ち返り、国の容喙を排する道が開かれた。自治体は住民に対する行政責任の所在を明らかにし、住民のニーズに敏感に応答する体制を整えることが望ましい。具体的には、(1)市民オンブズマン(川崎市)、多様な情報公開制度(鹿児島市等)、ナイター・休日議会(水俣市等)等、市民による行政統制の制度化、(2)事業成果の指標化(三重県、韮山町等)によるコスト意識の徹底や経営感覚の導入等による職員の意識改革、(3)中央省庁の通達・指導に依拠した全国一律の施策から地域の実情、住民ニーズに即した行政手法への転換等、制度、執行両面で刷新を図るべき課題は多い。
第2に、移譲された権限を自治体がそのまま抱え込まず、大胆な行革を実行して、効率的でスリムな地方行政を実現する必要がある。地方分権に名を借りた中央から地方への官官分権は地方行政を肥大化させ、中央・地方を合わせた官の役割の総体は減らないことになる。1990年代以降、わが国では中央の財政再建のため地方へ負担を転嫁し、地方財政の急速な悪化を招いたが、行革に際してこの轍を踏んではならない。現在、中央省庁の行革が叫ばれているが、今後は地方分権と地方行政のスリム化を両輪に行革を進めることが望ましい。
幸い、今回の勧告には「長期にわたる補助事業のうち中断すべき場合には補助金の返還を要しない」旨が盛り込まれたため、公共事業の見直しが初めて可能となる。地元の反対の強い徳島県細川内や投資効果が薄い山形県乱川等、18カ所でダム事業の休止・中止を打ち出した建設省が、法改正を待たずに「補助金の返還を求めない」旨表明するなど分権委の勧告は早くも効果を発揮しており、自治体にとって追い風となっている。一方、住民サービスについては、サービスの存続の可否を見極めたうえで、自治体がサービスの提供主体たるべきか否かを徹底的に検討し、民間企業や非営利団体等へのアウトソーシングを織り込んだ新たな地域サービス体制の青写真を描くことが望ましい。「時のアセスメント」と称する公共事業の見直しに着手した北海道や給食・介護サービス等の民間委託を進める台東区のように、事業とサービスの2点を核にして行政のあり方を積極的に問い直す自治体が次々に登場し、他の自治体がこれに追随するケースが増えれば、補助金適正化法等の関連法の改正にも良い影響を及ぼすものと期待される。
第3に、歴史や風土、人口・産業構成等、各地の個性や特質を生かした個性的な事業・サービスを興し、地域間競争に勝ち抜く自治体経営を実現する必要がある。現行体制の整理・合理化により新たな事業・サービスに当たるべき人材や資源を捻出したうえで、真に必要な分野に選択的に投入し、魅力的なまちづくりのための政策立案能力を向上させることが重要である。分権委の勧告により、自治体にまちづくり等の権限が相当移譲される見通しであり、今後は自治体の政策立案能力が地域の命運をじかに左右するようになる。伝統産業である製茶業の振興と健康増進や文化振興等の目的を組み合わせるなど高付加価値事業を多数展開する掛川市、公立学校を生涯学習や高齢者施設に転用する道を開いた宇治市等にならい、ユニークな発想と積極性を発揮して、地域間競争に参加する自治体が増えることが望まれる。
第4に、自治体間の事務配分を見直し、都道府県から市町村に対して積極的な権限移譲を進めるべきである。分権委が自治事務化を勧告した機関委任事務の多くは都道府県の所管下に分類されているが、地方分権の原点は地域住民に近い市町村が生活に密着した行政を行うことにあり、市町村の権限強化が急務である。従来、市町村がユニークな施策を考案しても、国よりもむしろ都道府県の姿勢が硬いため日の目をみないケースも多いといわれるが、都道府県はこのような姿勢を早急に改めるべきである。
今後、地方分権の焦点は、次期通常国会期間中の政府による地方分権推進計画の策定と、地方分権推進法の失効する2000年7月をめどとした地方分権基本法(仮称)の制定および関連法の改正へと移る。自治体は上記に挙げた体制整備に早急に着手し、権限移譲の準備を怠りなく進めて今後の論議に推進力を与えるとともに、法改正作業の形骸化を防ぐため監視を強めることも重要な使命である。近年の分権論議の高まりに対し、上記のような独自行政を進めて積極的に応じようとする自治体が一部にみられたものの、その多くは分権委任せの消極姿勢に終始してきた。また、勧告が出た後も、「個別法の改正作業にどの程度勧告内容が反映されるか不透明」として模様眺めに終始しているように見受けられる。しかし、地方自治の主役である地域住民および自治体が厳正かつ強力な監視役を務めてこそ、地方主権社会は現実のものとなる。自治体はこのことを改めて想起し、即座に行動を起こすべきである。
(注)分権委は機関委任事務を廃止し、3つの形態に変更することを勧告。(1)自治事務:地方自治体自身の事務(水道事業の認可等)、(2)法定受託事務:本来は国の事務であるが、利便性や効率性の観点から、地方が法律・政令の規定に基づいて受託し執行する事務(例:選挙管理、国勢調査等)、(3)国の直接執行事務(国立公園の指定等)。