Business & Economic Review 1996年12月号
【OPINION】
官主からの訣別-三つの分権を
1996年11月25日
新選挙制度の下で、初めての衆議院選挙が行われた。3年前、あえて抜本的な選挙制度改革が行われた意図は、国民の選択を通じて政治の透明化に不可欠な政権交代を実現し、同時に政策論争を通じた高次の意思決定を促す点にあった。しかし今回の結果をみる限り、過半数を制する政党はなく選挙後の合従連衡が不可避であり、国民は政権の在り方を直接選択する状況にない。また、選挙戦中の政策論争の不在は目を覆うばかりであり、「どぶ板選挙」と「人物本位」の選択が横行した。この背景には、政党が有権者をひきつける政策を立案し、争点化する迫ヘを欠いたという事情がある。政党の政策立案能力の限界を象徴的に示すのは、有権者の選挙離れである。今回初めて60%を切った投票率が、議会制民主主義が危機に瀕していることを端的に表している。
自民党の一党支配下においては、先行きの見えた政治への無関心が棄権を招いた。しかし、近年の低投票率は、政治的関心を持ちながらも政治を通じた問題解決に期待を見出せない一般の市民、いわゆる「無党派層」の増加を反映している。社会意識の成熟化、多様化に伴い、国民はあらゆる場面で自らのニーズをきめ細かく反映する選択を欲しており、政治についても例外ではない。ところが日本の政策決定の現状をみると、生活に直結する分野ですら一部の人々の利害関心が優先され、国民一般はきめ細かなニーズの満足を得られないのみならず、自らの選好に合わない選択を余儀なくされ、さらにその負担を求められている。このため、多くの国民は政治に対する自らの影響力(政治的有効感)の低さに失望し、政治への関わりを停止してしまっている。
国民の政治的有効感喪失の根因は、行政府、すなわち「官」の際限なき拡大と、政治が自律性を失い行政に優位を許すばかりか、行政への依存を深めていることにある。この状況を打破するためには、政治が本来の役割を回復するよう、実効性に富む行政改革を断行する必要がある。
今回の選挙において各党が掲げた行政改革公約は、「立法府が行政府から権限を奪回し優位に立つ」という単純なゼロサム・ゲームの側面を強調しがちであった。また、新政権下で予定されている行政改革においても、行政のスリム化や行政と政治の関係のみに焦点が置かれている。しかし、現在真に求められる行政改革とは、このような矮小化された改革ではなく、(1)中央政府機機能の縮小と分権化、(2)中央政府内部の機能分担の見直し、の双方を伴う、国家機能全体の改革である。
行政改革の第一のステージで行うべきことは、中央政府の役割の再定義である。地方政府や市場、市民等、他の主体との役割分担を念頭に置きつつ、中央政府のカバーすべき領域を大胆に絞り込むことが必要である。すでに、わが国においても分権をめぐる論議は大きな進展をみせている。今後は、規制緩和小委員会や地方分権推進委員会、NPO法案審議等の場に集約された見識・知見をもとに、中央政府の機能を限定列挙する作業へと着実につなげていく必要がある。この作業に、議会制民主主義の将来がかかっているといっても過言ではない。
その上で、次に行うべきは、これまで中央政府が握っていた権限を他の主体に分権することである。
最近の先進諸国に共通の現象として、中央政府と他の主体による権力の分有(分権化)を指摘できる。すなわち、社会の多様化、複雑化、グローバル化のもとでは集権体制の非効率化が不可避なため、中央政府が徐々に権限の一部を手放し、地方政府、市場、市民の各主体の自律的な支配に委ねるプロセスが進行している。画一的な中央政府の統制を緩め、住民に身近な地方政府に生活関連の決定権限を委ねる自治の高まりは「地方への分権」であり、経済活動に対する中央政府の規制を撤廃し、市場メカニズムの調整に委ねる規制緩和は「市場への分権」である。非営利法人(NPO)、ボランティアの爆発的な増加と公益活動の高まりは、従来中央政府が担ってきた公益問題に関する権限の「市民への分権」である。
新たに権限を手にした地方政府、市場、市民・コミュニティは、行動範囲と役割を広げ、急速に影響力を増している。同時に、相互監視とチェックを通じて、肥大や非効率、機舶s全等、組織につきものの病理を克服するメカニズムを構築しつつある。
中央政府の解決可能な領域が小さくなっても、一方で分権化が進行すれば、国民は別のチャネルを通じて多様なニーズの充足や問題の解決が可能になる。このように、先進諸国においては、中央政府の果たす役割が縮小傾向にあるため、中央政府に向けて「民意を表出する仕組み」である選挙の持つ意義が薄れつつある。各国で一見、国政レベルでの投票率が低下しているが、これは分権の進展と表裏一体の現象であるともいえる。
翻って、わが国の状況をみると、分権の進展が官によって阻まれたまま、投票率の低下、政治の機能不全が進行している。この一方、民意の表明と調整に当たる新たなチャネルが未形成なため、社会全体の問題解決能力が著しく低下している。こうした危機に対処するためには、中央政府の機能を縮小し、地方政府、市場そして市民という三つの主体に対して分権化していくことが急務である。ただし、地方分権に際しては、地方政府の肥大化を回避するため、地方政府の果たすべき役割を再定義し、その機機能の一部を民営化すること等も併せて検討する必要がある。そのうえで、分権された主体が問題解決のチャネルとして適切に機狽キるよう、主体間に適度な緊張感を伴う協力関係や相互調整のルールを構築することが求められる。
行政改革の第二ステージで行うべきことは、新たに定義された中央政府の領域について、行政優位に傾いた力関係を見直し、立法、行政、司法それぞれの役割を再定義し、真の意味の三権分立を確立する作業である。すなわち、まず、政治が行政から政策決定の主導権を取り戻すこと、いわゆる立法の強化が必要である。さらに、行政による政策の実施状況・結果を監視し、また、中央政府以外の主体の内部、あるいは主体間の利害調整を図る機能、すなわち司法あるいは準司法的な機能(公正取引委員会等)の強化も不可欠である。換言すれば、今後、中央政府に求められるのは、業界指導などに端的に表れている裁量的な行政を行うコーチ役ではなく、主体間、主体内の活動を公平、公正に監視するアンパイヤとしての機能であり、現在相対的に弱い司法の役割を強化することが必要である。
行政機能を縮小する際には、これまで行政が担ってきた国家レベルの政策立案機能を立法が肩代りする必要があるが、これに対処するため、現状は官庁に対応した告ャである国会内の委員会を再編することも一案である。例えば、高齢化社会に向け、介護や福祉、年金、ワークシェアリング等、省庁の所管分野を横断的に扱う委員会を設け、独自の調査スタッフを充実することによって、問題を検討し、政策立案を行う仕組みを作ることが挙げられる。国会が主導権を発揮し、従来とは異なる政策立案・論争の場を先行的に形成することの意義は大きい。
国家機能全体に及ぶこのような行政改革にわが国が失敗した場合、社会の様々なレベルで意思決定の失敗が発生し、日本の将来像は極めて暗いものとなる。市場に対する分権(=規制緩和)が失敗すれば、迅速かつ効率的な資源配分が困難となり、日本経済の国際競争力は大きく損なわれる。地方分権に失敗した場合、多様な国民のニーズを迅速・的確に反映する仕組みを欠き、生活は画一的な規制に縛られた不便なものとなる。市民に対する分権に失敗した場合、きめ細かい福祉の充実が阻害されたり、「政府の失敗」へのチェック機能へ早期に作動しない等の問題が生じる。官主導の中央政府が依然として継続した場合、如何なる結果がもたらされるかについては、もはや多言を要しまい。
行政改革を公約に掲げて戦った各政党に求められるのは、官から主導権を奪還しつつ、政策の立案・論争を精緻化し、自己変革を通じて自らを新たな役割に相応しい姿に変えていくことである。ただし、真に実効ある行政改革を実現するには、「ゼロサム・ゲームの勝者」どころか、自ら果たしてきた役割を手放し、リストラを断行する覚悟が必要である。課せられたハードルは高いうえ、既得権益の縮小という痛みにも耐えかねて、政党が「行政改革の徹底」という公約をサボタージュする可柏ォは極めて大きい。
政党のサボタージュを防ぎ、真に実効ある行政改革を実現するためには、国民が厳正な監視と公正な採点、記録を続け、自らの投票行動に反映させる必要がある。政党に改革に立ち向かうインセンティブを与えるのは、次回の選挙における勝利以外にないからである。国民のニーズに即した政策を選挙後に実行させるためには、まず国民自身の不断の努力によって、その審判の正統性と信頼性を政治に納得させる必要がある。この意味で、国民の責務もまた重大である。