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Business & Economic Review 1996年11月号

【論文】
大交流時代のビジター産業

1996年10月25日 研究事業本部 坂上英彦


1.ビジター産業を取り巻く環境

21世紀には世界の成長センターであるアジアにおいて、「ヒト・モノ・カネ・情報」のフローが活性化する「大交流時代」の到来が予想されている。わが国がアジア諸国の成長、発展と連動して「アジア大交流圏」に参加し、競争力ある地域を築いていくには、経済、文化面等、国際的な交流を相互に確保していくことが重要な課題となっている。

一方、国内では定住人口の伸び悩みにより、交流人口の創出が地域活性化のひとつのキーとなっていくことは明らかであり、次期全国総合開発計画においても「交流人口」が最も重要なテーマとして打ち出されている。

こうした状況を踏まえ、本稿では、東アジアを中心とした国際的な大交流時代の到来への対応と、国内的な地域活性化の方途としての交流人口の誘引方策の創出という、国内外から求められる交流の仕組み、しかけを支える産業、「ビジター産業」を構築するための取り組みを紹介することとする(図表1)。

2.セミナーの概要

まず、その第1ステップとして、日本総合研究所主催で1996年9月24日、大阪において「大交流時代のビジター産業」と題するセミナーを開催した。その概要を整理すると、次の通りである。

(1)基調講演(石森秀三 国立民族学博物館教授)

わが国は工業と貿易による経済大国から文化・観光立国に向けた国家デザインの大転換の時期を迎えている。現状のままではわが国が「醜き衰退」をみることは不可避であり、「美しい成熟」へと志向を転換しなければならない。すでに米国では、ブッシュ大統領による観光キャンペーン(91年)、クリントン大統領による観光会議の招集(95年)等にみられるように、21世紀の基幹産業として観光産業を位置づけ、大統領自らが観光政策の先頭に立っている。他方、わが国の国際観光に対する取り組みをみると、観光鎖国の状態にあるといっても過言ではなく、これまで観光は専ら民事、不要不急のテーマとして位置づけられてきた。しかし、95年に22年振りに観光政策審議会の答申が運輸省に示され、わが国においても、世界的潮流に連動した動きが現れはじめた。

また、アジアでは急激な経済発展のもと、急速な国際交流が進展しつつあり、2010年代には第4次観光革命ともいうべき民族大移動の時代=アジア大交流時代が到来することが確実視される(図表2)。その場合、約2億人のアジア人がわが国に来訪する可能性があるものの、もっともわが国が観光鎖国を続け、アジアからの来訪者が他国に流れた場合には、国際社会の中で日本不信、日本離れが強まる懸念が大きい(図表3)。

また、国内でも若者、女性、シルバー層において自由時間革命なるものが台頭しつつあり、21世紀にはこの現象が社会の中心部分に及ぶことが想定される。フランスではこうした状況に即応し、自由時間省の設置(81年)やバカンス(長期連続休暇)法の制定に取り組んでおり、わが国においてもこうした社会政策的対応が早急に求められる。

その意味で国土庁が次期全国総合開発計画の検討の中で、「交流人口」をテーマに国内外にわたる交流圏、交流軸を提唱しているのは先見的であるといえる。国土政策の観点からも「定住人口」から「交流人口」、工業から観光への転換が志向されており、この結果として、大都市圏における観光(文化)開発に向けて公共投資配分の重点化が図られるならば、かなりの波及効果が期待されよう。

たとえば、大阪市が93年度に実施した観光動向調査では、大阪市を訪れる2億人近いビジターのうち、観光ビジターは約8,500万人であり、それに伴う年間観光消費総額(1兆3,600億円)に波及効果を含めた約4兆円の経済効果は大阪市内の総生産の約2割にも達するとの結果が示されている。大阪市は「国際集客都市」を宣言し、関西国際空港のインパクトを活用したUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)、大阪ドーム等の都市型集客施設の整備のほか、2008年の大阪オリンピックの誘致等を通して新しい都市型産業としてのビジター産業の振興を計画している。

ビジター産業の振興は単なる一産業分野の台頭とどまらず、わが国の産業構造そのものを変革し裾野の広い産業の形成を促す可能性がある。そのためには、ビジター産業創出体制の確立、シティ・マーケティングの強化、既存ビジター業界との連携強化、研究開発の拡充が必要となろう。

(2)リーディングプロジェクト等報告

次に、関西におけるビジター産業の動向と評価について各報告をまとめると、次の通りである。

[1]USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)

東のディズニーランドに対する西を代表するテーマパークとして、大阪においてUSJが2001年春の開業を目指し、その準備を進めている。USJは「世界に売れる物を創る」という発想のもと、単なるテーマパークではなく、ホテル、コンベンション、大規模商業施設等、周辺の地域開発を含めて国内外のビジターの獲得を目指している。さらに将来的には、USJを核とする一大映像産業の拠点を興すことも計画されている。

[2]大阪シティドーム

大阪シティドームは、東京、福岡に次ぐわが国第3のドームで、来年春の開業が予定されている。その特徴は、[1]従来のスポーツ空間に力点を置いたドームとは異なり、エンターテイメント空間の創出に工夫をこらしている、 [2]出演者、観客、ドーム運営者の三者共楽をテーマに、商業モールを付帯させた都市型集客装置を意識した内容となっている、等にある。

[3]神戸ルミナリエ(神戸商工会議所)

震災復興に向け、神戸商工会議所が中心となり、昨年、クリスマス期間を含む10日間、光の芸術をテーマに旧居留地一帯で神戸ルミナリエが開催された。神戸は80年のポートピアの後、異人館ブーム、アーバンリゾートフェア等、ビジター都市を目指した整備を進めてきたものの、震災によりビジターが半減している状況への対応としてこの神戸ルミナリエを企画した。これにより、254万人のビジターが神戸を来訪し、約254億円の波及効果が創出されるという予想以上の成果を収めた。本年も期間を14日間に延長して実施される予定である。なお、将来は大阪に見習って、コンスタントに集客できる本格的な都市型大規模テーマパークの誘致を考えたい。

[4]三都物語・三都夏祭(JR西日本)

JR西日本は本業の運輸業のほか、地域企業として地域活性化を側面的に支援することも重要であるため、国鉄時代から「ディスカバージャパン」というキャンペーンを行い、国内観光を振興してきた。現在は、京都、大阪、神戸を題材とした三都物語、三都夏祭等の大型キャンペーンを、首都圏を中心に実施している。同社は今後も、国内観光の活性化に向け各種集客キャンペーン等を継続、推進していくこととしている。

このほか、同社は新大阪駅からUSJへの直通運転計画、大阪ドームの最寄駅となる環状線大正駅の改築、神戸ルミナリエへの支援を行っている。

[5]旅行業界の受入体制(日本交通公社)

国内旅行の空洞化と海外旅行の隆盛の中にあって、旅行業界も単なる画一商品の提供では事業収益の確保が困難な時代となり、新しいプロモーション、マーケティングが益々重要視されるようになっている。このため、観光産業、運輸産業、宿泊産業、集客装置産業の連携強化と新たな枠組みづくりが必要であり、さらにはこれを推進する人材の育成も不可欠となっている。

また、より広い視点からみれば、[1]国際的には、入国基準の規制緩和等、観光鎖国の状態を開放していくこと、[2]国内的にはフランスのリゾート法等にみられる長期連続休暇の取得を許容・促進する社会制度を確立していくこと、が求められる。

[6]東アジアのビジター戦略(日本総合研究所)

東アジアのビジター戦略についてみると、ビジターの収容量の拡大をねらった大空港整備計画、交流の拠点となるメガコンベンション施設建設と強力な誘致体制づくり、国際衛星放送を通した情報発信装置づくり等が実施されている。これらのほとんどは、国策的取り組みとして展開されており、アジア諸国におけるビジター獲得の重要性は、わが国と比べて、政府レベルで極めて高く認識されている。

関西と東アジアとを比較すると、現状アジアのヒト、情報、文化等が関西に集まる仕組みの整備は極めて遅れており、メガコンベンション施設等のハードや総合的に誘致・PRを行うソフトも皆無に近いといえる。また、従来から構想されてきた関西を起点とする国際衛星放送の実現も早急に望まれる。

これらを推進するため、わが国においても、政府レベルでの政策的支援の強化を図り、官民一体となったビジター戦略を展開することが必要である。

(3)セミナーのまとめ(日本総合研究所)

以上のように、ビジター産業は、21世紀のわが国における国際的な集客の仕組み・しかけを支える産業として、極めて重要である。これを振興していくには、次の課題がある。

[1]ビジター産業の社会的認知度の向上と必要性のアピール

ビジター産業は、都市経済への貢献度が高く、国際的にもその意義が認められていることから、その必要性をアピールし、より広く社会全般の認知度を高めていくことが必要である。

[2]産業界、学界、官界におけるビジター産業に対する取り組みの抜本的見直しと強化

ビジター産業は産業界、学界、官界において従来、余暇の延長線上として捉えられてきたものの、今後は、発言力、行動力の高い体制づくりと予算の確保およびこれらを活性化する制度改革を行っていく必要がある。

[3]ビジター産業界のネットワークづくり

ビジター産業界を構成する個々の主体が容易に連携を図れるような組織間のネットワークを構築することが求められる。

3.今後の展開に向けて

(1)ビジター産業の位置づけ

世界経済の中でビジター産業がいかに重要な位置にあり、将来においていかに安定した成長が見込める分野であるかに関しては、ジョン・ネイスビッツ「グローバル・パラドックス」(佐和隆光訳)で、次のような試算が示されている(図表4)。

こうした分析によると、ビジター産業はグローバル経済の基盤となり得る産業であるだけでなく、世界最大の産業規模に達することによって、今後ビジター産業の発展なしには一国の十分な経済発展はおぼつかなくなる状況を創出する可能性がある。とくにアジアにおけるビジターマーケットが急激に拡大することが確実視されるだけに、わが国においても、経済の根幹を支えるリーディング産業のひとつとして位置づけていく必要があろう。

(2)ビジター産業の概念

ビジター産業はコアとなる産業群を中心に、関連する産業および支援する産業から構成される姿となろう。さらに、その構図の中にビジター産業の基盤を基礎的に支える主体として行政を位置づけたならば、わが国において新たな産業連関構造を創出することが可能になると判断される(図表5)。このようなビジター産業群が形成された場合、ビジター産業が21世紀のわが国のリーディング産業としての役割を担い得るものと考えられる。加えて、関連産業群の相乗的、効率的な連携により、学界の形成、政策支援強化による制度改革が実施されれば、都市型交流産業としてビジター産業はダイナミックに発展していくことが期待される。

(3)「フォーラム」の形成

日本総合研究所では、今回のセミナー参加者のアンケート結果(図表6)を踏まえ、ビジター産業の構築に向けた第2ステップとして関西において民間企業を中心とした「関西ビジター産業フォーラム」(仮称)を形成し、より研究を深めることを予定している。
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