Business & Economic Review 1996年05月号
【(地方主権特集)寄稿】
地方主権成立の要件
1996年04月25日 行革国民会議理事兼事務局長 並河信乃
地方主権を成立させるための要件は、大きく分けて二つある。一つは、国と地方との関係をいまの上下関係から対等な関係に正していくことであり、もう一つは自治体と市民との関係を改めていくことである。後者の課題としては、情報公開条例や行政手続条例の制定による行政の透明化、議会の改革、公務員制度の改革など、市民の参加を保証し拡大していくことが挙げられよう。国と自治体、自治体と市民という両面で改革が達成されなければ、地方主権は絵空事になってしまうが、ここでは前者の、国と地方自治体の関係の改革問題に絞って、いくつかの論点を出すことにしたい。
1. 法制度的側面
まず第1は、法制度面の改革である。地方主権ということは、ローカルルールを優先させることである。もちろん、これはすべての面についてというわけではない。商法や民法、刑法などは全国的に統一されていることが望ましい。しかし、都市計画や社会福祉などについては、細部まで国法が優先すべきとは考えられない。教育も環境もおなじことがいえる。地方主権とは、こうした行政法の分野で、一定の仕分けをしたうえで、地方が独自のルールを設定することを認めることである。
しかし、この作業に取りかかろうとすると直ちに障害となるのは、憲法や地方自治法による条例制定権の制約である。すなわち、自治体は「法律の範囲内で(憲法94条)」あるいは「法令に違反しない範囲において(自治法14条)」条例を制定することができるとあり、国法がすべての面で優先している。
現在、機関委任事務の廃止あるいは国の関与の制限などの議論が行われているが、この国法優先の原則を改めないかぎり、自治体は国の支配を全面的に受けることになる。これでは地方主権は成り立たない。
現行憲法のもとで、いかなる改革プログラムを組むか。憲法94条によれば、法律の範囲内で条例制定権が認められているのであるから、大幅に自治を認める法律を1本つくればいいことになる。そこでは、国の専管事項と自治体の専管事項、国は基本方針のみ定めて具体策は自治体に委ねる事項などが明記されて、さらに国と自治体とのあいだで解釈をめぐり紛争が起こった場合の処理方法などが盛り込まれていればよい。この法律を「地方主権基本法」と呼ぶことにするが、こうした仕掛けがあれば、それぞれの自治体は安心して条例を制定することができる。また、そのぞれの自治体の基本方針を定めた最高法規である「憲章」を制定することが必要になってくるだろう。この「憲章」は、いまどこの自治体でも定めているような「わたしたちはあかるいまちをつくります」といったものではなく、文字どおりその自治体の憲法であり、その自治体のすべての条例はこの「憲章」にもとづいて制定されることになる。
具体的作業としては、重要な政策分野毎に国と自治体、自治体のなかでも都道府県と市町村の役割分担の洗い直しをしなければならない。その際に重要なことは、まず市町村でできることはすべて市町村に任せる。市町村ではできないことを都道府県、都道府県ではできないことを国にという原則をたてることである。補完性の原則といってもよいが、この原則ことが、地方主権の考え方の根幹である。
このような考え方によって大幅な自治が実現すれば、これは限りなく連邦国家に近いものになるだろう。また、原則をあいまいなままにして作業をすれば、いまとあまり変わらない結果に終わることになる。
しかし、この作業は、国会の立法権を制約する作業でもある。ある分野については国は法律の制定をしない、あるいは制定するとしても大枠の基本法に止めるという内容になるからである。こうした立法府の行為を制約することを、行政府はできない。となれば、この作業は立法府自らが行わなければならない。行政内部に設けられた審議会の任務ではない。国会のシステム改革がここで必要になってくる。
2. 税財政の側面
条例制定権の拡大だけでは地方主権は実現しない。自主財源がなければ、なにごとも始まらない。権限よりも財源を、というのが実態である。税制、財政の改革が、なによりも必要である。
地方主権の考え方からすれば、市民(企業も含む)が払う全ての税金は、まず市町村に帰属すべきである。ただ、市町村ではできない、あるいはやるべきではないことを都道府県に任せるのであれば、その分は都道府県に財源を市町村から渡す必要はある。また、国についても、国の役割を果たす分は国にも財源を与えなければならないだろう。
現実はどうか。国税と地方税との比率は7対3であり、圧倒的に国が多く取っている。実際の支出ベースではこれが逆転して3対7となっており、この差を地方交付税や補助金などで補っている。この交付税や補助金制度が国による地方支配の最重要手段となっているのであるから、これを断ち切ることから仕事を始めなければならない。
国税と地方税の徴収額を都道府県という地域別にみると、東京や大阪はもちろん、あまりゆたかとはいえない北海道、青森、あるいは鹿児島、沖縄いずれにおいても、地方税(都道府県+市町村税)よりも国税のほうが多いのである。つまり、例外なくどこの地域でも国が多く税金を集め、それを交付税や補助金の名目で還流させているのである。(なお、市町村単位でみると、過疎地域などでは必ずしもそうはならないかもしれないが、とりあえずここでは都道府県単位で地域を括って考えていくことにしたい。)
そこでまず大原則に立ち返り、税金はすべて地方のものとし、余裕があれば国にも財源を与えると考えよう。この方式をとっても、残念ながら、地域の半分はそこであがる税金をすべてつぎ込んでも、その地域の地方(都道府県+市町村)財政は賄えない。ここでどうしても地域間の財政調整が必要になる。
この財政調整をどうするかを考えるまえに、一つだけ確認しておくべきことがある。それは、国税が著しく東京一極集中となっていることである。たとえば県内総生産でみれば全国の2割にも満たない東京が、国税の3割以上も集めている。とくに法人税や消費税の集中は著しい。地方税においては、経済力との乖離はさほどでもなく、法人事業税も東京のシェアーが2割強にとどまっている。地元で発生した税金は地元で使うとするならば、まず、この国税の歪みを直さなければいけない。法人課税に外形標準を採用したり、消費税を小売段階の売上税にしたりすることが必要になるだろう。
こうして、歪みを是正しても経済力の弱い地域には財政調整は依然として必要である。紙面の都合で詳しくは述べられないが、今は国税である法人税と所得税を共同税としてプールし、それを地域間の財政調整に使い、さらにそこから国への財源を確保するということが考えられる。この場合、どれだけの額をそれぞれの地域に配分するかという基準が最大の問題となる。人口比とか面積とかいろいろな基準がありうるが、これを精緻にすればするほど制度は複雑で一部のものにしかわからなくなるので、現実にいま配分されている額を基準とすることを提案したい。
つまり、地方は法人税、所得税以外の国税はみずからの財源として手元に残すことにしてから、その分を交付税や補助金などの受取額から差し引いた額を配分額として決定するのである。ただし、そうして配分したら、その各地域毎の配分比は当面固定することが重要である。それぞれの地域の財政事情が好転しても悪化しても、配分比は変えない。それにより、いまの交付税の不足払い的性格が払拭され、財政健全化のインセンティブが働くことになる。 この方式で計算すると、国税が集中している東京などではまだオツリが出るので、現行税制を前提とすればその分はプール財源に追加拠出させなければならないが、歪みの是正によって、こうした変則的な事態は解消する。いずれにせよ、このような共同税の導入によって、地域間ならびに国・地方間の財源再配分は完結する。現状を前提にして、カネの流れだけを変えるのであるから、各地域の財政規模には変化は生じない。変わるのは、いままで補助金や交付税で国からいただいていた財源が、自主財源として確保されることと、今後は国に泣きついても駄目だということである。もう、だれも決まったこと以上は助けてくれないからである。なお、それぞれの地域内の財源再配分も同じ考えでやればよいし、地方主権であるから違う方式を採用しても高墲ネい。
3. スケジュール
以上の法制度、税財政制度の改革をどのような時間尺と手順で実行していくか。
まずとりかかるべきは、地方主権基本法を制定することと新たな税財政システムの国zを固めることである。これを今世紀中に行わなければならない。関連法規の書き換えなどを考えると、5年という時間はギリギリである。
第2弾は、税財政システムの抜本改革の具体的実行である。そのシナリオはすでに20世紀中に準備しておくとしても、これが完成するまでに3~5年の年月を要しよう。
最後は全体の仕上げであり、法制度、税財政全体を見直し、急ごしらえの部分を本建築に直す作業を行うことにする。市町村や都道府県の区域の見直しなどもこの段階の作業である。2~3年の時間は必要だろう。
こうして順調にことが進ならば、2010年ころには、日本はこれまでとは、全く違った新しい国に生まれ変わっているだろう。失敗すれば、沈滞と滅亡になるだけのことである。