Business & Economic Review 1996年02月号
【PLANNING & DEVELOPMENT】
地方自立型の行政改革に向けて
1996年01月25日 社会システム研究部 宮沢竜央
これまでのわが国の行政改革に対する取り組みは、右肩上がりの経済の下でのものであった。戦後50年が過ぎ、社会経済国「の変革が問われている今日においては、行政改革においても新しい考え方が求められている。
本稿では、地方公共団体による行政改革の進め方について、わが国よりも早く行政改革に取り組み、数々の成功を収めているアメリカでの地方政府の経験を参考にしつつ、検討を行う。
1.中央主導型で進むわが国の行政改革
わが国における行政改革の進め方は、中央で議論して内容を検討し、それを地方に下ろすという、上から下へのトップダウン形式で展開されている。
地方公共団体の行政改革については、1985年の「地方公共団体における行政改革推進の方針について(地方行革大綱)」に基づき、事務事業の見直しや組織・機高フ簡素合理化等に取り組まれてきた。それから約10年後の94年10月には、自治省により「地方公共団体における行政改革推進のための指針」が通知された。この指針においては、85年のと比較して地方公共団体の自主性が重んじられてはいるが、地方公共団体は国から示された具体的なマニュアルに従うかたちで新行政改革大綱に取り組んでいるのが実態である。
地方分権の推進が時代の大きな流れとなっている今日においては、地方公共団体の果たすべき役割はますます重要になっており、行政改革においても自主的・主体的な取り組みが求められている。中央から下ろされたものに沿って取り組んでいくことが、今後訪れるであろう本格的な地方分権の時代における行政改革と果たして言えるのであろうか。
2.地方主導型で進むアメリカの行政改革
アメリカにおいては、地方政府の導入してきた行政改革手法が、ボトムアップ形式で州あるいは連邦政府の行政改革に波及している。
現在アメリカではクリントン政権のもとで、「Reinventing Government(変革する政府)」というスローガンが掲げられ、連邦政府機関の体質改善を目指して、国家業績の再評価(National Performance Review)が実施され、これに基づく行政改革に関する様々な施策が展開されている。その一つとして、93年8月には、連邦政府機関の各々の目標に対する業績の評価を目的とした「行政の業績及び成果法(Government Performance and Results Act)」が制定されている。同法における業績評価システムのプロトタイプとなっているのは、カリフォルニア州サニーベール市において78年から15年実施されてきた定量的目標による業績評価システムなのである。サニーベール市は、市施策についての定量的目標を設定し、それに対する成果としてのコストやサービスの質を日々ベースで測定することにより、効率的な行政運営を実現している。この成果を受けて、州レベルにおいても、同様の業績評価システムが普及してきており、91年にはオレゴン州やミネャ^州等に導入されている。
このように、アメリカにおいては、住民により密着した地方政府が自ら工夫をしながら生み出した改革手法を、連邦政府が取り入れる。すなわち、行政改革において先行する地方政府を、財政赤字問題に悩む連邦政府が追いかけるといった状態となっており、地方が中央を変えつつある。
このように、わが国における中央主導のトップダウン型の行政改革の流れに対して、アメリカの行政改革は地方主導のボトムアップ型となっている(図浮P)。
3.日米における財政の危機的状況の類似性
行政改革の流れにおけるトップダウン型とボトムアップ型という日米両国の違いの背景としては、政治風土や社会的枠組みの違いなどがあるが、最も大きな要因はわが国における地方公共団体の危機意識の欠如であると考えられる。
ここでは、低成長時代の到来と税収低迷による財政逼迫という、わが国の地方公共団体を取り巻く厳しい状況が、78年前後に「納税者の反乱(Tax Revolt)」が拡がったアメリカにおける社会経済環境と類似していることを指摘する(図浮Q)。
アメリカでは、70年代に入って2度のオイルショックや産業競争力の低下等により、経済状況は悪化する一途であった。そのような状況のもと、税負担への不満を強めていたカリフォルニア州の州民が、財産税の減税を要求した提案13号(Proposition13)を住民投票で可決したのをきっかけに、このような減税への運動がアメリカ全土に拡がっていった。
その結果としての税金の大幅減収と中央からの補助金カットという深刻な財政的打撃の下で、いくつかの地方政府は自ら創意工夫を重ねながら、民間に学んだ競争意識やコスト意識などを行政運営に導入することにより、危機的な状況を打破している。
わが国においても、国の財政赤字の増大による地方への財政移転の縮小に加えて、地方債の元利償還費の増大や税収の低迷等により、地方公共団体を取り巻く財政状況は非常に厳しいものとなっている。また、新潟県巻町で原発建設の是非を問う住民投票条例が成立するなど、条例で住民投票を規定しようとの動きが最近出ており、住民の自治意識は高まってきている。さらには、消費税率が97年度からは5%以上に引き上げられることが決定されている。これらの動向を鑑みれば、わが国においても起こりうる“納税者(住民)の反乱”に対する備えを今からしておいて決して早すぎることはない。
わが国の地方公共団体においても、このような事態に対しての危機意識をもって、自主的かつ自立的に行政改革に取り組んでいくことが求められている。
4.地方からの改革推進に向けて
大和銀行事件に関して大蔵省の保守的な金融行政システムが内外から批判を浴び、わが国の行政システムの変化への適応性の鈍さが指摘されている。これとは対照的に、グローバルに活動する民間企業は、消費者ニーズ等の環境変化に即応して、リエンジニアリングやベンチマーキング等の新しい経営手法を次々に導入し、時代に合わなくなったものを切り捨て、自らの存亡を賭けた改革を進めている。 わが国は現在、個人所得の減少や名目歳入の右肩下がりといった、今までに経験したことのない新しい社会経済状況に直面している。このような状況においては、地方公共団体においても、常に変化する状況に順応していくことが必要であり、民間企業で行われてるような改革への努力を怠るべきではない。危機に直面してから問題処理にあたるのではなく、状況が致命的にならないうちに自ら改革していくことが求められる。
(1)経営マインドをもった行政運営を
地方からの改革を推進していくためには、第一に、民間企業の経営マインドを積極的に取り入れていくことが必要である。 地方公共団体においては、地方自治法で「最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」(第2条第13項)とされているにもかかわらず、売上高や利益といった一定期間の業務の成果を浮キ指標が定義しにくいことから、施策の実施には熱心だが、その後の成果への関心は少ない。従って、どの施策が成功し、どの施策が失敗したのかを明確に把握できない状況で資金を投入してしまう。民間企業においては、成果である利益がマイナスになると倒産の危機に瀕するため、成果とそれに至るプロセスを重視する。
地方公共団体においても、そのような危機感をもって、自らが実施した施策による成果を評価し、問題があれば改善策を検討することにより、「顧客」である住民のために地域経営にあたるという考え方が求められる。
前述のサニーベール市では、行政運営にあたって、優良企業に適用されるのと同じ原則を適用し、市を民間企業のように経営していく哲学が成功へのキーとなっている。行政運営におけるコストとサービスの質の徹底した管理、それに基づく実績主義的な報酬体系等の民間企業で実施されるのと同じ手法を導入した結果、単位時間当たりサービス量を1.5倍に向上させ、単位時間当たりサービスコストを約40%削減する等、効率性を大きく向上させている(図浮R)。
わが国の地方公共団体においては、民間ノウハウの行政運営への導入というと、受け入れる土壌が異なると拒否反応を示されることが多い。しかし、弊社のインタビューに応じたサニーベール市のアシスタント・シティマネージャーのエミー・チャン氏は以下のように話している。
「業績評価システムの導入後約17年が経過するが、現在でもなお改善が行われている。各々の組織の文化に適合したシステムがあり、トライ・アンド・エラーで改善を積み重ねていくことが重要である」。
最初から無理だと決めつけるのではなく、試行錯誤を繰り返しながら、創意工夫を重ね、自らに合ったものを見つけていく努力が必要であろう。
(2)住民指向の行政運営を
第二に、住民指向の行政運営を推進していくことが大切である。 国からの権限委譲が進む一方で、多様化する住民ニーズに対応するためへの地方公共団体の活用できる人材、財源などの行政資源に限りがあることも事実である。このような状況の下では、行政運営への住民の協力とともに、住民の意見を目に見えるかたちで施策に反映させることが必要である。
もう一方で、いわゆる官官接待に係わる食糧費問題や金融機関破綻への公的資金導入問題等により、自ら納めた税金の使い途に対する住民の関心や自治意識の高まりとともに、情報公開等に関する要求が今後一層強まっていくことが卵zされる。すなわち、住民からよく見える行政運営が求められている。
このような求めに応じて、オレゴン州では、設定した目標についての成果を公浮オ、それに対する住民の意見を積極的に行政運営に取り入れている。同州では、州施策に係わる全259項目の定量的目標である「オレゴンベンチマーク」を設定しているが、その達成度についてのデータを住民に公開している。住民により告ャされる評議会(オレゴンプログレスボード)が、約12,000人の住民に対するダイレクトメールの送付や年29回のタウンミーティングの開催等により、住民の意見を聴取し、行政運営に反映させている。
また、オレゴンベンチマークには、通常の指標の他に、「緊急性の高い」および「重要性の高い」指標が存在するが、その設定にあたっては住民の要望が最も重視されている。その例として、90年に落Z不足の問題に直面した時には、落Z編成において「緊急性の高い」指標を中心として優先順位が決定されている。
本当の地域の実情に合致した行政改革を創出していくのは、住民と直面する地方公共団体だからこそ可狽ネはずである。地域福祉や阪神大震災を契機に、住民の地域に対するアイデンティティも高まってきている。わが国の地方公共団体においても、住民と一緒になって地域の問題について考え、ボトムアップ型により地方の実情にあった行政改革を自主的に展開していくことが必要であろう。