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Business & Economic Review 1998年08月号

【OPINION】
民主導で「小さな政府」の実現を

1998年07月25日  


わが国経済は依然としてバブルの後遺症に悩み、雇用情勢が悪化の一途をたどるなかで、先行き閉塞感が一段と強まっている。こうした状況下、現状を打開し経済活力をとり戻すためには、不良債権処理・税制改革・小さな政府実現の3点セットを推し進めることが不可欠の課題となっている。前者の2点については海外からの圧力もあり、曲がりなりにも実現に向けての検討がはじまった一方で、小さな政府については、最大の論点の一つであった郵貯民営化が見送られ、地方分権に関しても権限・財源の地方への移譲が当初の目標から後退するなど、むしろ議論が逆行する形となっている。

もちろん、不良債権処理と税制改革は不可欠かつ緊要性のある問題であるが、あくまで経済活性化の足枷要因を除くためのものである。日本再生のための最終的な課題は、経済システムの中核にいかに市場原理を埋め込むかにあるといえよう。小さな政府が求められる所以であるが、省庁の看板書き換えだけに終始した行政改革に象徴される通り、今の政府には自ら本気で「小さな政府」を実現していく意志も能力もない。また、民間における各種非競争的慣行も依然として数多く温存されており、市場原理を中核に据えた新しい経済・社会システムの展望は、依然開けていないのが実情である。

こうした背景には、わが国で小さな政府の実現や規制緩和といったとき、それらが断行された後の新しい秩序のイメージが依然として曖昧であり、その結果既存秩序の破壊に伴う不安が残っているとの事情が指摘できる。このため「小さな政府・規制緩和=自由放任=社会不安の増大」という連想が生まれ、小さな政府・規制緩和によって、弱肉強食の資本主義が復活し、大量の失業者が発生する危険性が高いとの主張も散見される。このもとで、官民を問わず少なからぬ組織あるいは個人レベルで、市場原理の本格的導入がもたらす混乱を懸念し、意識的・無意識的抵抗を行っているのが実情といえよう。

しかしながら、こうした懸念や抵抗は、小さな政府・規制緩和が進んだ米・英の社会・経済システムに対する認識不足に発するところが大きい。これらの国でも、単に行政組織を小さくし、社会・経済システムの秩序形成・維持の全てを「神の見えざる手」に委ねているわけではない。もちろん、わが国の現状に比べて、これらの国で優勝劣敗の原理は強く働き、所得分配の二極化が進行しているのは事実である。しかし、むしろこうした優勝劣敗の原理が「創造的破壊」の動きを誘発して経済・社会の活力を高めている面を無視できず、さらには、従来行政が行うとされてきた活動分野に新しいビジネスチャンスを見つけ、民間自らが公共財の提供や市場のルール作り、セーフティーネットの整備に対して、主体的・積極的に取り組んでいる点を見逃してはならない。その具体的な分野としては以下の3つが指摘でき、このもとで行政組織が縮小しても社会・経済システムに新しい秩序が生まれ、社会不安の増大が避けられているのである。

第1は、わが国では行政が行っているような「公共サービス」の多くを、民間主体で供給していることである。社会資本の整備にあたり民間がリスクをとって企画・運営を行うPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)がその代表例であるが、イギリスでは道路建設・運営、旅客鉄道・運営から刑務所の建設・運営に至るハード面にとどまらず、IT(情報技術)分野などソフト面まで対象が広がっている。一方、わが国でも「日本版PFI」の検討が進んでいるが、国・地方団体の出資・債務保証を認めるなど、民間がリスクをとるというPFIの本質が軽視されていることが懸念される。

第2は、いわゆる「外部経済性」があり市場メカニズムだけでは不足してしまう財・サービスの供給を、民間が自主的に行っている点である。例えば、ベンチャー企業のシード期の資金を提供する「エンジェル」は、市場メカニズムに任せていては不足しがちなリスクマネーの供給を行っているという点で、このひとつの例ということができよう。

第3は、ディマンドサイド(消費者や投資家)が最適の選択を行うための羅針盤となるような「専門的情報仲介業者」の存在である。たとえば、わが国ではまだなじみの少ない「保険ブローカー」は、代理店とは異なり特定の保険会社からは独立した存在であり、あくまで保険契約者の立場から契約締結の仲立ちを行っている。また、投資信託などを含め各種金融商品の格付け機関は、一般の人でも適切な投資を行うことが可能となるような情報を提供している。その他、公認証券アナリストや業界の自主的な資格制度が公正な市場作りに貢献しており、フィナンシャル・プランナーなど各種のコンサルタントについても、専門的な知識の提供を通じて、ディマンドサイドが適切な意思決定を行うことを助けているといえる。これらの社会では「自己責任」が問われる一方で、自己責任での適切な判断・行動を可能とする情報や各種サービスが、豊富に提供されているのである。

以上のように、米・英で規制緩和が進展し、「小さな政府」のもとで経済・社会がうまく機能しているのは、(1)公共サービスの提供、(2)「外部経済性」のある財の供給、(3)消費者・投資家保護、といった従来行政が行うと考えられてきた活動分野に、民間が積極的にビジネスチャンスを見出し、民間部門にこれらの機能を取り込んでいった結果、政府主導に代わる新しい秩序が作り上げられている点に求められよう。さらに、「創造的破壊」を刺激して新規事業創造を誘発するという小さな政府・規制緩和の間接的プラス効果のみならず、民による政府機能の取り込み自体が、直接的に新ビジネスの創造を通じて多くの雇用創出につながっていることが、両国で規制緩和・小さな政府の推進が幅広い支持を得ている背景として見逃せない。

このようにみてくると、民間は容易に政府に頼る「官依存体質」から完全に脱却することはいうまでもなく、一歩進んで、政府のこれまで行ってきた仕事にビジネスチャンスを見出し、むしろ政府からこれらの仕事を貪欲に奪っていくことが求められている。こうした取り組みの集積が、秩序の形成・維持のあり方を官僚による「強権的集権システム」から民間による「自発的分権システム」に移行させ、新しい秩序のもとで、民間の自発性・創造性を最大限に発揮することが可能となろう。
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