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Business & Economic Review 1998年07月号

【OPINION】
IT-PFIをリーディング産業創出の起爆剤に

1998年06月25日  


昨年春以降の急激な景気後退に対応して、16兆円を上回る過去最大規模の経済対策が打ち出された。しかし、その中身をみると、公共事業や特別減税等、旧態依然たる景気刺激策が中心であり、一時的に景気を持ち上げる効果はあっても、持続的回復は期待できない。なぜなら、今回の不況は、消費税率引き上げ等の一時的なデフレ要因だけではなく、中長期的なわが国経済の先行きに対する消費者や企業経営者の信頼感の欠如によってもたらされたものであるからである。

したがって、現下の危機を打開し、21世紀への展望を切り拓くためには、「民」主導経済システムの確立、リーディング産業の創出等、経済の活性化に直接繋がる抜本的な構造改革の早期断行が不可欠である。具体的には、(1)民間セクターへの公的機能の徹底したアウトソーシング、(2)ゼロベースでの見直しを基本とする経済的規制の撤廃、(3)所得税・法人税のグローバル・スタンダード化、(4)ベンチャー・ビジネスに対する金融・税制面の支援策等である。

それに加えて、次の要因を加味してみると、最重点分野にIT分野(注1)を位置づけたうえで、イギリス型PFIの導入を図る必要がある。

第1は、イギリス型PFIには構造改革の効果を最大化させる起爆剤としての役割が期待できることである。

これは、イギリス版PFIには、小さな政府の実現と、経済競争力強化に向けた産業構造転換の促進、という二つの課題を同時に達成し得る強力な機能があるためである。イギリスでは、民営化のシーズが次第に枯渇するなか、PFIが小さな政府実現の主柱のひとつに成長したうえ、公的セクターに市場経済原理が幅広く導入された結果、ヒト・モノ・カネ・情報等、資源配分の効率化が促進された。すなわち、成長性・収益性の低い事業が見送られる一方、成長性・収益性の高い事業は積極的に着手されることを通じて、経済の構造転換とサプライサイド強化が実現されている。

第2は、90年代入り後の英米経済の復活と好調はIT産業の飛躍的成長を主因とするものであり、今後わが国でも、リーディング産業の中核にIT産業が位置するとみられることである。

まず、アメリカでは、近年の経済成長のうち5割弱がIT産業によってもたらされる一方、設備投資に占める情報関連投資のシェアが97年には36%と全体の4割弱を占めるまで増大している。さらにアメリカ商務省によれば、IT産業の賃金水準は全産業平均を1.7倍も上回る高水準である一方、IT産業雇用者の増勢は今後も息長く続き、93~96年3年間の61万人増(年平均20万人増)から96~2006年の10年間では157万人増加(同16万人増)する見通しである(注2)。すなわち、IT産業は、経済成長のみならず、優良な雇用創出の面でもリーディング産業としての重責を果たしているといえよう。その結果、アメリカでは、高成長セクターのIT産業と停滞セクターの他産業という二層構造が形成されている。一方、イギリスでは、近年、アメリカの二層構造を上回る三層構造、すなわち、高成長のIT産業、低成長のその他サービス業、低迷の製造業、の3スピード経済が形成されており、成長産業の興隆によって国内産業・雇用の構造調整が円滑に進展する望ましい成長パターンが実現されている。

第3は、すでに失業率が戦後最悪の4%台へ上昇する等、構造調整圧力が一段と増大するなかで、わが国経済に残されている時間的猶予はきわめて少ないことである。

80年代以来の米英の経験からも明らかな通り、構造対策の効果が本格化するまでには相当長期の時日が必要とされる。それだけに、その効果が顕在化するまでの間、米英で実績のあるIT産業をリーディング産業の主軸に据える以外に、当面の深刻なデフレ・スパイラルの危機を克服できる手段は見当たらない。その場合、IT産業には、従来のリーディング産業に見られない特異性があることに留意する必要がある。

すなわち、製造業等、これまでのリーディング産業では、たとえフロントランナーでなくても、資本・技術・ノウハウの導入によって果実の享受が可能であった。むしろ、後発であるほど、独創性が要求される研究開発よりも、応用・生産技術の向上や商品化ノウハウの蓄積に経営資源を重点投入することが可能であり、効率的な生産・販売体制が構築できる有利さがあった。それに対して、IT分野の果実は、総じて独創性に富むフロントランナー、いわばオリジナルランナーに集中しやすく、後発であるほど不利になりやすい。そうした排他的性格こそ、従来のリーディング産業には見られないIT産業の特異性と位置づけることができる。このようにみると、国際競争のなかで未だ後発的地位に甘んじているわが国IT産業が国内経済を支えるリーディング産業に成長するためには、キャッチアップが困難になるほど彼我の格差が拡大する前に、世界のフロントランナーたる地歩を確保するべく、今後短期間のうちに急速な成長を遂げる必要がある。

こうした情勢下、自民党からPFI推進法案が国会に上程される等、わが国でも、PFIに対する注目が次第に強まっている。しかし、現在検討されている日本版PFIには様々な問題があり、上記のメリットが享受できない懸念が大きい。イギリス型PFIと対比してみると、日本版PFIが抱える主な問題点として次の3点が指摘される。

第1は、対象範囲が公共事業に限定されていることである。

イギリス版PFIは、対象範囲が広く、ハード、ソフト両面の公共サービスが含まれる。具体的には、民営化や外注化が困難な公共サービスのうち、長期的資産(Capital Asset)の形成が必要な事業はすべて対象とされている。ここでいう、長期的資産とは、有形固定資産のみならず、コンピュータ・ソフトや特許権の無体財産などの無形資産のうち長期間存続し得る資産とされている。ちなみに、イギリス政府がPFI事業を紹介するパンフレットとして公表している”Guides to PFI”をみると、代表的事例として4事業を採り上げているが、2事業は道路と刑務所の建設・運営で公共事業分野に該当するものである一方、残る2事業は社会保険登録システムと移民管理システムの制作・運営事業であり、IT分野がPFI事業の主柱のひとつとして位置づけられている。このように幅広い公的サービスが対象とされる結果、いずれの事業をPFIとして取り上げるかの取捨選択を通じて、収益性・成長性の低い事業から収益性・成長性の高い事業へのシフトが促進されている。

こうした点に着目してみると、現在、わが国では、PFIが「民間資金による社会資本整備事業」と訳されているものの、その用語は単に訳語として適切性を欠くだけでなく、そうした位置づけでは、産業構造転換の促進というPFI本来の重要な機能を喪失させる懸念が大きい。

第2は、事業認定基準が曖昧であることである。 イギリスでは、PFI事業であるか否かの認定は簡明である。すなわち、従来型の執行方法に比べて、財政資金の効率化、すなわち、コスト削減が見込まれるすべての事業にPFIを適用するという原則が貫かれている。仮に、PFI事業としない場合には、その理由が明示される必要があるとされている。

それに対して、PFI推進法案では、「民間事業者に行わせることが適切なものについては、できる限りその実施を民間事業者に委ねるものとする(第三条)」とされている。これでは、PFI事業認定の基準がきわめて曖昧であり、過大な裁量権が行使される懸念がある。

第3は、政府の関与する余地が残されていることである。

イギリスでは、文字どおり、民間資金主導で事業を進めているのに対して、PFI推進法案では、政府による債務保証や無利子融資、さらには出資までできるとされている。これでは、現在多くの問題を抱えて行き詰まっている第三セクターの二の舞となる可能性が高いうえ、小さな政府の実現というPFI本来の目的に反することになる。

PFI推進法案は、今通常国会に議員立法の形で上程されているが、上記の問題点を踏まえて早急に同法案の修正を行い、PFI本来の機能の回復を図る必要がある。

もっとも、現状わが国ではPFIの運用ノウハウが不足しているため、拙速に制度を始動させても円滑な推進は困難ではないかとの懸念を指摘する向きもある。しかしながら、こうした点については後発の優位性を最大限活用し、イギリス等、諸外国の経験を生かすことで短期間にキャッチアップを果たすことが可能であろう。構造改革の遅延により英米とのギャップが日一日と拡大するなか、イギリス型PFIの導入はわが国の喫緊の課題となっている。

(注1) ITとはInformation Technology(情報技術)の頭文字であり、IT産業は情報技術関連という共通項で括られる新しい産業分野。ちなみに米国商務省は、(1)CPU等の電子デバイスやコンピュータ等、ハードウェアの設計・製造・販売、(2)コンピュータ・アプリケーションや放送用コンテンツ等、ソフトウエアの設計・制作・販売、(3)電話や通信、放送等、電気通信サービス、等をその対象分野としている。

(注2) アメリカ商務省報告書 "THE EMERGING DEGITAL ECONOMY(98年4月)"。
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