Business & Economic Review 1999年08月号
【論文】
雇用システムの日英比較とわが国の課題-雇用流動化の視点から
1999年07月25日 野瀬正治
要約
わが国は、55年体制といわれる従来の護送船団社会から、自己責任と自助努力が求められる「競争社会」に移行する必要に迫られているが、その際、極めて重要な課題の1つは、産業・企業の再編と産業構造の高度化を進める過程で不可避的に発生する雇用・失業問題にいかに対応するかである。
本年4月の失業者数は342万人と過去最悪を記録したが、政府の多方面にわたる施策が急がれるなかで、(1)雇用形態の多様化、(2)雇用流動化を円滑に進めるための効率的コーディネート、(3)職業訓練制度等において、フレキシブルな雇用システムを構築していくことが重要である。
すなわち、産業構造の高度化を進めるためにも、雇用流動化を促進させる新たな雇用システムが求められるとともに、マーケットニーズに即応した人的資源の活用や労働者にとっても多様な選択肢を有する新しい雇用システムを構築することが喫緊の課題となっている。
こうした視点から、過去の停滞を脱し活力ある競争社会を構築しているイギリスの雇用形態をみると、常用労働者のうち4人に1人がいわゆるパートタイムの正社員であり、「パートタイム」の「常用雇用」が根付いている点が見逃せない。すなわち、イギリスは、常用労働者を必ずしもフルタイムだけでなくパートタイムでも使うなど、その雇用形態は多様かつフレキシブルである。
イギリスにおいてもわが国と同様、派遣と紹介は文字通り違うものの、人材ビジネスとしてはわが国でいうフルタイム正社員の紹介もすれば、短時間労働の労働者も派遣しており、紹介も派遣も同じジャンルとしての認識が強い。そのため、ジョブサーチ型の派遣が普及しており、職業選択のために派遣労働者として経験を積むことができる。わが国でも職業紹介と派遣を分けて考えるのではなく、法的にも、行政指導においても、一体として捉え、補完的な関係として展開できるようにすることが必要である。
さらに、イギリスはその対象職務が1973年以降、原則自由であるだけでなく、さらに業者の免許制度を廃止している。行政の対応は、違法行為に対して雇用審判所や斡旋・調停・仲裁局(ACAS)等で対処するとともに、監察を行っている。わが国でも、労働分野の規制緩和の是非の議論にとどまらず、監視体制整備の議論や労使紛争処理方法の検討が、労働者派遣法の規制緩和の進行に伴い重要な課題となってこよう。
加えて、職業訓練制度について90年代のイギリス政府の取り組みで参考になる点は、国ではなく民間を中心とした職業訓練を展開していることである。すなわち、89年に民間が主体となって職業訓練を行うべく、訓練企業委員会を設け、各地域にその出先機関を設置し実践している。わが国も効果的な職業訓練を行う場合、地域の企業、労働組合、地方自治体、学識経験者、実務家等を組織化したうえで民間企業の発想を生かした活動によりマーケットニーズや時代の変化等に敏感に対応できる体制とその効率的展開を可能とするシステムの検討が重要である。
これらの改革を実際に推進するには、規制緩和の徹底と同時に労働者保護も図っていく必要がある。この点イギリスは、政府提言(Fairness at work)で、「職場における公平公正を確立したうえで競争社会を実現すること」が、労使の新時代での目標であるとして、競争政策を推進している。
わが国も、「より自由度の高い社会のなかで、競争により、よりよい成果を生む土壌の必要性」について労使が共通の認識を持ち、「競争と公平公正の実現への取り組み」を行うことが、労働市場のフレキシビリティを高め、雇用を促進するためにも重要である。
そのうえで、政府の強力なリーダーシップのもと、(1)雇用形態多様化の促進、(2)雇用流動化を円滑に進めるための効率的コーディネート、(3)人材流動化時代の職業訓練制度の改革、により、新時代に相応しいフレキシビブルな雇用システムを再構築することが求められる。