Business & Economic Review 2001年12月号
【OPINION】
経済活性化・構造改革に役立つ商法改正とするために-2001~2002年度商法改正に寄せて
2001年11月25日 調査部 金融・財政研究センター 菊森淳文
今年から来年にかけて、商法改正が段階的に行われる予定である。すでに今秋の臨時国会にベンチャー企業育成等のための株式制度改革や株主総会のIT(情報技術)化を盛り込んだ商法改正案が提出されている。これは、本年4月、法務大臣の諮問機関である法制審議会会社法部会が取りまとめた「商法等の一部を改正する法律案要綱中間試案(以下、中間試案という)」の項目を順次改正するものである。このうち、本年の改正部分については、9月に「商法等の一部を改正する法律案要綱(以下、要綱という)」が公表されている。一連の改正は、企業間の国際的な競争の激化、コンピューター・ネットワークの普及、ITの革新、間接金融から直接金融への移行、新規企業の資金需要の増大等、会社を取り巻く社会・経済情勢の変化に対応し、(1)企業統治(コーポレート・ガバナンス)の実効性の確保、(2)高度情報化社会への対応、(3)企業の資金調達手段の改善、(4)企業活動の国際化への対応という四つの視点から会社法制を大幅に見直したものである。今年の改正に続いて、来年の通常国会には、会社法制の大幅見直しを盛り込んだ改正法案を提出することが目標とされている。
現在、小泉内閣の下で構造改革が進められようとしているが、この商法改正は、構造改革や企業活動を通じて経済を活性化するための最低限の法的体制整備を行うものと位置付けることができる。したがって、これからの課題は、商法改正の論点で最終方針が堅まっていないものについては、法的議論に加え、企業・経済を活性化させる制度とするとともに、さらに細かな規定についても、構造改革の実効性を高めたり、経済の活性化に資する内容とすることが必要である。
このような趣旨に照らし、ストックオプションに関する税制を含めた創業・ベンチャー企業等支援のための制度整備、種類株式の制度導入に当たり種類株式選解任権の対象企業のベンチャー企業への限定、会社の機関運営についての柔軟性・機動性の確保、の3点が重要である。
第1に、創業・ベンチャー企業等支援のための制度整備の必要性である。 とくに、ストックオプションは、創業・ベンチャー企業等にとって、適切な成功報酬を提供することにより、役職員の人材確保や外部支援者の獲得を容易にする。
この点について、中間試案では、ストックオプションと新株引受権を改めて統一的に「新株引受権」と規定したうえで、(1)子会社の取締役等にも付与できるように、付与の対象者を拡大すること、(2)新株引受権の付与につき、株主総会の特別決議ではなく普通決議で足りるものとすること、(3)株主総会の決議事項を包括的なものとしたうえで、新株引受権の付与の方針、付与の必要性等の事項を株主総会において開示すべきこと、等が示された。
また、要綱では、新株引受権を「新株予約権」と名称を改め、定義している。 従来、ストックオプション制度については、自己株方式ストックオプション(改正前商法210条の2)、新株引受権方式ストックオプション(改正前商法280条の19)、擬似ストックオプションの三つの方式が並存していたが、従来の新株引受権方式ストックオプションが基本となり、新株予約権と名称変更された。
新株予約権(ストックオプション)の法律的な問題として、有利発行の決議について、改正前商法は、付与対象者全員の名前を株主総会の招集通知で知らせ、承認を得ることを求めており、実務的に迅速な対応ができないとして改善要望が出されていたが、要綱によれば、正当の理由に基づいて特定の者に新株引受権(ストックオプション)を与える場合には、特定の者に与えるべき新株引受権の目的である株式の額面無額面の別、種類及び数について、株主総会の決議があればよいと考えられ、状況は改善している。
しかし、残された大きな問題として、新株予約権(ストックオプション)をめぐる税制がある。
現行税制では、特例措置適用オプションについては、下記の通り一定の厳しい要件を満たす場合は、権利付与時、権利行使時ともに課税されず、その場合、実際の課税は株式の売却時となるが、その他のストックオプションやワラントについては、このようなメリットを受けない。 ストックオプションの扱いは、(1)商法の特例措置適用オプション、(2)特例措置適用外オプション、(3)成功報酬型ワラントによって異なる。すなわち、権利付与時は、(1)商法の特例措置適用オプション、(2)特例措置適用外オプションには課税されないが、(3)成功報酬型ワラントで、無償またはワラント時価よりも低い価額で取得した場合は、給与(または一時)所得に課税される。
また、権利行使時(株式取得時)には、(1)特例措置適用オプションは、適用対象者に対するストックオプション契約で一定要件を満たす場合は課税されないが、(2)特例措置適用対象外オプションの場合と、(3)成功報酬型ワラントで、権利行使価格<付与時株式時価の場合、(行使時株式時価-権利行使価格)に対して給与(または一時)所得課税がなされる。 さらに、株式売却時には、公開前で、公開後1 年以内に売却し、公開までの所有期間が3年超の場合は、(1)~(3)の全てについて申告分離課税となり、(売却益)×(2分の1)×26 %の課税にとどまるが、それ以外の場合には、軽減税率は適用されない。
ここで、特例措置適用オプションについてすら、権利行使が発行決議から2年以内はできないこと、権利行使による新株の譲渡価額または発行価額の年間合計額が1,000万円以下であることが、ストックオプション保有者にとって大きな制約となっている。 したがって、今後、新株予約権の税制を整備する際には、次の点の改善が望まれる。
(1)譲渡制限の付いた新株予約権については、原則、権利付与時、権利行使時には課税されず、株式の売却時まで課税が繰り延べられるような制度とすること。
(2)権利行使による新株の譲渡価額または発行価額の年間合計額を少なくとも5,000万円以上とするか、年間合計額に上限を設けないこと。
(3)新株予約権の付与対象者拡大に伴い、税制面の優遇を当該会社の役職員や子会社・関連会社の役職員等のみでなく、経営支援者等社外の者にも拡大すること。
ちなみに、アメリカには適格・非適格の2 種類のストックオプションがあり、適格ストックオプション(権利がオプションの付与を受けた者だけにしか行使することができない譲渡制限が付いたストックオプションで、税法上の条件を満たすもの)には、税制面の優遇措置が適用される。適格ストックオプションに対する課税は、ストックオプション付与時価格と株式売却時価格の差額にキャピタルゲイン課税(最高税率28%)が課されるが、株式売却時まで繰り延べられ、わが国の特例措置適用オプションよりも条件が緩い。一方、不適格ストックオプションに対する課税は、権利行使時には、オプション付与時価格と権利行使価格の差額に所得税(税率39.6%)が課税され、株式売却時にはキャピタルゲイン課税(税率28%)が課される。
第2に、種類株式の制度導入に当たっては、種類株式の取締役の選解任権の対象企業をベンチャー企業に限定すべきである。種類株式制度は、従来の普通株式・優先株式等に加え、新たに多様な種類株式の発行を可能にすることで、企業が成長するために不可欠な資金調達を容易にする制度である。
制度導入により会社は、利益の配当、残余財産の分配、利益をもってする株式の消却または議決権の有無について、内容の異なる数種の株式を発行できることとなる(中間試案第二、一)。その際、定款で、各種の株式の内容・数を定めなければならないが、配当すべき額については、算定方法のみを定めることで足りる(同、二)。これにより、例えばトラッキングストック(利益の配当が特定の営業部門や子会社の利益等に連動する株式)の発行が可能となる。この点に関し、改正前商法では、配当優先株式についてのみ議決権がないものとすることが認められており(改正前商法242条)、配当額について、どこまで定款に記載するべきかが明らかではない。単に配当の上限額や確定額を記載するだけでは、その株式がどのような性質のものであるかが明確ではない。今回の改正により、議決権なき種類の株式を利用した資金調達の円滑化を図ることが可能となり、このような株式の内容・数が明示されるようになった。
また、議決権なき種類の株式を発行する場合には、定款で、その株式が議決権を有することとなる条件または特定の事項につき議決権を行使することができる旨を定めることができる(同、三)。これにより、株主間契約や投資契約が可能となる。例えば、ベンチャー企業に対し、ベンチャー・キャピタルが、多数派株主である創業者グループの恣意による経営を防止するため、新株発行や合併等の重要事項について、株主間契約で拒否権を設定することができる。あるいは、トラッキングストックに関し、対象事業部門の売却、清算等、投資対象企業の実質がなくなる場合に、投資契約で拒否権を設定することができる。 さらに、株式の譲渡について取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあり、かつ会社が数種の株式を発行している場合には、定款で、種類株主総会において、一人または数人の取締役を選任することができる(同四、一)。これにより、少数株主であっても、会社の経営の重要事項に関して一定の影響力を行使できるようになる。 種類株主の取締役の選解任権については、株式の譲渡について取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあり、かつ、会社が数種の株式を発行している場合には、定款で、ある種類の株主の総会において一人または数人の取締役を選任することができる(同四、一)。ある種類の株主の総会において選任された取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、その種類の株主の総会においてのみ解任することができる(同四、三)。
以上のような制度内容であるが、制度の趣旨に照らすならば、さらに次の改善が望まれる。
すなわち、種類株主の取締役の選解任権に関し、その対象企業は譲渡制限会社全般であると解することができるが、そもそもこの制度はベンチャー・キャピタルが経営主導権を掌握するための、株主数が少ないベンチャー企業を想定した規定であるので、株式譲渡制限会社全般に認められるのではなく、さらに狭く解釈し、ベンチャー企業に限定した規定とするべきであろう。
第3 に、会社の機関運営についての柔軟性・機動性の確保である。
取締役会の監督機能を中心とする企業統治(コーポレート・ガバナンス)の実効性の確保を主目的として、取締役会の委託を受けた経営委員会の設置、商法特例法上の大会社による各種委員会・執行役制度の導入等、会社の機関の拡充が来年の商法改正で実現する見込みである。90年代のバブル経済の崩壊、経済のグローバル化に直面したわが国企業は、不良資産・不採算事業といった、経営の非効率な部分によってもたらされる収益性・国際競争力の低下に見舞われた。このような問題を解決する一つの方法として、会社の機関の機能や意思決定システム等、コーポレート・ガバナンスを見直すべきであるとの議論が行われてきた。そして、中間試案は、取締役会、社外取締役、各種委員会等、多くの部分で基本的にはアメリカ会社法を取り入れている。
今後の改正点をみると、会社の機関のうち、まず、株主総会については特別決議の定足数が緩和されることになる。すなわち、株主総会の特別決議は、発行済み株式総数の過半数に当たる株式を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う(中間試案第十、一、1)。総会に出席を要する株主の有すべき株式の数は、定款をもって、別段の定めをすることを妨げない(改正点)が、発行株式総数の3分の1 未満に下げることはできない(同十、一、2)。
定足数の要件緩和は、外国人投資家、年金信託、公的資金による株式取得等により議決権を行使しない株主が増加する一方で、株式持ち合いの解消等により個人株主が増加したことなどの結果、定足数を充足することが困難になってきたことなどを反映している。
同様に株主総会の決議に関し、会社はその有する重要な子会社の株式の全部を譲渡し、または他の株式会社の株式全部を譲り受ける場合には、会社の株主総会の特別決議を得なければならない(同第十一)。しかし、子会社の株式の譲渡等は、M&A等の交渉状況に即して迅速に判断することが求められているため、株主総会の特別決議を必要とはしないことが望ましい。
次に、取締役会については、取締役会に関する機関として経営委員会制度を導入し、法定の機関として、一定の事項について業務執行の意思決定権限を有する経営委員会を設置することができ、その場合、取締役会の監督下に置くこととなる(同第十四)。現行商法では、取締役の数が多く、機動的に取締役会を開催することができないことに対応するためである。これにより、取締役会を、日常の経営事項を決定する機関としての位置付けから、経営の重要事項の決定及び経営の実行を監督する機関へと性格を変えることになる。
この経営委員会制度については、今後詳細が決められることとなるが、柔軟性・機動性を確保するため、次の点が望まれる。
(1)経営委員会の委員以外の取締役は、自動的に責任を負うのではなく、経営委員会の決定事項について、経営委員会に対する監視義務の懈怠がある場合に限って、連帯して責任を負うべきものとすべきであること。
(2)経営委員会の機動的な開催を確保するために、監査役全員の出席を義務付けるべきではないこと。
(3)経営委員会に委託できる一定の事項については、商法にその範囲を限定列挙する必要はなく、経営委員会の設置の要件と同様、定款の定めまたは取締役会の決議で決められるようにするべきであること。
さらに、商法特例法上の大会社については、社外取締役の選任義務が課せられ、大会社に一人以上の社外取締役の選任を義務付けられる(同第十五)。そして、社外取締役の責任については、賠償責任の理由となる行為が取締役会の決議に基づいて行われた場合、その決議に賛成した取締役をその行為をした者とみなす規定(改正前商法第266条2項)、決議に参加した取締役で議事録で異議を止めなかった者については、その決議に賛成した者と推定する規定(同3項)は適用されなくなる。現状、取締役会が代表取締役の支配下にあり、十分な監督ができていないことに対応するため、社外取締役を選任するものである。
しかし、全ての大会社に一律に社外取締役1 名以上の選任を義務付けるべきではなく、社外監査役に加え、さらに社外取締役を選任するかどうかは、会社の自主的判断に任せるべきである。法定することは、企業に過度な負担を強いることになる場合もあろう。
最後に、商法特例法上の大会社による監査委員会、指名委員会、報酬委員会制度、執行役制度の導入に伴う問題がある。監査委員会が現行の監査役の職務を行うことになることから、監査役を置くことを要しない。この制度導入の背景としては、現行の取締役会制度について、業務執行を監督すべき者が、同時に業務の執行を行っていることに問題があるとの指摘があるほか、
(1)取締役会の監督機能を強化するためには、執行と監督の分離を図る必要があること、(2)業務執行の効率性を高めるためには、執行役への権限委譲を図る必要があること、(3)取締役会の独立性を高めるためには、社外取締役を中心に構成される各種委員会を設置するのが相当であること、があげられる。
しかし、会社の機関が代表取締役、取締役、監査役、三つの委員会、執行役と複雑な制度となることに加え、三つの委員会と執行役を一体の制度とすることは余りに硬直的といえる。例えば、執行役制度を選択した会社においては、代表取締役を置かなくても良いこととすべきである。また、社外取締役が半数以上を占める監査委員会を設けた場合には、その会社は監査役を置かなくても良いのではないか。
このように、今年から来年にかけての一連の商法改正は、創業・ベンチャー企業等支援、資金調達の容易化、コーポレート・ガバナンスの実効性確保等により、わが国企業経営の効率化や意思決定の明確化・迅速化に役立つことが期待されている。しかし、いうまでもないことながら、このような法制度が整備されただけでは構造改革を進展させ、経済を活性化させることはできない。実際の企業活動において、枠組みとしての法制度を十分に実務的に活用できるような会計制度・ 税制を含めた統一性のあるシステムを作ることが不可欠である。
また、商法は強行法規ではあるが、企業が競争にさらされ、市場重視の経営に向かう中で、柔軟で機動的な経営を行うために多様な選択肢を提供できるよう、強行法規性を緩和することが必要である。法自体は守るべきルール・規範でなくてはならないが、経済や経営にとって大きな制約となってはならない。