Business & Economic Review 2001年11月号
【STUDIES】
韓国とマレーシアに学ぶ資産管理会社(AMC)を活用した不良債権処理と企業債務再構築
2001年10月25日 調査部 環太平洋研究センター 高安健一
要約
日本を含むアジアの多くの国々にとって、不良債権問題の解決は依然として大きな政策課題である。1997年7月に通貨危機の直撃を受けたアジアの国々(韓国、マレーシア、タイ、インドネシア)は、98年のうちに資産管理会社(AMC)を設立するとともに、法廷外(out-of-court)での債務再構築交渉の枠組みを整備するなど、不良債権問題の処理に必要なフレームワークの構築を終えた。これに対して、日本は2001年に入ってから整理回収機構(RCC)の機能拡充と私的整理(債権放棄)に関するガイドラインの作成についての議論が本格化した段階にある。
政府が不良債権問題を処理するために実施する施策は、(1)self-reliance(不良債権を銀行のバランスシートに残したまま、銀行に解決を求める)、(2)debt transfer(不良債権を専門的な回収機関に移管する)、(3)debt cancellation(不良債権の最終処理)という三つの段階に分けることができる。AMCは、(2)において不良債権の受け皿となる機関であり、かつ(3)の不良債権の最終処理にも大きな役割を果たす機関である。本稿で取り上げる韓国とマレーシアは、すでに(2)のプロセスを終えて、(3)のプロセスに移行している。
通貨危機後のアジアの国々では、債権者、債務者、その他利害関係者が法廷外において、自発的に企業債務再構築交渉を行う「ロンドン・アプローチ(London Approach )」が広く取り入れられた。中央銀行などが作成したガイドラインに沿って、存続可能な企業とそうではない企業の選別、企業価値を高めるための事業計画の作成、債務の再構築などを行っている。ロンドン・アプローチは、日本で議論されている私的整理(=債権放棄)のための枠組みとしてではなく、関係者の知恵を結集して存続可能な企業を支援するための手法として理解されるべきである。
韓国とマレーシアでは、通貨危機に見舞われた直後より、金融改革と企業改革を並行して進めており、不良債権問題への対応が進展している。両国とも、不良債権問題の最終処理に取り組む一方で、産業としての金融業を育成し、国際競争力を高めることを意識している。そのためには、銀行システム危機への対応の過程で高まった公的部門の介入を減らし、市場原理にもとづいた資金仲介機能の発揮が重要であるとの認識をもっているように思える。
韓国は、98年2月に発足した金大中政権のもと、当初より金融部門と企業部門の改革を統合させた政策運営を実施してきた。金融部門の再建に巨額の公的資金を投入してきたこともあり、金融機関の不良債権比率や企業の負債比率が低下するなどの成果が認められる。 金融監督院(FSS)は銀行に対して「企業信用危険常時評価システム」の導入を要請し、問題企業の早期発見とその処理を促している。韓国資産管理公社(KAMCO)は、資産担保証券(ABS)の発行、国際入札、企業構造調整投資委員会(CRV)の活用など、多様な手法を駆使して、買い取った不良債権の処理にあたっている。
マレーシアは、97年7月に通貨危機に見舞われてから98年9月までの間に、不良債権問題を処理するためのフレームワークの構築を終えた。政府は、金融機関に資本を注入するダナモダル(Danamodal)、資産管理会社であるダナハルタ(Danaharta)、そして法廷外で企業債務再構築を推進するフレームワークである企業債務再構築委員会(CDRC)の三つを設立した。 同国の不良債権問題の処理は進展している。ダナモダルによる資本注入プロセスは終了しており、金融機関からの返済プロセスに入っている。CDRCに持ち込まれた案件の処理も終わりに近づいている。ダナハルタは、金融機関からの不良債権の取得プロセスを終え、その処分に注力している。
日本では2001年に入ってから、「緊急経済対策(4月6日発表)」および「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(6月26日閣議決定)」が公表されて以降、整理回収機構の機能拡充と企業の私的整理が大きな関心を集めている。整理回収機構は、債権の証券化や企業再建の役割を担う方向にある。これにより、不良債権問題の最終処理(金融機関のバランスシートからの切り離し)と企業債務の再構築を一元的に推進する体制が整うことが期待されている。
日本が整理回収機構の機能拡充に取り組むにあたって、アジアの経験から得られる教訓は多い。それらは、
- 当初は政府が介入度を高めるにしても、市場主導での解決を志向すること
- 不良債権問題と企業債務の再構築が表裏一体であるとの認識のもとで、不良債権処理のための包括的なフレームワークを構築すること
- AMC が買い取るべき不良債権の対象を明確にすること
- 金融機関から買い取る不良債権の価格が適切に判断できる状態にあること
- AMC の設立後できるだけ早く買い取り、処分のプロセスに入ること
- 不良債権の移転価格や企業・事業の存続可能性について判断する際の基準を明確にすること
- 不良債権問題の最終処理コストは、AMC を解散・清算した時点で確定すること
- 日本国内での私的整理に関する議論は債権放棄に偏りすぎていること
- 企業債務の再構築交渉にあたって、関係者の間で処理の原則が共有されていること
- 政府は不良債権を円滑に処理できる市場を育成すること
- 不良債権問題の処理は、構造改革実現への一つのプロセスであり最終目標ではないとの認識をもつこと
などである。 2001年4月に発足した小泉政権が、不良債権問題の処理を重視し、そのために整理回収機構を有効に活用する方針を明らかにしたことは高く評価できる。不良債権問題と企業再建が表裏一体であるとの認識が強く打ち出されていることも歓迎すべき点である。迅速な債権回収という従来の役割と、長期間を要する企業再建という役割を同時に担うことになった整理回収機構の役割は極めて重要であり、その成果が注目される。 機能を拡充した整理回収機構を核として、不良債権処理の成功体験を関係者の間で共有し蓄積していくことが、日本全体としての問題解決に寄与することになろう。また、金融システム危機などの不測の事態が生じた場合に、整理回収機構がセーフティネットとしての役割を発揮できるような体制を整えておく必要がある。