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Business & Economic Review 2001年08月号

【OPINION】
経済活性化・産業構造改革のために中小企業に対する有効な経営・人材支援の仕組みを作れ
-平成13年度中小企業白書に寄せて-

2001年07月25日 調査部 金融・財政研究センター 菊森淳文


構造改革と中小企業政策の重要性

現在、小泉内閣の下で構造改革(金融改革・財政改革等)が進められようとしている。不良債権の処理や規制緩和に伴う産業構造変革・企業の経営合理化は不可避であり、一方では、創業・ベンチャーを含む中小企業の活性化が不可欠である。その際、単に一時的な雇用の受け皿としてではなく、既存産業・企業で利用されていた各種の経営資源を新産業や中小企業に円滑にシフトできる仕組み作りが必要になる。また、経営資源ごとにみると、変革が求められる経営にとって、カネはもとより、ヒト、モノ、情報の一段のレベルアップが必要となる。したがって、意欲ある中小企業を支援するという、中小企業政策の方向性は変わらないとしても、その支援内容の抜本的な見直しが求められる。

本年5月、「中小企業の動向に関する年次報告」(中小企業白書)が公表された。今回の白書では、第2部で「円滑な経済構造変化に不可欠な中小企業の挑戦」と題し、中小企業の経営革新への挑戦、創業をめぐる現状と課題について、現状の政策評価や課題がまとめられている。平成13年度において講じようとする中小企業施策は、中小企業のIT化支援に加え、補助金・経営支援の充実、雇用・福祉対策、TMO(Town Management Organization )を軸とする中小商業対策の充実等となっている。

しかし、この経済・産業変革の時期に、より効果のある現実的な中小企業政策が求められていることを考えると、中小企業経営のネックとなりかねない、いわゆるソフト面における支援に不十分さが残る内容となっていることも否定できない。本稿では、経営支援策と人材獲得・教育に関する施策に焦点を当てて、具体的対策を提言したい。

経営支援策の現状と課題

従来、中小企業施策は金融面・技術面が先行してきた。創業・ベンチャー企業についても、ベンチャー・キャピタル、中小企業技術革新制度(日本版SBIR)や産学連携におけるTLO(Technology Licensing Organization )は一定の成果をあげつつある。しかしながら、中小企業を取り巻く経営環境が大きく変化する中で、ソフトな経営資源の重要性が急速に高まっている。ソフトな経営資源とは中小企業者または創業を行おうとする者が、製品の企画、技術・デザインの開発、販路開拓等様々な経営活動を行う際に必要な資源であり、自社内で保有するほか、外部専門家の指導・助言、他企業とのネットワーク分業等により得られたものと説明できる。そうしたなか、2000年4月、中小企業指導法が改正され(中小企業支援法と改称)、中小企業の経営資源の確保を効率的に支援するために、従来都道府県等が行ってきた中小企業支援事業で、民間コンサルタント等の活用等を図ることになった。

具体的な施策は、中小企業支援センターの設置と中小企業診断士制度の充実である。このうち、前者は上記の中小企業支援法の制定を受け、地域中小企業支援センター、都道府県等中小企業支援センター、中小企業・ベンチャー総合支援センターの3類型の中小企業支援センターが置かれている。とくに、都道府県等では、民間事業者(経営コンサルタント等)を活用する観点から、都道府県等中小企業支援センターが設置され、中小企業の経営者が、ここでワン・ストップで経営・技術面の助言、情報収集等が受けられるようにすることが制度の趣旨である。 都道府県等中小企業支援センターの中には、事業可能性評価委員会を設置して、事業化の有望性や技術の先進性、ノウハウの独自性等の観点から、「目利き」の役割を発揮しているところもある。しかし、現状では、多くの都道府県等中小企業支援センターで経営・技術・資金等の総合的な相談にワン・ストップで乗れる体制には至っていないところが多く、この点の充実を図ることが今後の課題である

今後求められる経営支援策

求められる経営支援策の第1は、ワン・ストップ化の徹底である。まず、現状の都道府県等の支援センター制度を実効性のあるものとするべく、ワン・ストップ化を推進することが必要である。この点に関し、アメリカでは、SBDC(Small Business Development Center)がSBA(中小企業庁)、州政府、教育機関、民間セクターなどの共同出資によって運営されており、全米57カ所あるリードセンターのほとんどが大学内に事務所を構えるなど、融合された形態となっていることが参考となろう。そして、サブセンターを含めると、全米に1,000カ所以上の拠点があり、開業前の個人や資金のない中小企業に対して無料のアドバイスやセミナーを行っている。 また、イギリスでも、92 年に「ワン・ストップ・ショップ構想」が打ち出され、全国にBLs(Business Links )が設けられた。ワン・ストップ・ショップ構想とは、訓練・企業評議会(TECs=Training and Enterprises Councils )、地方企業開発庁(LEAs =Local Enterprise Agencies )、地方自治体などの各施策機関を一元化したものである。現在、3類型ある中小企業支援センターはそれぞれ設置目的が異なっているが、支援内容に類似したものも多い。とくに、都道府県等中小企業支援センターと地域中小企業支援センターはいずれも相談業務や情報提供を行っている。企業経営者からは両者の違いが良くわからないとの声も聞かれる。機能を整理のうえ統合し、機能をレベルアップすることにより、ユーザーの利便性が向上するものと考える。

第2に、経営教育等の情報提供である。中小企業庁の調査によれば、創業者が事業で失敗する要因として、「経営ノウハウが未熟」「マーケティングが不十分」であることが多い。特に、創業・ベンチャー企業の場合、技術志向が強く、自社の商品・サービスの開発には熱心であるが、市場を十分に検討しないケースが多い。この点から、経営ノウハウやマーケティングのセンスが経営者の資質として求められている。
現在、創業・ベンチャー企業の経営者向け教育は、一部の大学、民間企業等で行われているが、今後は、例えば、中小企業事業団の国・都道府県の機関を拠点として、幅広い経営教育を行うことが望まれる。この点に関し、アメリカのSBDCでは、各地域の大学が大きな役割を果たしていることも参考にすべきであろうまた、欧米のように、創業・ベンチャー企業を始めとする企業経営や事業に対する関心を人生の早い段階から育てるため、中学・高校の教育にも事業の運営意欲や金銭感覚を高める授業を採り入れるなどの工夫も、長期的観点からは望まれる。

第3 に、総合的なコンサルティングができるアドバイザーの育成である。現状では、中小企業大学校で商工会・商工会議所の経営指導員のための研修が行われているが、今後は都道府県レベルに対象を拡大するとともに、内容についても、個別企業のコンサルティングに応用できる経営面の研修を強化することが必要である。
とくにわが国の経済活性化のために重要な役割が期待されている創業・ベンチャー企業に対する経営支援が喫緊の課題であることを考えれば、ベンチャー・キャピタル等で個別企業に対し、経営アドバイスができる人材の育成が急務である。
この点に関し、アメリカのベンチャー・キャピタルには、金融面の支援に加えて、ベンチャー企業に不足しがちなソフトな経営資源、特に経営ノウハウを提供する仕組みをとっているケースが多い。具体的には、大企業の元役員・弁護士・公認会計士・経営コンサルタント・大学教授等が顧問または役員としてベンチャー企業の経営に携わるなどの方法である。
また、わが国の場合、まず中小企業診断士・税理士等の企業経営のアドバイスに携わる職種について、創業ベンチャー企業向けのアドバイスを行うための教育を研修やセミナーの形で充実させることが必要である。

第4に、創業・ベンチャー企業等向け各種サービスの充実(アウトソーシング)である。一般的に中小企業は、ヒト・モノ・カネ・情報等の経営資源のうち、とくにヒト・情報に欠けている場合が多い。このため、経営者(創業者)や経営陣に仕事が集中して多忙を極め、肝心の経営方針・計画立案等に専念することができないでいることが多い。また、必要な経営資源を集めるには多くの資金の準備が必要となるが、とくに創業・ベンチャー企業には資金面の余裕がないことが多い。そこで、創業・ベンチャー企業の経営者等をサポートする各種の事業所向けサービス業の存在が不可欠であり、このようなアウトソーシングを行う場合、その経費の一部を国・都道府県で負担するサービスの充実が望まれている。事業所向けサービスの中でもとくに、弁護士・公認会計士・弁理士・中小企業診断士等によるコンサルティング、事業性・企業価値の評価等の経営面の専門サービスの充実が重要である。このサービスでは、各種の専門家が創業・ベンチャー企業が必要としている情報・サービスをワン・ストップで提供できることが望ましい。わが国でも、コンサルティング会社が各種専門家と提携して顧客の多様なニーズに対応したり、各種専門家を結ぶ研究会ネットワークや、インターネットを併用して各種専門家が顧客に対してアドバイスする企業も生まれているが、これらを育成することが必要である。

人材獲得、人材育成、後継者への事業承継推進の現状と課題

次に、中小企業にとって大きな経営課題である人材の獲得・育成等についても、さらに踏み込んだ施策が必要である。人材獲得については、IT技術者に代表されるような専門的知識を有する技術者が不足しており、優秀な技術者を確保することが経営課題の一つとなっている。 また、技術者全般の転職動向をみると、転職希望率は全業種平均を大きく上回り、ここ数年増加傾向にあるものの、実際の転職率は全職種平均よりも低い水準にある。このことは、技術者の転職条件を満たす企業が少なく、特に技術者にとって魅力となる専門能力の向上を図れる職場が少ないことを表している(中小企業白書)。人材、とくに技術者については、人事制度、能力開発機会、福利厚生(育児支援制度等)を充実させることが、優秀な人材を獲得するために必要である。 また、人材育成については、新卒者のみならず、大企業等の従業員の転職に際しても、新たなノウハウを身に付けるための一定の教育・訓練が必要となる。現在、事業主等の行う能力開発推進体制の整備と公共職業訓練の推進に分けて行われているが、なお不十分である。 後継者の事業承継推進についても、中小企業経営者の高齢化が進んでおり、後継者難から事業が存続できず、廃業にいたる企業が多いことから、わが国経済全体の活力維持にとっては創業とともに重要な政策課題である。後継者の事業承継を円滑に進めるためには、後継者の育成(自社内または外部機関の活用)、後継者選択の多様化(同族以外の人材登用、M&Aの活用)等が課題である。これまでに、政府施策として、経営資源を維持・再生するための法整備(民事再生法制定、商法改正による会社分割制度の導入等)、事業承継をめぐる税制の整備(相続税延納の際の利子税率引き下げ、取引相場のない株式の評価方法における資産要因の引き下げ、相続税における事業用・居住用の特定小規模宅地の特例拡充、贈与税の基礎控除額の引き上げ)が行われたが、間接的な効果にとどまっている。 今後求められる人材獲得・育成等に関する施策 人材獲得、人材育成、後継者の事業承継推進のための施策は、重要な経営資源の円滑な再分配、人材のミスマッチの解消に資するものであることが必要である。 そのためには、労働市場の流動性を高め、自己の能力と意思によって、移動できるような社会の枠組みやセーフティ-ネット、それらを担う具体的な機関を整備することが必要であろう。特に、創業・ベンチャー企業は慢性的な人材不足状態にある。産業構造の変革によって流動化する人材の中から、意欲と専門分野の能力・経験のある人を選択・採用することにより、有能な人材の受け皿として機能させることが可能となる。ベンチャー企業は創業者・経営者が比較的若い人間であることが多く、専門分野に応じて社内に大企業等で豊かな経験を積んだ専門家がいることが、経営者が企業全体の経営に専念するために必要とされる場合が多い。

そこで、求められる施策としては、第1 に、人材の流動化を円滑に進めるための再教育機関の充実である。 現在、わが国には中小企業大学校等で一部このような機能を有する機関が設けられているが、都道府県または地域レベルで、同様の教育機関を設置することが望ましい。
アメリカでは、人材の再教育機能をコミュニティーカレッジや大学(大学院を含む)等が担っている。わが国の場合は、私立大学等が社会人大学院の一つとして経営大学院(ビジネススクール)を開校・運営している例があるが、まだ少数にとどまっている。今後は各地域の国公立・私立大学を利用して、それぞれの専門分野(生産管理・財務・総務等)について6ヵ月~1 年程度の再教育コースを設けることが妥当であろう。これは大学の社会に対する存在意義を高め、国立大学については現在文部科学省が調査研究を進めている独立行政法人化の流れにも合致する。また、より簡便な再教育の機会を作るために、各都道府県のコミュニティー施設等を活用してベンチャー企業への転職の心構えや、専門分野ごとの再教育のための講座を設けることが、転職のための自己投資の必要性を認識させる点で有効な施策であろう。
さらに、このような機関が教育機能に加えて、育成した人材を専門分野ごとに、必要としているベンチャー企業に派遣する機能を持つことが理想的である。そしてこの機関に、求人情報と人材情報とを蓄積するデータベース機能を持たせ、人材のマッチングをしやすくさせることが肝要である。もし、この機能を公的機関が担わないのならば、民間企業数社がこのような機関を設立して、そこに国または都道府県が出資することも考えられる。

第2 に、中小企業の事業 承継を促進させるために、後継者側が自信を持って事業を承継できるようになるための教育・人材育成と、企業側が後継者を多様な方法で選択できる仕組み作りが重要である。 後継者の教育・育成については、前述の通り、人材の再教育のための機関を活用することも考えられるが、後継者は経営者として、専門的知識・技能よりも高度な判断力と組織的実行力が求められる。
従って、最大の教育の機会は企業経営そのものであるが、経営の疑似体験や体系的な教育の場として、各地域における経営大学院(ビジネススクール)の充実が求められる。地方において、私立大学等が経営大学院を運営することには、採算面・人材獲得面等からの限界がある場合には、国公立学校で運営することや、地方でもインターネットや衛星放送等の通信手段で受講できる体制作りが必要であろう。
次に、後継者選択の多様化については、経営環境が大きく変動し、経営力が求められる中で、後継者の選択に当たっては、経営者の親族のみならず、社内外の人材やM&A等、幅広い選択肢の中から決定することが必要になる。
特に、社外人材の登用の場合には、人材紹介会社、コンサルタント、ベンチャー・キャピタル等の活用が現実的であり、この点からも、前述の総合的なコンサルティングができるアドバイザーの育成に加え、社外のアドバイザーが経営支援の際大きなメリットを受けられるように、商法上のストックオプションの対象者拡大と譲渡益課税の非課税枠拡大が必要であろう。
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